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「大抵は、人は見えるものより、見えないことに思い悩むものである」ジュリアス・シーザー(古代ローマ時代の政治家)

過剰な心配を経験したことは
誰もがしたことはあると思う。

例えば恋人の浮気や、
会社での人事異動の噂、
無用なストレス等、色々な事がある。

これらの心配事は答えを得る前に
過剰すぎると、人生のあらゆる局面で
消極的になり、己の自己啓発の妨げになる。

その結果、飛躍する機会を
逃してしまう事もある。

今は精神的に参っている人も多いため、
過度の心配は、
ストレスをより深める事になりやすくなる。

シーザーが言いたい事は、このようなものは
得てして、多くの場合は見えないものを
自らも経験がある事から想像力により、
勝手にそう信じこんでしまい。
より過大に思い描いてしまう事から、
人生そのものを狂わすのは勿体ない事だと
言っている。

奴隷解放宣言を公言して、奴隷たちを救うために
人生を捧げて、アメリカ南部と戦争をした
エイブラハム・リンカーンもこのような
言葉を残している。

「自分の人格は木のようなものであり、
他人による噂はその影である。
影は想像上のものであって、
木こそが真実なのである」

「奴隷解放の父」と呼ばれ、
史上最高の大統領とも呼び声高い
彼でも、人生の幕を閉じたのは
病気でも年齢でも無い、暗殺によって
人生の終わりを告げた。

このリンカーンもシーザーと
同意見の言葉を残した。

ネット社会になっても、それが
変わる事も無く、更に拡大しているとも
言える時代になってしまったが、
人間の本質は変わらない。

ようは自分自身との戦いによって、
気にするか、気にしないかの問題になる。

確かな事を知らない人たちに
陰口や、ネットで誹謗中傷などを
受けると気分を害するのは当然であるが、

気にしすぎると、自分自身の人生は
進まなくなる。

しかし、何も無い人が陰口を叩かれる事は
無いものである。
つまりは何かしらの成功を修めた人だから
こそ、他人は文句を言い、注目を得ようと
するのである。

そう言った心の狭い人間は、大抵の場合、
流行り時期を過ぎると、当然ではあるが、
落ちていくだけである。

しかし、成功を修めた人は違う。
気にさえしなければ、支えようとしてくれる
人が現れたり、同調してくれる人たちが
出てくる事によって、更なる高みへと
昇る事が出来る。

正しく生きている限り、文句を言われたと
しても、自分が揺らぐことは無い。
そして、味方も増える事に繋がる。

今の時代であっても、独りでは無い事を
知っておいて欲しい。
それを知っているだけで、何が起きても
立ち上がる勇気と自信が消えない限り、
味方が支えてくれるからだ。


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