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遠出

 さして、うれしくない用事があり、早退する。
札幌は、気温も高く、しかし曇り空。小学生の下校時間に重なり、窒息しそうになる。バス停まで、いつも通らない急な坂を通る。左側は原生林が残った緑地になっており、数年前、よく残業していた頃、意味もなく、森をひとりで抜けて帰った。スマホのライトにですら、驚くような暗闇のなか、虫の声や、葉の間から見える、物憂げな夜空をみて、何度も何度も、救われたいとか、期待はずれなことばっかし思っていた。
 向かいがわに、リサイクルの工場や、アパートが立ち並んでいるけれど、鄙びた感じがする。小さな子供の声が聞こえる。大好きと、弾んだ声で、祖母らしき女の人に、ぶらさがっていた。母親は、たぶん、その子の鞄をもってあげていた。
 森はまだ、肉を宿す前。茶色と灰色が目立った。赤い神社の小さな櫓が、花のように咲いている。残雪が、チョコチップのアイスみたいに汚れて、道路のわきで固まっている。いずれ、ここは、冬の名残などなくなってしまうだろう。小学生が、器用に水たまりをよけながら前をあるく。レギンスに包まれた、ふっくらとやわらかそうな脚の筋肉のあとを、追うように坂を上る。
 いかにも土地持ちの邸宅が二軒ならぶ。その内の一軒の庭に、毎年独活がさくのだ。三歳の頃から山菜採りにというと、いかにもつまらないが、本当にわたしは、三つのころから、竹藪をこぎ山菜採りをしていたのだ。山のしきたりに精通しているわけではないが、独活や竹の子や、蕗、わらび、こごみなどは、だいたいね、毎年収穫に行っている。畑を覗く。のぞきこむ。まるで、ものしりのように。独活の枯れ枝が刈られたあとが残っていた。ぎざぎざで、さわると、いかにもとげが刺さりそうだった。日差しはゆるい。生クリームで例えると、六分だてくらい。ナッペできない。こぼれ落ちてしまうだろう。独活。独活の大木とかいわれるじゃん。また、今年もさくのだろうか。ねぶとく。しつこく。きっと咲く。食べられることも、愛でられることもなし。どうして、あんた存在するんだい。なんか、寂しいさ。道路を歩いてる。寂しくないかい?
 畑をすぎ、数年前に開院した歯科を通り過ぎる。並んだ車の中に、黒のポルシェが停まっており、運転席にのった男の顔を、ちらっとみやった。いやなかんじ。坊主の中年の男。
 表通りにでる。なんにも、ない、と思った。わたしは、なんにも、ないのかもしれない、と漠然と思った。漠然と、前から気がついていた。いろいろ、付随していないことなんて、知ってら。ふん。現実をみる勇気がないのかもしれない。わたしは、自己分析の度が過ぎる。

 バスを待つ間、親しかった同僚の家が見えた。バス停の横には、同僚が通っていた美容室。もう、彼女はいないから、悲しくて、春なのに、こんな悲しくなって、同じくバスを待っている人のバッグが、紫色の裏にサインが書いてある。なんだろう、と、今までは気にもとめない事が、アイドルに焦がれるようになってから、気になるから、不思議で、わたしよりもだいぶん年上の女のつけているフォトカードを盗みみる。見たことあるかも、と思って、のちほど調べると、BTSの関係のもので、距離感がせばまってしまう。
 手の届かない人たちに、焦がれる。ここ何週間も、なんか訳のわからない高揚がとめどなくあぶれて、だだだだだだだだだ、で制御不能の感情を抑えるがために、わたしは、コンテンツを浴びまくって、寝不足になり、なんとか、その気持ちを絶つがために、試行錯誤してきた。インスタを削除したり、ティックトックを一瞬入れて、数時間見尽くしたあげく、アンインストール。人生は短い。
 目的の場所につくまで、バスの中でポメラでまさにこの文章をかこうと思う。
しかし、アイドルの事で、頭がしびれそう。微粒な電気を注入され続けているみたい。ああ、わたしの人生は短いんだぜ。
 しびれを無視して、日記を書く。今日の景色は、忘れてはならない。忘れたくない。いつか、わたしが、死ぬときとか、きっと、孤独の中で思い出すだろう。この春のはじまりを。
 バスを降りて、時間をつぶす。
 目的地しかないような場所に下りる。用事があるのだから、しかたがないのだ。だから、勇気を出しておりた。こんなに、わたしは、弱かっただろうか。そう思う。下校する学生がうじゃうじゃいる。
 とりあえず、ローソンへ。雑誌は立ち読み禁止のテープが貼られている。一冊だけ、剥がれているのがあったけど、わたしがはがしたと思われるのもしゃくだから、表紙だけ眺める。雑誌の表紙になりたかった。マンガの主人公になりたかった。海にいって、波をみたいなと思った。
 とりあえず、自分の気持ちをゆるめるため、スイーツのコーナーへ。レジの男の人が、ため息をついている。不満でもあるのかと、少し観察。咳をしていた。感冒なのかもしれない。
 スイーツを吟味すること五分くらい。こういう客が、恐ろしくて、彼にストレスを与えてるのかも。
 チョコレートのクレープを買う。甘いものがたべたい。べたべたの生クリームとか、そういったもの。
 座って食べられる場所なんて、どこにもなかったのをいいわけに、壁に寄りかかって、食べた。これから、会う人に緊張していたし、どこかで、自分をいたわりたい気持ちがあった、と言い分けする。中年になっても、立ち食いか、っておもったけど、金輪際やめにしよう。

 人と会い、話し、わたしは、声を詰まらせて、いろいろ説明して、荷物をうけとる。吹奏楽の練習と、部活の準備をする学生の中をあとにする。
 
 また、楽しくない電話を一本。電話は、本来嫌いだ。たいてい、楽しくないことばかりで、次に楽しい電話がくるとしたら、小説で賞をとったときだけだろう。

 バスに乗る。荷物は重く、予備のバッグははちきれんばかり。
 
 とにかくわたしは、悲しかった。回転寿司でもたべようかなと思った。
 一年分の教材が入った布の鞄と、いつもの通勤鞄と、職場の制服が入った、布の鞄を下げて、すこしあるく。
 カラオケに行く。大きな音で、割れんばかりの音楽を聴きたかった。文章を書きたかった。だれか、救ってほしいと思って、誰にも救われないし、いつか、なにかに救ってもらえるし、大丈夫なんだけど、今は放っておいても、大の大人なのに、泣いてしまいそうなので、そうなると、わたしは、どこにも帰れなくなりそうだった。
 カラオケの登録をする。歌う気持ちにはなれない。歌ったらすっきりするのだろうか。
 わからないけど、とりあえず部屋に入る。
 好きなアイドルの映像があるかなと思って、入れると、アニメーションのバージョンで、ひたすら、バウンディーの踊り子ライブバージョンで流し続けている。
 とにかく、わたしには、小説しかないのだ。小説を書く。それに、絶対に生きるとか、軽く誓う。
 
 そろそろ、タイムリミット。
 
 春の夜がはじまるなかに、これから、わたしは、帰る場所に、まるででかけていく気持ちだ。
 

 
  
 

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