掌編小説『時を重ねて』

        あらすじ

空き巣に入った先で、思いも寄らず人を殺してしまい、さらにひょんなことからタイムマシンを手に入れた“俺”。当然、この夢の乗り物を世間に公表することなく、使い倒す。飽きるほど時間旅行を重ねる“俺”は、自らの寿命と死因を把握し、もっと長生きをしてやろうと考える。


         本文

 刹那的に生きてきて、無茶をした回数も覚えきれないほどある。が、殺人をしでかしたのは今が初めてだ。
 腕のいい弁護士が付けば、傷害致死になるかもしれない。事実、殺すつもりなんて毛頭なかった。
 山奥まで一人バイクを転がした帰り、土地柄に合わない大きな建物を見つけ、金持ちの別荘だとにらみ、ひと気がないのを確かめて忍び込んだ。金目の物をいただいたあと、大人しく立ち去るつもりだったのに、枯れ木のようなじじいが、いつの間にか俺の背後にいやがった。
 驚愕したもんで、後先考えない咄嗟の行動――振り向きざまに殴りつけてやったら、吹っ飛んじまった。さすが枯れ木だ。
 速攻で逃げるつもりだったが、ぐったりして動かなくなったじじいを見て、足が止まった。跪き、様子を窺う。
 死んでいると分かった。後頭部を棚の角にぶつけ、昇天したらしい。気の毒だが、済んだものは仕方がない。
 幸い、辺りに人家はない。このじじいの他、誰も屋内に入ってくる気配もない。騒ぎを気付かれていないのをいいことに、俺は開き直った。殺人という大罪を犯したのだ。それに見合うだけ、目一杯稼がねばもったいない。
 俺は家捜しを継続しようとして、ふと強烈な違和感を覚えた。
 じじいの立っていたすぐ横に、銀色をした巨大な円筒形があったのだ。中ほどが丸味を帯びている。大型のバケツの口同士をぴたりと合わせ、縦にした感じだ。よく見ると、小窓や扉、アンテナめいた物まで付いている。下部には五本の脚があり、バランスがいい。
 何に使う物かは見当も付かない。扉がかすかに開いているところを見ると、じじいはこの中から出て来たようだ。
 俺は扉を引いて、内部を覗いた。予想より広い空間は、緑がかった光で照らされている。浮かび上がるのは、椅子と古めかしい計器類、ハンドルやアクセルに似た物、そしてモニター画面がいくつか。気のせいか、空気がやけに新鮮に感じられる。思いっ切り、深呼吸をしたくなったほどだ。
 やがて、寒々としていた気持ちが、羽毛布団を掛けられたみたいに、穏やかになった。
 中へ入り込み、椅子に腰掛けた。背もたれの傾きは直角に近いようだが、材質がやわらかく、この椅子に長時間座っても、きっと疲れを感じにくかろう。
 そして気付く。単なる椅子ではなく、運転席ではないか。計器類やハンドル等から、そう考えるのが妥当に思えた。
 しかし、乗り物だとしても、いかにして移動するのか? さっき外から見た限り、車輪もエンジンのブースターもなかった。最上部にプロペラでも付いているのだろうか。
 いや、違う。車輪だろうがプロペラだろうが、そんなもんが付いていたって、俺の気付かぬ内に、部屋に出現することなんて不可能だ。俺は家の中から鍵を掛け、物色してたんだからな。現に――俺は小窓から外を覗いた――、部屋のドアは閉まったままだ。
 この奇態な乗り物への興味を捨てきれなくなった俺は腕組みをして、斜め上をにらみつけた。早く逃げねばという思いに対抗して、この乗り物の正体を突き止めてやるという意識が、むくむくと大きくなる。
 三十秒後、「あ?」と声を上げた。にらみつけた先が、車で言うダッシュボードのようになっており、そこにぼろ雑巾や懐中電灯、スパナ等と一緒になって、厚さ五センチはあろう書物があったのだ。
 手に取ると、市販の日記帳だと知れた。だいぶ使い込んでおり、角は折れ、手垢で汚れている。とりあえず開いてみた。
 一ページ目、いきなり、「タイムマシン制作記」と、太い黒字で書き殴ってあった。

