初カレ

しんちゃんは、私がそれまで生きてきた世界とは全く違う世界を見せてくれた人だ。

2つ年上の彼女は、金髪に近い茶髪のショートカット、小柄でガリガリに細い上にいつもすっぴん。性別不明な印象のヤンキー。いや、正確にいうとヤンキーというほどではなくて、本人がヤンキーが好きだと公言していた。高卒後に男性がするような職人の仕事をしていたが、体を壊したかで辞めて、飲食店のバイトをしている時に知り合った。

相棒と呼ぶ、女友達と一緒に同居しながら働いていた。相棒は料理人志望で、しんちゃんと同い年。彼女は黒髪にショートカットに小柄でぽっちゃり。化粧気がなく、しんちゃん同様、性別不明の印象の人だった。2人で借りているというアパートの掃除が相棒の女性はできず、汚い部屋に耐えきれなくなると、潔癖症のしんちゃんは私の部屋に泊まらせてくれ、と突然来ることがよくあった。

私は今でもしんちゃんのことがよくわからない。人を自分の家に呼ぶのが嫌いではなかったし、親も泊まりにこれるようにと、大学に入った1人暮らしの当初から蒲団は2組あった。だから蒲団は別々なのに、私の部屋に泊まると、眠れないと言って、くっついてきた。彼女がくっついてくるのに、女同士でベタベタするのは気持ち悪い、気持ち悪いと連呼する。私からは彼女に触れたことなんかないのに、まるで私がベタベタしてるみたいに。そう言われると、私はいつも困惑した。私の反応を試していたのか、彼氏と別れたばかりで人肌が恋しかっただけなのか、わからない。

職人仲間だったという元カレから、プロポーズされた指輪を捨てられない、と大事に持っているのを見せてくれた。シルバーだかプラチナだか、シンプルな結婚指輪みたいな指輪だった。かといえば、白い粉、と言ってビニールに包まれた白い物体を見せて、私の反応を試したりする。覚醒剤であることを匂わせたけれど、私はクスリだとは思わない、と言い切った。話の雰囲気から、たぶん彼女は本当にクスリをやっていた時期があるんだと思ったけれど、あの時持っていたのは、直感で塩だと思った。そう信じたかったんだと思う。今、私と一緒にいる友達は、やっていない、と。


種明かしは、霊感が強く優しすぎるから、悪霊がつきやすいと霊能者に言われて塩を持ち歩いているのだと言う。どこまで本当かわからないけれど、悪い人やらモノ?やらにつけこまれやすい、心の優しい人だったことは確かだ。

元カレを忘れなきゃいけないのに、未練があることで悩んでいたけれど、別れた理由は聞いていない。プロポーズされたけど、なんでだったか、プロポーズを断ったらフラれたんだったと思う。でも、性行為が好きではないことも言っていた。私はその当時処女だったから、そう言われても反応に困った。他の女友達には女の歓びを知らないから、と言われたけれど、そんなことはないと思うんだけど、と深そうな悩みを告白してくれた。今思うとこの告白も意味深に感じるけれど、あの時の私は信頼されていることが嬉しく、良いアドバイスができず、悪いなと思っただけだった。

今でもしんちゃんは男性が好きな女性だったのか、わからない。同居人との本当の関係も。あの指輪は本当に職人の元カレからもらったのか、もしかして同居人が交際相手だったのか、どこからが本当なのか、私を試していたのか。
ただ、私が自分では気がつかない気持ちにしんちゃんは気づいていて、しんちゃんのことを好きだよね?と突っ込まれたことがある。好きな人の言うことは聞くもんだよ、と。一瞬どきっとしたけれど、鈍い私はまた薄い反応しかできなかった。


パチンコに生まれて始めて行ったのも、しんちゃんとだ。新車買えるぐらいパチンコにぶっ込んでいると言うギャンブル好き。ゲーセンに行って何千円も使うのにも、びっくりした。2人で居酒屋に行ったこともあったけれど、デート?はいつもしんちゃんが奢るか、多く払ってくれていた。キップのいい、頼りがいのある年上の彼女、だった。


女子大生の自分とは全く違う世界に生きている人。大学や留学、その後の会社員生活では出会わない人。
一緒にいた時の彼女の振る舞いや気遣いを思い出すと、寝る時にくっついてくる以上のことは何もしていないけど、彼氏だったなあ、と後から思う。
そして今、この胸に感じる痛みも、確実にただの友達に対して感じるものじゃない。
きっと彼女が、私の初カレだったのだ。



私は大学卒業前に早々にアパートを引き上げてしまったから、卒業式だったか謝恩会に出る時には、しんちゃんの実家に泊まらせてもらった。料理はあまり得意じゃないというお母さんに夕食をご馳走になった。回鍋肉だったか野菜炒めは、普通に美味しかったし、家は狭い団地だけれど、さっぱりした清潔な家だった。しんちゃんが、気持ち悪いを連発していたお兄さんはどんな人かと思えば、現場仕事らしき作業服を着て帰ってきた、背の高いなかなかのイケメンだった。怖いお兄さんを想像していたら、意外なほど愛想の良い人で、ベッピンさんだな、とお世辞を言ってくれた。お父さんは、季節労働者で出稼ぎ中だった。実家には寄りつかず、友達?と同居したり、私の家に転がりこんでくるほど、居心地悪い家族には見えなかったけれど、私にはわからない何かがあったのだろうか。



それがしんちゃんと会った最後。20年前は今みたいにSNSやラインでは繋がれなかった。お互いにマメに電話するタイプじゃないから、それっきりだ。私は大学卒業してからあの土地に行っていない。



どうしているのかな、と思う。しんちゃんが結婚してお母さんになっている姿はどうしても想像できない。しんちゃんが男が好きなのか、女が好きなのか、男になりたいのか、いやただボーイッシュなヤンキースタイルが好きだっただけなのか、わからない。私に大芝居を打っていたのでなければ、たぶん、本人もあの時はわからなかったんじゃないだろうか。でも20年前より、彼女にとって生きやすい世の中に少しはなったかな、と思ったりする。


あの時、私と彼女は恋愛なのか友情なのかわからないけど、2人だけの楽しい時間をすごしたことは忘れたくない。もしかしたら、さみしがりやのしんちゃんにはそういう相手(男でも女でもいいから)が常に必要で、今では何十人の1人に私は埋もれてしまっているのかもしれないけど。



私にとっては、絶対に忘れられない人。



そして、誰にも言えないし、相手にも確かめる術はないけれど、初カレだ。

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