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花粉と歴史ロマン その6 花粉を捕まえろ

1 「特定花粉を捉える」方法

 花粉の研究を始めてから、顕微鏡下に見える花粉は、目には届くが手には入らない物でした。封入材の粘度を低くすると、流動しやすくなり花粉の向きを変えられるのですが、今ひとつ手が届かない感じが残ります。

 なんとかして自分の意思にしたがって、花粉を動かしたい。手の届かない世界に、入り込むミクロワールドを実感したい。しかし、ガラス越しです。
「隔靴瘡瘍」(かっかそうよう)!!。

銚子の堆積物分析に、走査型電子顕微鏡(SEM)観察が、必要になりました。

シイ属とクリ属の花粉を識別する目的を果たすために、

自宅近くのパン屋さんで、購入しました?

 過去の植物世界から送られてきた花粉集団は、多様な種群が多量に含まれています。この集団のまま、SEMの試料台に載せてしまうと、観察像は光学顕微鏡とは異なった表面構造のみの花粉の世界になり、光学顕微鏡の目で目的の花粉を探し出すのは困難です。

花粉補修装置

この方法は、一般化されていませんでした。独自に開発するしかありません(大袈裟だな!)。道具も既製品はありません(理科教材のItohさん、お世話になりました)。手に入るものを試しつつ、組み合わせ、試行錯誤の末、なんとか実現したのが、上図のセットです。
ガラス細管は、ガラス管をバーナーで伸ばし作ります(大学での実習が役立ちました)。

これに、定量ピペットの先端部分をいくつか接続します。ガラス細管の口径は、0.3mm程度。

右の写真は、この細管をサンプル中に挿入したもので、直径0.05mm以下の一般的な花粉と比べるとまだまだ、大きいのですが、ガラス細管をさらに細くすると、溶液の吸い込みができません。

ガラス細管の吸い込みを可能にするには、1mlのシリンジ(注射器)に、リード線の芯(銅線)を引き抜いたビニール管が適していました。この細さでなければ吸引できません。さて、挿入すると。毛細管現象で、一気にサンプルがガラス細管に入り込みます。

球形の花粉とガラス細管の先端

これでは、特定花粉の選別ができません。
試行錯誤の結果、挿入前にガラス細管の先端部分1cm程度に水を入れておくと、浸透圧が減じるためか、サンプル内で先端部分を移動させることができました。

対物レンズとスライドグラス上のサンプルとの狭いすき間での作業です。10倍の対物レンズの隣のレンズは抜いておきます。100倍の倍率で0.02mmの特定花粉(シイやクリの花粉は小さい)を探しだし、

ガラス細管の先端を近づけます。実験スタンドを載せた昇降器を下げます。

ねらいをつけてシリンジで吸引。その直後に、ガラス細管を素早く引き上げます(釣りの気分かな?)。

入ったはずの、サンプルの一部を、別の凹型スライドガラス上に滴下します。

母集団からのサンプル集団です。が、ねらいの花粉以外のものも吸引されてしまいます。やや雑多な一次通過した集団です。さらに、この中から特定花粉と再会し、

二次集団を作成します。が、移動時に行方不明になることもあります。
こうして、特定花粉の集団サンプルができ、それをSEM試料台に載せて乾燥させ、SEM用の蒸着処理を経て、観察が可能になります。
が、私の回収率は30%程度でした。

特定花粉の探し出し、捕捉、吸引、SEM台までを、30回程度(30個の花粉収集)、繰り返すと5時間くらい過ぎています(これが楽しい作業と思えるのは、自己満足でしょうか)。

さて、これら、一連の操作が完成する前段階の話です。
未完成ではありましたが、千葉市の消費生活センターのSEMを利用させていただき、該当の花粉の撮影に成功しました。

ツブラジイ型花粉の糸状畝(白線は1μメートル)、先ほどのパンLike

が、しかし、論文用のデータとしては不十分なので、より専門的な研究機関を探したところ、岡崎市に委託することのできる民間会社がありました。SEM試料台に載せる前の段階で、集めたサンプルを管ビンに入れ、上下動を抑えながら、新幹線と在来線で岡崎市の(株)花市電子顕微鏡科学研究所に持参しました。
が、しかし、SEM観察の結果、該当する花粉が発見できませんでした。

2 花粉の回収方法の改善

 岡崎市から、帰ってから、研究所の専門家が再度、管ビンを洗浄し、試みていただきましたが、残念な結果!! が、しかし、SEM試料台に載せて乾燥させれば、上下逆さまになっても張り付いたままであろうとのことで、郵送の提案を受け、Try again!
一次的な作業を繰り返し、母集団から濃集された特定花粉集団だけのサンプルを作り直し、再度SEM観察を依頼した結果、十分な成果が得られました(安心!)。

網目(畝模様)の畝幅が異なります。

この違いを、データ化するために、最近の研究(2022年内、公表予定)では、太さに見合う円を20個重ね、平均を出しました。

20ヶ所の畝幅に見合う円を重ね、平均値を出しました。

3 まとめ:手の届かないものへの憧れ、

は、時間的にも空間的にも遠いもの、身分不相応なもの、小さすぎるもの、早すぎる、遅すぎる、などなど、感性を超えるたくさんのものに向かいます。届かないからこそ、の興味かも知れません。

今回の、試行錯誤から得た教訓があります。それは、どんなに努力しても、苦労話に耳を傾けてくれる人は、とても少ない、ということでした。

他人の苦労話は、受けません。自慢話もダメです。自虐ネタもダメです。
このnoteならば、OKかも知れないと、やや自慢話をここに紹介しました。

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