 俺は日記を熟読し、このバケツを二つ引っ付けたような物体がタイムマシンであると知り、さらにはその操縦法をマスターした。
 もちろん、最初は信じちゃいなかった。日記の中身も、惚けた老人の戯言ぐらいにしか思ってなかった。
 にも関わらず、試してみる気になったのは、現物が目の前にあったこと、そしてじじいが前触れもなく突然、室内に現れたことが理由だ。タイムマシンで時間旅行をし、現代に帰って来たのだとしたら説明が着く。
 テスト運転として、行き先には三時間前を選んだ。場所は、この山を囲む国道脇。タイムマシンが本物なら、バイクで走っていた俺自身を目撃できるはずだと考えた。
 そして確かに、俺は俺自身を目撃した。間違いなくタイムマシンだ。
 次に俺がしたのは……未来にも行ってみたかったのだが、それよりも先にやらねばならない、重要なことがあった。
 俺は死んだじじいを――タイムマシンの発明者を、タイムマシンの中に押し込むと、過去に向かった。そして俺が生まれる前の時代に置いてきた。完全犯罪が成立した。
 思えば哀れなもんだ。日記の最後は、タイムマシンの開発に成功した喜びに溢れ、いささか支離滅裂な文章だったが、なかなか感動的であった。タイムマシンを世に発表し、偉大なる学者として歴史に名を残すことを、タイムマシン自体を使って確認してきた、と書いてあったのだ。感涙に咽んだのか、そのページの紙は濡れ、ぽこぽこになっていた。
 どうやらこのじいさん、学会から爪弾きにあって、山奥に引きこもり、一族の資産を食い潰してまでタイムマシンの完成に没頭してたらしい。遂に完成し、テスト運転にも成功したが……現代に帰って来たところで俺に出くわしたのが、運の尽き。ほんと、すまないとは思う。あんたの大発明をせいぜい有効利用させてもらうから、成仏してくれ。
 俺はバイクを苦労してタイムマシンに積み込むと、マンションに向かった。一秒後の未来の自宅へ。

 ワンルームマンションに置いとくには、タイムマシンはでかすぎた。狭くって、寝るのにも往生する。俺は一軒家購入を決めた。タイムマシンの燃料である軽油も、たっぷり必要だった。
 金は、これまでのような地道な盗みをしなくても、楽々と手に入った。
 銀行の金庫の中にタイムマシンで入り込み、札束をいくらか持ち出す。銀行の連中は気付かないのか隠しているのか、新聞種になることはなかった。
 未来に行き、宝くじの当選番号をメモって来たこともあった。これはうまくなかった。その番号のくじを探しても、見つからないのだ。かといって番号選択式のくじまでチェックするのは面倒で、まあ暇なときにでもやるかと棚上げした。
 未来のスポーツ新聞を買ってきて、競馬や競輪、競艇なんかの結果を知った上で、券を買うこともした。当然ながら絶対に勝つのだから、笑いが止まらない。
 でも不思議なもので、じきにつまらなくなった。勝つと分かっているギャンブルほど、つまらないものはない。他の連中はどうだか知らないが、俺はギャンブルで儲けることよりも、ギャンブル自体のスリルを楽しむ口らしい。タイムマシンがなければ、こんな発見もなかったかもしれないな。
 この先起こる色んな流行も、あれこれ目にしてきた。そのアイディアを文字通り先取りし、商品を作って売り出せば大儲けできるに違いない。大会社の社長も悪くないなと、一瞬夢見た。
 だが、いつでも金を手に入れられる状況が、俺を怠け者にさせた。わざわざ会社を興すなんて面倒、やってられないね。ついでに言えば、大きな責任を背負ってまで、人を顎でこき使うことに興味はなかった。
 その他、気に入ってる漫画を最終回まで見たくて、ずっと追い掛けても見た。何度かの中断を挟んで、完結したのは十四年後だった。このことを知ったあとになって、最初から単行本になった頃合いに行き、買い込めばよかったと気付いた。
 だから、好きなシリーズ物の映画を観る場合には、ソフト化された時代に飛んで、片っ端から観てやった。でも、やっぱり大スクリーンで観たいよなと思い直し、未来の映画館に通っている。
 気に入らない奴を殺しもした。タイムマシンさえあれば完全犯罪も楽々できる。じじいを始末したときみたいに、過去に死体を捨てに行ったこともあったし、その逆に、遠い未来に置いてきたこともあった。
 特に気に入らない奴は眠り薬で意識を失わせ、タイムマシンで獰猛な大型恐竜のいる頃や、原爆投下を一時間後に控えた市街地、あるいは素っ裸にして太平洋のど真ん中に置いてきてやったりした。ただ、エベレストの頂上に行ったときは、何の準備もしてなかったから、自分も死ぬかと思った。あれ以来、行き先は慎重に選んでいる。
 そんな風にタイムマシンを使い倒し、そろそろ飽き始めた頃に、俺はふと思い立った。
 俺の寿命を知りたい。
 タイムマシンを手に入れたからと言って、永遠の命を得た訳ではない。だが、もし自分の寿命を知り、その死因が病気ならば、さらなる未来に行って、その病気に打ち勝つ薬を持ってくればいい。未来の手術が必要なら、俺は死にかけの俺自身を連れて、未来に行こう。
 すっかり刹那的でなくなった自分を嘲笑いながらも、俺はこの考えを実行に移した。
 まず、百歳になっているであろう時代に行ってみたが、すでに死んでいた。
 次に少し引き返し、八十歳の時代に行く。八十の俺は、まだぴんしゃんしていた。
 九十歳の俺も、まだ生きていた。だいぶくたびれてはいるが、惚けていないし、金のおかげで裕福な暮らしを送っていた。
 そこから一年ずつ見ていくと、俺は九十五歳で死ぬと分かった。死因は残念ながら?老衰だった。
 老衰なら、特効薬ができるとは思えない。今の俺が生きている現代でも、寿命を司る遺伝子の研究がなされていると聞くが、さて、どうなることか。もし仮に老いを食い止める薬ができたとしても、そんな代物が世に出回るのか、甚だ疑問だ。誰も彼もが死ななくなったら、えらいことになる。
 俺は半分あきらめ、現代に戻ることにした。まあ、不老の薬が絶対に開発されないとは言い切れないから、これまた暇なときに未来に行って、探してみるのもいい。
 そんな砂浜で米粒を探すような行為よりも、過去や未来に行って、そのときどきの“時代”を楽しむことを優先させるのは、言うまでもない。

