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シナリオ:「蜻蛉斬る」【第四話】

シナリオ:蜻蛉斬る

[第四話:後悔]

(江戸市中。番屋。前回のつづき。浪人達の遺体の検分を終えた近藤が複雑な面持ちで右京と長次に告げる…。)

近藤 「殺害に使われた凶器ですが…どうも私達の“探し物”らしい」
右京 「え?」
長次 「探し物って例の…とんぼ…?」
橘  「ええ」
のえ (「はあ!?」)

(のえ、ひどく驚く。長次、それを察して…)

長次 「なんで、そう、思うんですかぃ?」
近藤 「裂傷の断面が鋭利すぎるからです」

(近藤、図を交えて説明する。)

近藤 「現場に残っていた足跡から、この犯行は単独犯による物と判明しています」

(一人の人間が四人を殺害する図…。)

近藤 「刃物を使い、単独で複数の人間を殺傷した場合、凶器は斬る度に刃こぼれするので、被害者が負う裂傷の断面は“ひしゃげて”いきます。骨を断った場合などはそれが顕著に現れる」

(一本の刀で次々に人を斬ると刃こぼれが起こり、斬る人数に応じて傷の断面がギザギザになっていく図…。)

近藤 「しかし、これらの遺体の裂傷はどれもひしゃげていない。全ての傷の断面が油を引いたように滑らかです。よほどの業物で斬られたという事でしょう」

(業物は刃こぼれせず複数の人を斬っても傷が綺麗なままという図…。近藤、溜息を洩らし…)

近藤 「加えて刃渡り一尺二寸ほどの刺し傷がありました。四人もの人間を斬って刃こぼれせず、その長さの刃物で江戸近傍にある、と言ったら…件の“とんぼ”しか考えられない」

(のえ、にわかには信じられず…)

のえ (「…そんな…」)
右京 「じゃあ下手人は嶋倉って奴だ!」
近藤 「ええ。ただ、それには違和感があって」
右京 「違和感?」

(近藤、顔をしかめて…)

近藤 「資料を見る限り、嶋倉の剣の腕前は大したことない。でも、これは手練れの犯行です」
右京 「じゃあ、とんぼが別の奴に渡ったか共犯がいたとか?」
近藤 「色々な可能性がありますが…モヤつくなぁ…」
右京 「なにが?」
近藤 「心得がないのに腕の立つ人が、ここにもいましたよねぇ」

(近藤、長次を見る。)

長次 「え?」
右京 「(長次を疑ってるのかと思い…)えっ!」
近藤 「いやいや、長野屋さんを疑ってる訳ではない。…でなくて、この共通点は何だろうとモヤモヤして」

(はっと思い立ち、のえを見る長次。)

のえ (「ん…?」)

(長次、動揺を隠しつつ…)

長次 「あの、旦那…もう帰っていいかい」
右京 「あ?」
のえ (「長次?」)
長次 「なんだか疲れちまった」
右京 「いや、…だが」
長次 「すまねぇ、帰るわ」
右京 「あ、おい」
のえ (「おい、長次!」)

(長次、そそくさと去る。のえ、後を追っていく。)

右京 「なんでぇ、あいつ」
近藤 「ふむ」

(近藤と橘、顔を見合わせる。)

_____
(シーンが切り替わり、夜道。うつむき足早に進む長次。追いかけるのえが長次に呼びかける。)

のえ 「突然どうした」

(長次、うつむいたまま、ぴたりと足を止め…)

長次 「…三郎ってのは、どんな奴だ?」
のえ 「む?」
長次 「いんだろ?三郎って刃にも…おめぇみたいのが」

(のえ、長次の様子をうかがいつつ…)

のえ 「…いる」
長次 「やっぱりおめぇみてぇに喧嘩っ早いのかぃ」
のえ 「喧嘩…っ!?」

(噛みつきそうになるのえに、長次は語気荒く…)

長次 「どうなんでぃっ!」
のえ 「(気圧されて)…さぶろうは、最も多く出陣し、最も多くの首をあげた。堪に優れ、背後の敵を先んじて斬り伏せるような…そんな奴だ」
長次 「そのさぶろうが、あのお侍を斬ったのか?」

(のえ、逡巡し…)

のえ 「わからん。だが、斬り合いとなれば…あるいは」
長次 「あるいはなんでぃ?」
のえ 「斬るやもしれん」

(長次、呻く。)

長次 「ちきしょォ…!なんなんでぃ!」
のえ 「なに怒ってる」

(頭をかかえる長次。その眼には涙が浮かんでいる。)

長次 「…あの、さむれぇ達ぁ…俺が…俺が見逃したから、あんな風になったんか…?、俺が右京の旦那に引き渡してりゃあ…」
のえ 「長次…」

(のえ、長次を気遣いつつ、きっぱりと言う。)

のえ 「それは気に病んでも仕方ない」
長次 「…あ?」
のえ 「時は戻らん。あ奴らも侍だ。斬り合いの末に果てようと已(や)む無し」

(長次、のえを睨み…)

長次 「…なに言ってんだ」
のえ 「戦となれば志半ばで死ぬ者なぞごまんといる」

(のえに噛みつく長次。)

長次 「ふざけんな!戦、戦ってなぁ、そんなもん、とっくの昔に終わってんだ!あんな死に様あってたまるか!」

(のえ、長次に顔を寄せ…)

のえ 「落ち着け!混乱するのはわかる。私だってそうだ、さぶろうが使われるなぞ…」
長次 「……」
のえ 「長次、さぶろうを探そう。監察方とやらもいる。あれと協力して、さぶろうを見つけるんだ」
長次 「………」

(暗い表情の長次。)

