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VINTAGE【イデオロギー】㉓

大学4年ともなると、大学と距離を置きがちになるが、自分は特に就職活動もする気がないので、4月からもそれなりに履修して、授業料分はフルに利用させてもらう。
Vintageは4月のボクにとって花粉症の貴重な避難所にもなる。

「アイスコーヒーお願いします」

少し蒸し暑いのは新入生の浮かれた気分が街中を暖めているから?
ちょっとしたお祭り気分のキャンパスを足早に後にして、アイスコーヒーで火照りを癒す。
『小泉政権は……』
カウンターにあった新聞の1面が目に入った。自民党がどうだの、野党がどうだのテレビは囃し立てているけれど、政治家なんて大抵信用できないものだし、やるやる詐欺のバーゲンセールに踊らされるのなんてまっぴらごめんだ。ただ、「世の中、こうなればいいのにな」といったぼんやりとした理想像はもっている。でも、そうなるには都合の悪い奴らも出てくるはずだから、実現不可能なんだろう。
頭の中ですべてを完結。必死に演説をしてる彼らを最前列で応援してる盲目的な奴らと自分は絶対的に違うはずだという末期的ともいえる達観をしながら、アイスコーヒーを啜る。
「結局誰がやったって同じなんでしょ?」
ワイドショーでインタビューされる人のような無関心ではないが、外見は全く同じ自分の態度。

そういえばSさんはよく政治的な話をする。時には難しすぎてわからなくなることもあったけれど、自分は彼の話を聞くのが嫌いではない。というか、話を聞くたびに頭の中の一部分がたたき起こされるような気がするんだ。

「こんにちは」
Sさんが夕暮れに包まれ、現れた。
「Sさんって政治的なことに興味があるんですか」
自分が彼に彼に話しかけると、怪訝そうな顔で、
「そうだね。興味があるっているか、自分たちの知らないところで、何か悪いこと(よくないこと)が起こっているからさ。知らないままでいるのはゆっくりと自分と自分の周りが変化していくことに鈍感になるということで……」
とにかく、小さな変化が大きな変革の一部分だったりするので、見逃さないようにしたいとのことだ。

自分はこの一連の会話を今でも鮮明に覚えている。あれから何年過ぎようと、忘れてはならないことだと強く思っているのだ。

「ボクはアナキストだから……権力構造は必ず腐敗する。緩やかな人間関係がボク等には大切で……」
Sさんの話は必ずこのフレーズが入っているのを、ボクは気づいている。無政府主義については大学の図書館で調べたが、文献とは比べ物にならないほど、彼の考えるアナキズムは「優しく暖かい」

ボクはSさんのそんな考え方がものずごく好きだった。
アイスコーヒーの氷をすすりながら、ボクは彼に
「どんな社会になってもこの空間は守りたいですね」
と言った。彼は甘い煙草の煙に巻かれながら、おもむろにギターを奏でる。

なんのことない、2000年代の春の1日の風景。

Sさんと自分では政治的なイデオロギーはきっと異なる。けれども、Sさんを嫌いになれないのは政治的な考え方とは別に、もっと深いところで人間的に繋がっているからだと思う。だからSさんが好きなんだ。

これこそが彼のいう「ゆるやかな人間関係」なのだろうか。

ちょっと難しそうなことだけれど、ほんの1センチだけ大人になれた気がした大学4年の始まりだった。
カウンターの横にはスーさんが一言書いた「お札」が貼ってある。

「合併症が心配です」
お札にはそう書いてあった。

日本は市町村合併真っ盛り……。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》