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【短編小説】BAND-MAIDの成長


 横浜アリーナのセンター四列目にいる私は、客席の真ん中を貫くようにある中央ステージを、後ろを振り向いて見ていた。ボーカルの彩姫と、ギターの歌波の後ろ姿が見える。二人だけのアコースティック演奏は、ライブの中盤にある休憩タイムみたいなもので、お馴染みだった。しっとり流れる時間。このあとは後半戦で、また激しくなるのだろうと気合を入れる。
 演奏が終わり、腰まである黒い髪を揺らしながら、彩姫は前のステージに戻るべく、花道を歩く。
 ふと前のステージを見ると、さっきまでなかった黒い物体が見えた。暗がりが明るくなるにつれ見えてきたものは、ピアノだった。
 彩姫が椅子を引き、髪を整え、姿勢を正しく、ゆっくりと腰を下ろした。さっきまで隣にいた歌波は、いつのまにかいなくなっていた。
 広い横浜アリーナに一万人以上いる観客が、ステージ上にただ一人いる彩姫を見つめる。
「弾くのか」
 私が心に思ったことを、誰かがつぶやいた。
 まさか、そんな……。
 ピアノの和音とともに聴こえてきた曲は、Choose me。圧倒的な歌唱力の弾き語り。
 いつから。いつから練習したんだ。彩姫は、楽器をやらない。十年間、ボーカル一筋だったはず。
 失敗してほしいと思ってしまった。小箱のライブハウスによくいる、失敗して「ごめん!間違えちゃった!」って笑顔で言って、失敗しちゃった私も含めてみんな好きになってね!と強要するようなアーティストだったらよかった。それだったら、もっと気楽に聴けたのに。
 彩姫は失敗しなかった。十年間の成長を見せつけられたようで、目から涙がこぼれ落ちた。
 十年で人は、どこまで成長できるのだろう――。

 二〇一四年二月八日は大雪だった。
「友達にライブ誘われたんだけど、ワンマンってなに?」
 ライブに行ったことがなかった私は、当時の彼氏、結婚する前の主人に聞いた。
「そのライブに一組しか出ないってこと」
「普通そうじゃないの?」
「いや、対バンっていうのがあって、何組も入れ替わりで出るのがあるんだよ」
「へぇ」
 友達からは、そのバンドの初めてのワンマンライブだと聞かされていた。バンドといっても、ガールズロックバンドとしか知らず、どんな曲をやるのかも知らなかった。そもそも、ガールズロックバンドって名前のバンドだと思っていた。
 友達から「大雪で行けない」と連絡があったときには、私は渋谷Milkywayの前にいた。ベタベタ貼られたチラシと落書きだらけの壁に、進む足が止まっていた。
「楽しんできてね!」送られてきたメールを憎む。
 仕方なく、徐々にでき始めた列に並ぶ。どういうわけか、男性ばかりだった。
 エレベーターに乗って扉が開くと、目の前にスタッフのような男性がいた。
「はいこれ、彩姫が次でラストですって言ったらお願いします」
 突然男性に言われ、意味が分からず無言で二本の棒を受け取った。中に液体が入ってるようで、振るとシャカシャカ音がする。
 フロアに入ってすぐ左へ。壁の隅。背中を壁に押し付けるようにグリグリと。逃げたい。見る限り男性しかいないフロアにいる私は、とても場違いだった。
「お給仕始めます」
 メイド服を着た女の子が五人ステージに出てきたと思ったら、その一言を言い、曲が流れ出し、歌が始まった。男だらけのフロアは異様だ。激しく体をぶつけ合ったり、飛び跳ねたり。音楽も、ライブハウスが揺れてるのではないかと思うほどの爆音だ。
 後ろからではステージなんてほとんど見えないのに、ときどき男たちは後ろにいる私を振り向いて見て、心配そうな顔をする。それが、なんとなく、なんとなくだけど、心地良かった。
「次でラストです!」
 中央に立つボーカルの子が言った。
 それを合図に、蛍の光のように、フロアのあちこちが光り出した。男たちの手元を見ると、さっき貰った棒が光っていた。
「あ、これか」
 コートのポケットから取り出して、男たちの真似をした。曲げてるような、でも曲がらない。私の棒は光らない。恥ずかしくなってポケットにしまう。棒を貰ってない人のふりをして誤魔化す。
 ライブが終わった。ほとんど見えなかったけど、この空間にいれたことがなんだか誇らしかった。強くなった気がした。
「あの!」
 外に出ようとすると、後ろから声をかけられた。振り向くと、さっき私に棒をくれた男性がいた。
「BAND-MAID初めてですか?女性のファン、全然いないんですよ。よかったらまた来てください」
「あ、ありがとうございます」
 それが、初めてだった。BAND-MAIDを見たのも、ライブハウスに行ったのも、応援するバンドができたことも。
 何もかもが、この日を境に変わった。

