Web小説発掘記 その274 三途の川で映画でも 作者 日上口様

本編URL

https://kakuyomu.jp/works/16818093074462367527

前書き

この記事は作品のネタバレを含みますのでご注意。
こちらの記事はあくまでも筆者の個人的意見です。
評価の基準としては200円~700円前後の書籍を購入し、読んだものとして付けさせていただきます。そのため基本的には厳しめとなります。
※こちらは記事を書いた時点での最新話である『第20話 ご褒美』までを読んでの感想、レビューとなります。

あらすじ

「死ぬ前に映画観ない?」

映画フリークの高校二年生神崎慎は映画鑑賞という趣味と、受験という現実の擦り合わせに難儀していた。
ある日の映画館からの帰り道、神崎はクラスメイトの黒江ナナが橋から飛び降りようとする現場に居合わせてしまう。
咄嗟に彼女の手を掴み、彼はついでにそんなことを口走った。

一緒に映画を観るうちに二人はお互いのことを少しずつ理解していく。共通点、意外な内面、夢や目標、そして黒江が飛び降りようとした理由——。
大人でも子どもでもない。社会を知っているようで知らない。必死に自分のアイデンティティを探っている。そんなどこにでもいる二人の高校生の物語。

ストーリーと見所

映画を通して紡がれる少年と少女のちょっとした恋の物語。

物語の大筋としては、自殺していたクラスメイトを引き留めた主人公が一緒に自宅で映画を見ることになり、その内容や映画を見るという体験を通して少しずつお互いの距離を縮めていくような作品。

……なんやこれぇ、滅茶苦茶面白いやんけぇ……。

読めばわかる、読まねばわからぬ何事もということで思わずレビューを切り上げそうになったが、流石にそれだけではあれなので少しばかり文字数を稼いでおくことにする。

わざわざ太字で書いた通り、こちらの物語なのだが非常に秀逸でレベルが高いものとなっている。

映画オタクで周りから距離を置かれていた主人公と、ある夢を母親によって壊されてしまった自殺少女。
二人のひょんな出会いからストーリーが始まるのだが、やはり目を引くのはその心情描写だろう。
一人称で語られる主人公の心情は実に高校生的で、映画は好きだが映画監督を目指すわけではない。

そういった高校生らしい漠然とした心の部分が上手く表現されていて実にお見事。
そこからは実際にある映画を見て、それに対しての感想やそういったものを語りながら二人は少しずつ関係を深めていく。
最初に部屋に読んだ際にちょっとしたドキッとするようなシーンがあるのも個人的にはかなり良き。

少しずつ丁寧に、しっかりと主人公のキャラクター性を生かした一人称で書かれる二人の交流は心が温まるものでもある、二人の幸福を祈らずにはいられない。

しかし同時に、自殺未遂や複雑そうな家庭環境。そしてP活をやっている噂などを聞くことで読んでいるこちらとしては程よく物語の先行きに靄がかかるような不安が付きまとう。
(タグにハッピーエンドと書いてあるが、それは取り敢えず見なかったことにするとして)

そういった部分が強いアクセントとなっていて、二人の心に光が見えるごとにこれから立ちはだかるであろう決して避けることはできない何かに対しての不安と同じぐらいの期待感が増していく。

実に見事な構成で、読み続ける手が止まらなくなることは間違いない。

更にはキャラクターに関しても、メインとなる二人の登場人物を実に端的に特徴的に、何よりも魅力的な人物として描くことができている。

何処をとっても極めてレベルの高い、良質な恋愛小説だといって過言ではないだろう。

キャラクター

神崎慎

物語の主人公。
所謂映画オタクで、映画に関して喋らせると止まらなくなる。家に大量の映画があり、日夜それを見続けているという人物。

ヒロインを前にしても優しさや気遣いを見せつつもその部分がブレず、それが結果として遠回りながら彼女と距離を縮めていくことに繋がっていく。
それ以外の部分では割と普通な好人物なのも読んでいてストレスがなくてよい。

色々なことにドキドキしてみたりと、思春期の少年らしさもよく書けていてポイントが高い。

黒江ナナ

ヒロイン。

複雑な家庭環境で自殺を図っていたところを、主人公に留められて成り行きで一緒に映画を見る。
それから少しずつ仲が深まっていき、初対面とは違った顔を見せるようになるのだがそれがまた実に可愛らしい。

こういうのでいいんだよというか、こういうのがいいんだよ。

総評

評価点

文章も心情描写もテンポもストーリーもどれをとってもハイレベル。

非の打ちどころがないといってもよく、しっとりと落ち着いた雰囲気の恋愛小説。

文体や作品の雰囲気は思いのほか軽めなので、ライトノベル的な部分もあるのでそっちが好きな人でも違和感なく楽しむことができるだろう。

問題点

取り敢えず現状は殆どないのではないだろうか。
仲良くなる過程に映画以外のエピソードが一つぐらいあっても……とは思わないでもないが、それに関しては今後のお話との兼ね合いもあるだろうし気になるほどでもない。

最終評価 63点(文句なしに秀作)

取り敢えず現状では文句の付け所がない。
とはいえまぁ、厳しいことをいうのなら今後の展開次第といった部分もあるにはあるが。

なんにせよ、全体を通してとても読みやすくレベルが高い。
構成もキャラクターも文章も実に高い領域でまとまっている恋愛小説。

甘さの中にちょっとしたほろ苦くなりそうな部分があったりと、そういった点でもアクセントがあり読み始めると続きが気になって仕方がなくなる。

そんな素晴らしい小説。

所要時間は記事を書いた時点での最新話である『第20話 ご褒美』までで凡そ30分ほど。

極めて個人的な感想

映画に対して感想を語る部分や、楽しみ方や向き合い方など共感できる個所が多くそういった意味でもかなり楽しむことができた小説。
(まあ別に筆者は映画好きというほどは見ていないが)

それはそれとしてヒロインが可愛い。

真面目なことも言っておくと、最序盤の主人公の心情を語る場面↓
正直言って、自分はこういう非常事態にもう少しは上手く立ち回れると思っていた。映画の中フィクションとは言え“おかしな状況”は散々観てきたから、人よりは賢い行動がとれると勘違いしていた。そんなのは馬鹿な妄想だった。

 現実はもっと難解で明確な答えも伏線も無い。手探りで、慎重に自分の出来ることを考えるしかないのだ』※本編より引用

という文章に彼の人物像が詰め込まれている。
思春期らしい思い上がりと、それを打ち砕かれてなお前向きな人間性など、そういった要素が詰め込まれた素晴らしい一文。




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