のえ 「どうした?」
長次 「おめぇにゃ悪いが、俺ぁごめんだ」
のえ 「なに?」
長次 「俺ぁただの損料屋。喧嘩ならまだしも、斬り合いだの、まして人死にが絡む話に付き合ってられるか」

(のえ、長次を睨む。)

のえ 「おまえ、本気で言ってるのか」
長次 「ああ」
のえ 「この腰抜け!」
長次 「…。なんとでも言えっ」

(長次去る。一人残されるのえ。)

のえ 「長次…」

(…ブラックアウト。)

_____
(シーンが切り替わり、回想。2年前。江戸郊外、山奥にぽつんと建つ古道具屋・古今堂(こきんどう)。店の中で店主・茂蔵(しげぞう)が大事そうに椀を磨いている。茂蔵は齢六十過ぎの老人である。そこに声。)

長次 「爺さん、いるかい?」

(長次が店に入ってくる。茂蔵、無愛想に…)

茂蔵 「なんでぃ、損料屋。何しに来た」
長次 「買い付けだよ」
茂蔵 「ふん、何が要り用だ」
長次 「煙管と櫛、それに茶器と掛け軸」
茂蔵 「茶会でもあんのか」
長次 「そういう時期だから品揃えを増やしによ」
茂蔵 「…こんなトコまで酔狂なこった」

(長次、店内の品を物色しながら…)

長次 「へへ、あんたの目利きは確かだからな。…あぁ、でも…」

(品の陰から妖(あやかし)が顔を覗かせる。仔猫のような姿。よく見ると色々な姿の妖達が長次の様子を伺っている。皆ちょっと可愛いが…長次、冷や汗をかいて…)

長次 「アレが居ねぇので頼む」
茂蔵 「なんでぃ」

(仔猫の妖がふわりと茂蔵の肩に乗る。)

茂蔵 「こいつぁ良い道具の証だぞ」
長次 「気味悪りぃんだよ」
茂蔵 「わかってねぇな」

(茂蔵、頬擦りする仔猫の妖を撫でながら…)

茂蔵 「大事(でいじ)にされた道具にゃ心が宿んだ」
長次 「そういうのいいから、普通の道具だしてくれ」
茂蔵 「…ふん」

(茂蔵、逡巡し…)

茂蔵 「こっち来い」
長次 「あん?」

_____
(シーンが切り替わり、古今堂の倉。奥の壁に見事な装飾が施された"棒"が立て掛けてある。その棒のアップ。)

長次 「なんだよ、これ」
茂蔵 「蜻蛉切りの"柄"だ」
長次 「は?」

(茂蔵、棒を眩しそうに見つめて言う。)

茂蔵 「本多忠勝様が使った蜻蛉切りは知ってるだろ。こいつぁその"柄"だよ」
長次 「嘘つけ。蜻蛉切りっちゃあ長さ二丈の大槍だ。こいつは六尺もねぇぞ」
茂蔵 「それにゃ理由がある。本多様は蜻蛉切りを振るい数多の戦を勝ち抜いた。だが晩年、二丈の槍は身に合わぬと、柄を五尺ほど切り詰めた。その切り詰めた先がコレだ」
長次 「なんだよ。柄つっても切れ端じゃねぇか」

(そう言う長次の背後から、のえが怒声をあげる。)

のえ 「切れ端言うなっ!」
長次 「うおっ!?」
のえ 「私は切れ端じゃない!」

(長次、声に驚き振り返ると、ふわりと浮かぶのえが居る。長次、唖然として…)

長次 「なっ?…なんだ?、」

(のえ、自分を見つめる長次に…)

のえ 「ん?私が見えるのか?」
長次 「は?」

(茂蔵、ニヤリと笑い…)

茂蔵 「見えるよな」
のえ 「(長次に…)ホントか!?」
長次 「は?、は?、なんだよ、こいつ…」

(長次、人の姿をした妖を見るのは初めてである。のえ、自分が見えていることに嬉しくなり…)

のえ 「聞いて驚け!私は天下の名槍・蜻蛉切り!」
長次 「蜻蛉切り?」
茂蔵 「おめぇの嫌いなアレだよ」
長次 「(怯えて…)…怖っ…、ハメたな、爺ぃ!(のえに…)寄んな…っ!」
のえ 「はあ!?」

(長次に詰め寄るのえ。後退る長次。)

茂蔵 「おい、損料屋」
長次 「なんだよ」
茂蔵 「…そう邪険にすんな。長く大事に使われた道具にゃ心が宿んだ。健気だと思わねぇか?」
長次 「…健気?」

(茂蔵、のえを見て…)

茂蔵 「こいつぁ役に立ちたいだけよ」

(のえ、ムッとして…)

のえ 「こいつって言うな」
茂蔵 「ふふ。そう言うなぃ、褒めてんだぞ?」
のえ 「む?」

(茂蔵、長次に向かい…)

茂蔵 「いい道具ってのは役に立ちたいんだ。その想いが強いから話まで出来るようになる。おめぇも損料屋なら、それくらい解るようになれ」
長次 「…んなこと言っても…」

(…と、そこに店先から怒号と物をひっくり返すような音が響いてくる。ガシャン!驚く長次達。)

全員 「!」
声  「爺ぃ!出てこい!コラ!」
長次 「!?、なんだ?」

(店先には見るからにヤクザといった風体の与太者達が五人。手には刀や棒を持ち暴れている。ひっくり返った品や棚の陰で妖達が怯え慄えている。)

与太者「オラオラ!」

(倉の中。茂蔵、溜息をついて…)

茂蔵 「やれやれ…」

(蜻蛉切りの柄を手にする茂蔵…。)


[つづく]

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