 あれから十年――。
 私は横浜アリーナにいる。BAND-MAIDも横浜アリーナにいる。
 ライブの終盤に聴こえてきた曲に、おもわず目が潤む。
「あぁ……、forward……」
 前に、という意味を持つこの曲は、BAND-MAIDのファーストアルバムに収録されている。十年前のあの日から、週に一二回行われるライブに頻繁に行った。その当時、ライブでは必ずと言っていいほど演奏された曲だ。でも、ここ最近のライブでは、滅多に披露されない曲。
 SS席の私の周りは、熱狂的なファンの人が多い。ノリ方も完璧で、盛り上げようと体をフルに使ってる。
 それなのに、この曲のときはなぜか大人しかった。
 あれ? しんみり聴くモードに入ってる? 違うよ。この曲はめちゃめちゃ乗れる曲。ノリ方は、私の身体が覚えてる。
「FREEDOMのサビで、タオルを回しませんか?」
 と言ったファンの人のおかげで、BAND-MAIDにタオルを回す曲ができた。
「ライブでダイブするのやめませんか?」
 と言ったファンの人のおかげで、女性ファンが増え始めた。
 萌え萌えキュンキュンのコール&レスポンスがあれだけ受け入れられたのは、海外ファンの影響が強い。日本人は声が小さいし、恥ずかしがるところもあるのに、来日した海外ファンは、隣の人の鼓膜が破れるくらいの大声を出す。
 集合写真撮りませんかと呼びかけたファン。オリジナルグッズを作って配り始めたファン。メイド服を着てきたファン。
 広まった。十年で、BAND-MAIDはすごく広がった。ファンを惹きつけ、バンドが成長し、ファンも成長し、互いに育てあい、どんどんどんどん大きくなった。
 十年――。
 私は、何か成長しただろか。仕事で、家庭で……。ファンとしては……、ファンとして、私にできることは……。
 彩姫の歌が聴こえる。
 十年ファン続けてるの!なめるなよ!古参アピールしなくたって、私は正真正銘の古参だから!この曲はAメロから手を上げるの。
 誰も手を上げていない中、一人で手を上げて飛び跳ねた。浮いてるようで、恥ずかしかった。
 Bメロは頭を前に振るか、拳を突き上げる。
 体を倒して、頭を前に振った。何十回もやってきたし、何百回も聴いた曲だ。
 サビはまた、手を上げる。
 前にいる外国人さんが、一人でノリノリの私に振り向き、つられるように手を上げた。そこから伝染するように、私の周りはノリノリで盛り上がった。
 前を見ると巨大なモニターに、ドラムの茜のアップが映っていた。茜は泣いていた。
「泣くしかないでしょこんなの……」
 私も、泣きながら手を上げて飛び跳ねた。初期曲の盛り上げ役なら任せろ!そんな気分だった。
 みんな、バンドに夢を見るんだ。お互いに、成長を見たい。メンバーは技術の向上に。パフォーマンスに。彩姫はピアノも始めた。
 ファンだって成長する。十年前と何が変わった? そうね。とりあえず結婚はしたよ。仕事は独立したよ。ギターもやったし、本もたくさん読むようになったよ。
 より大きく、より大きく。前へ、前へ、前へ。
 Milkywayで隅っこにいた私とはもう違うから。横浜アリーナの四列目で飛び跳ねてるのが今の私だから。
 前へ。
 これからどこへ向かうのだろう。十年後は何しているだろう。その頃は、まだBAND-MAIDはあるだろうか。
 清く正しく美しく。その言葉が似合うバンドだ。どこまでも行ってほしい。彼女らの奏でる音楽は最高だから。
 最後にプシューと飛んできた銀色のテープが、ヒラヒラと上空を舞い、ふわりと床に落ちた。
 後ろの席の男性が拾い上げ、ニコリと微笑んで私に差し出した。銀色のテープは私の顔を映すように、ライトの光を受けてキラキラと反射していた。









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