 タイムマシンを得てから、およそ十年後のある日。
 三十代半ばを過ぎた俺は突然倒れ、入院した。
 おかしい。俺は俺の未来をちょくちょく垣間見ていたのだが、この年齢で入院するなんてことはなかったはず。
 ベッドの上で悩み、考えようとするも、それ以上の速さで俺の身体は弱っていった。
 医者の診断は老衰。
 馬鹿な。俺は一蹴してやりたかったが、笑い飛ばすことすらできなかった。
 加えて医者の奴、こうも言いやがった。
「あなた、三十六とありますが、嘘はいけませんな。どう若く見積もっても、八十歳を越えている身体だ」
 そうして俺に鏡を見せた。
 鏡には、年老いた男が映っていた。
 見覚えがあると思ったら、それも道理。九十五歳の俺だった。
 訳が分からない。
 極力、人との付き合いを避けてきたから気が付かなかったのかもしれないが、俺はこんなに老けた顔をしていたのか。三十六歳にしてここまで衰えた肉体を持つなんて、病気じゃないのか。
 いや、違う。以前、俺が見た四十歳の俺は、極普通に歳を取っていた。こんなよぼよぼじゃあない。
 だったら、今の俺は何なんだ! まさか、未来が変わることもあるのか?
 その考えが閃いた瞬間、俺は恐怖した。全て分かっていたつもりの未来が、あれから変化したのだとしたら……。
 そしてまた別の閃きが。
 あのじじいの未来だって確かに変化した。その事実に思い当たったのだ。
 タイムマシンの発明者として歴史に名を残すはずのじじいが、俺によって葬られているじゃないか。じじいは、自身の死ぬ瞬間を全然予期できてなかったはず。予期できていれば、あのときあの瞬間に家に帰って来るはずがない。
 しかし、それにしても……俺は首を捻った。
 いくら運命が変わると言っても、こんな奇病にかかるってのはないんじゃないか? じじいの場合、タイムマシンを発明したが故のアクシデントにより、命を落とした。タイムマシンに関わったからこそ、運命を、未来を変えてしまったと言える。
 それに対して、俺の奇病はタイムマシンと関係あるか? ないだろうがっ。時間旅行をする人間にのみ伝染する病気か? いいや、そんな病気、未来に行っても一度も耳にしなかった。
 じゃあ一体何なんだ。まるで俺一人だけが早送りされたみたいに歳を食うのは……。
「ああっ!」
 俺は、最後の力を振り絞り、声を上げていた。
 分かった。全て分かった。
 単純なことだ。
 俺は、時間旅行をしすぎたのだ。
 より正確に言うなら、時間旅行をした先――未来や過去のある時代において、滞在を繰り返してきた。その滞在は短くて一時間未満、長ければ一週間以上に及んだこともある。
 その時代時代で経過した時間というものは、当然、俺の身体に刻み込まれた。俺は、過去や未来において、余分に歳を取り続けていたんだ。
 俺はそんな簡単なことを見逃し、現代へと戻って来ては、また時間旅行に出発していった。
 積もり積もった時間が今この瞬間に、俺の寿命に達しようとしているに違いない。
 そう悟った次の刹那――。

 終

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