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きのことココダトレイル「トレイル最終日の慰霊祭について」

まだDAY0のお話です。
トレイルを歩き始めていません。
少し真面目なお話になります。

「トレイル最終日の慰霊祭について」



(1) 初顔合わせ

夕方にブリスベン便の飛行機到着。
ホテルに全員集合。前日は一部屋づつ与えられていた私とサメ子でしたが、その晩は同室になり荷物を移動。

Hilton ホテルのお食事が高い💦レトルト食品持ち込めばよかったと後悔しました。ということで、この日のお夕飯は軽く済ませる事にしました。ピザが大きくて美味しかったので皆で分けるならコスパも良いからと全員一致だったのですが、メニューにあるのに、夜はピザは作ってないとウェイターに言われてしまいました。仕方なく安いオプションを探し、カフェの残り物の軽食でよしとする。

暫くして隣のテーブルにピザが運ばれた時には、えーって思いましたけどね。パプアニューギニアぁぁぁぁ‼️🍕なんなんだ、それー適当すぎる〜〜。耐えられますか?笑

そしてトレイルを歩く皆、初顔合わせ。

ハンサムデンタルモデル、らんま1/2とセクシーボイスの登場。役者はこれで全員揃いました。

ちょっとドキドキ、人見知りな本性を抑えて笑顔で、こんにちは。なんとなく皆の笑顔もぎこちない気がする。私は知り合いは軍曹しかいなく、かつて敵国側に属した私の笑顔が1番硬い。その場の皆さんは、NSW州の救急隊員。職場の仲間達で面識あり。

これはアウェーじゃ🥶
私の人生はそんな事の連続です。

(2) 第二次世界大戦とニューギニア

 オーストラリア人が大好きな自己紹介からスタート。またか、、とりあえず名前と自己紹介、なぜココダを歩きたいのかをプレゼンするんだと🥶いつまで経っても初対面の自己紹介ほど苦手なものはありません。

頭真っ白になりながらも、

-日本人であること
-第二次世界大戦を理解したい気持ち
-祖父達が戦ったジャングルを見てみたい
-亡くなられた魂に語りかけたい
-オーストラリア人が大切にするココダトレイルを理解したい
-軍曹達と2023年に出会ってその気持ちが加速した

そんな事を伝えた気がします。

皆も丁寧に自分が何故ココダを歩きたいのか、自分史の中でのココダの位置付けを語ってくれました。

自己紹介の後、軍曹から明日以降の大雑把な予定、連絡事項。スタートが1日遅れなので、予定を見直し、トレイルのスケジュールを一日短縮するという話がある。

うわ、、💦

その後、歴史の勉強タイム。軍曹よりアジア地区の地図を見せられながら、太平洋戦争に至るまでの経緯、その中で、パプアニューギニアは日本やオーストラリア軍にとってどんな位置付けだったのかという話になる。

事実だけを淡々と伝えるスタイル。

皆静かに話を聞いていました。私は知識豊富ではありませんが、日本人として聞いていても、特に補足や違和感はなかったようでした。

(3) 慰霊祭について

 特に質問もなく、話題は次へ。
トレイル踏破直前の最終日、日の出の時刻に行う慰霊祭について。

これはRSL(退役・現役軍人の会)のルールに従い、イスラバの慰霊碑の前でオーストラリアとパプアニューギニアが明け方に行うThe Dawn Serviceという慰霊祭の話です。

トレイルは歩くだけが目的ではなく、弔う事、トレイル上で戦った軍人達の慰霊を込めた巡礼的なものです。ですので、北から入るか南から入るかによって、初めに慰霊祭をするのか、トレイル踏破した後にするのかの違いはありますがトレイルを歩く際に大事なパートとなります。

ここで、軍曹が言ったのです。

「通例、ニューギニアとオーストラリア中心の慰霊祭だが、今回きのこという日本人がいる。日本の戦士への弔いの気持ちを込めて日本の国歌も含め合同慰霊祭にしたいと思うが皆どうか。RSLからの許可は降りている」

初日にそれを伝えちゃうのか。
場に緊張が走ったのを感じました。

皆沈黙の中、暫く考えた後、言葉を発する。

私は、、大丈夫、、僕も大丈夫、、

自分自身は、、第二次世界大戦に色々と思うところはあるが、それは問題ないと伝えてくれました。

(4)セクシーボイスの気持ち

セクシーボイスは中華系のオーストラリア人。

ぐっと奥歯を噛むように、深い声でゆっくりと話し始める。僕は父方、母方の祖父母を日本が中国を統治しようとした際に亡くしている。(統治で言葉があってるかな、、私も複雑な気持ちがあるので今の時点ではこの言葉を使います。)

そのようなバックグラウンドを背負う自分としては、その提案に気持ちの整理がつかないし、その当時の方の気持ちになってみたら、含めてはいけないような気がしている。

だんだんと口調が速くなり、熱を帯びてくる。

言葉を選びながら、自分の気持ちを素直に強く訴えかける。そこには悲しみ、静かな怒りの感情が乗せられていました。

初対面でもこういう会話ができるオーストラリアが私は好きです。

(5) 正直に言うと、困りました…


 巻き込まれた気がしました。
私の意思や希望とは違うところで、話が進んでいる気がしました。

私はオーストラリアの巡礼地を歩くにあたって、敗戦国の人間として、戦争に至る理由はなんであれ、戦争を始めたことへの反省、そしてアジア各国を当時様々な苦しみに巻き込んでしまったことへ胸に痛みを感じ、オーストラリア人が企画するツアーに決意を持って参加しています。荒らすつもりはありません。どんな気持ちで皆そこに集まっているのか、知りたい…そこに共に歩く仲間として加えて欲しいその気持ちが強かったです。

日本が間違っていなかった、と訴えたいわけで訳でもない。平和な世の中だからと当然の如く、価値観押し付けで、合同慰霊祭を強引に開きたいわけでもない。

私は私の中で罪の意識を抱えているので、赦しを乞いたい、そして私も許したいという気持ちがありました。今でも変わりません。

セクシーボイスの話が終わりまた沈黙になった時、声を振り絞りました。

みんなの気持ちは嬉しいが、これは私の希望ではないこと、私は1人慰霊祭をしたいから準備していたがその話を知った軍曹が少し勘違いをして合同慰霊祭開催の為に奔走してくれたこと。それに対しての感謝は伝えました。

私のスタンスは変わらず、もしも皆さんが心からそうしたいと思わないのであれば、強行するつもりはない。このやりとりで少しでも嫌な気持ちにさせていたら申し訳ないと謝りました。

「RSLは許可したんだ」

吐き捨てるような感じで軍曹が言う。絶対にやる決意。
いやそれは違う。

「皆が心からそうしたいと、意見がまとまらなければ、私はやるつもりはない。」

はっきり伝えました。
喧嘩する為に乗り込んだわけではない。

嬉しい気持ちと、軍曹に対して少し強引すぎやしないかという違和感と、初日から私を巻き込まないでほしいと思う気持ちが交錯する。

「じゃあ明日は出発は5:00am。」

解散。

(終わり)

読んでくださりありがとうございました。

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