心を整える必要があるの

「心を整える必要があるの」と、日曜の朝、スタバの窓際の席でトモコが言った。トモコは右手でストローを軽く触り、足を組み、視線を窓の外に向け、行き交う人をぼんやり見つめている。

彼女の頭の中には僕はいない。こうして前に座っているのに僕は透明になっていて、彼女はただ昨日会った、恋人のことを思い出しているんだろう。

トモコはその恋人ともう3年も付き合っている。恋人、という呼び方が正しいのかは分からない。恋する相手で間違いはないが、その彼には妻子がいる。つまり不倫相手とも言える。

僕はトモコのこうした時間に何度付き合ってきただろう。彼女が恋人と会った翌日にはいつも僕がスタバに呼び出され、窓際の席でトモコの横顔を眺める。

トモコは僕に何かの言葉や答えを求めている訳ではなく、ただ自分の抱えきれない思いをポツポツと語るんだ。

「奥さんと仲がいいみたいでつらいの」とか、「彼、私のこと、本当に好きなのかな」とか、「自分で自分の気持ちがわからなくなる」とか、そういうことを繰り返し話す。「あぁ、ごめんね。いつもぐちぐち聞いてもらって」とも付け加えることもお決まりのパターンだ。

好きな人と過ごせる至福の時間を手に入れながらも、決して自分だけのものにならない彼のことをずっとずっと考え続ける日々をトモコは過ごしている。乱される心の整理をどうつけようかともがき続けるのは苦しいだろう。

彼女の心整える時間は2時間ほど続くのはわかっているから、その間に「うん、わかるよ」とか「そうなんだ、つらいね」とかなんてことない相槌を挟みながら、時間が過ぎるのを待つ。どうせ僕の相槌なんて聞いちゃいない。

彼女はよく似た問いを自分自身に繰り返しながら、一通りぐるぐるとそれなりの筋道をつけて、結局いつも同じ答えにたどり着く。「あぁ、もうダメだな。やめなきゃね。うん、そうだよね。もう終わりにしなきゃ」と言って、ぼんやりしていた目に少し力を込めて、僕に微笑む。「いつもありがとう」ってちょっと苦しそうに笑う。

トモコの心整える時間は、こうして一応の終わりを迎え、手を振って彼女と別れた。

あぁ、今日は僕は何をして過ごそうか。僕は、胸が締め付けられるような、この心を今日はどの場所で整えようか。トモコと出会って4度目の秋が来ている。

940文字

#短編小説 #超短編小説 #不倫 #心

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