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#36 動揺

日曜の夜は9時頃に家に着いた。

中山さんとは岐阜から東京までずっと一緒にいられたし、いつもどおりいろんな話をしてくれた。

奥さんのいる中山さんとは、いつもは土日には会えない。でも土曜日は私の誕生日だったから岐阜に出張した中山さんについていって、初めての夜を一緒に過ごした。今までで一番長く過ごせた2日間、たくさんのぬくもりをもらった時間。そんな幸せな時間を静かに思い出す。

私の心にも体にも中山さんが強く刻まれて、私の愛がもっと深くなっている。

奥さんのもとに帰っていく後ろ姿をさっきはまた見送ったけど、それでも前とは違うと感じたかった。私たちのつながりは強くなったんだと思おうとした。中山さんの腕の中で眠れたうれしさを、また離れて眠る寂しさで覆いたくなかった。

愛された時間と同じだけ寂しさも生まれた気がしたけど、そんな心は見ないことにした。

荷物を片付けて、シャワーを浴びて、冷蔵庫のなかのものを軽く食べてベッドに腰掛けた。中山さんが誕生日プレゼントにくれた赤いガーベラの柄の入ったオルゴールをベッドサイドの小さなテーブルに乗せる。

ネジを巻いて、ゆっくり寝転ぶ。優しい音楽がポロンポロンと流れ始め、その音に気持ちをゆだねているうちに外の音が次第に消えていく。車の音や人が歩く足音、ときどき聞こえる猫の鳴き声もだんだん小さくなっていく。オルゴールの音色が眠りを誘う。まるで中山さんに抱きしめられているみたい。私はそのまま深く眠った。

朝、いつもどおりのアラームで目を覚ました。

週末は中山さんと過ごしていたからあっという間に過ぎた。今日は月曜日。また中山さんに会える平日が始まる。今朝は土日の移動の疲れがまだ残っていて少し眠いけど、早く中山さんに会いたくて素早く立ち上がった。昨日の今日だから中山さんに会うのがちょっと恥ずかしい気もするけど。

そんなことを思いながらスマホに視線を向けると通知が光っていた。画面を開くと中山さんからだった。

「今日は仕事を休むかもしれないけど心配しないで」

そう一言書かれていた。送信時間は夜中の1時過ぎ。

どうしたんだろう。会社を休む理由は何も書かれていない。中山さんが会社を休むことはとてもめずらしいし、昨日は体調が悪いようには見えなかったのに。そう思った瞬間に奥さんの姿が浮かんだ。奥さんに何かあったんだろうか。

ざわざわする気持ちが湧いてきて、気が急いてきた。とにかく会社に行けば中山さんが欠勤する理由が分かるかもしれない。ラインをくれたということは中山さんに突然、何かがあったわけじゃない。そのことはひとまず安心だけど、じゃあ何があったのかとすぐに電話をかけられないことで不安がつのる。

「何かありましたか?」

私もそう一言だけ返信をして、バタバタと身支度を整えて、家を出た。

既読はついたけど返信は来ない。

どうしよう。週末の私たちの宿泊が原因なんだろうか。ただ大好きな人と一緒に過ごしただけなのに、そのことが何か悪いことを引き起こしたんじゃないかと思わなくちゃいけないなんて。いろんなことを覚悟して中山さんに飛び込んでいるのに、こんなことで動揺するなんて情けない。

私は不安と動揺を抱えながら、いつもより早い電車に飛び乗った。


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#短編小説 #超短編小説 #中山さん #オルゴール #動揺 #真夜中

中山さんはシリーズ化しています。マガジンに整理しているのでよかったら読んでみてください。同じトップ画像で投稿されています。

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』シリーズ以外にもいろいろ書いています。よかったら覗いてみてください。



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