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「ブレイクスルー・ハウンド」66

 ジェシカの家族から娘を奪い、両親の不仲を招いて離婚に至らせ、一時は光の父の指導力すら疑われたものだ。  だから、俺は銃が嫌いなんだ、と声に出さずにつぶやく。警察官、ましてやSATになるなど絶対にお断りだった。だが、現実はまるで特定の人間を狙いすましているように残酷にできている。  佐和から支給されたスマートフォンが、着信を告げた。電話に出ると、 「特別な情報ルートからの情報提供で、敵の拠点がわかった。制圧に行くわ」  と彼女は開口一番いった。 「なんで、俺に電話をかけてくる

    • 「ブレイクスルー・ハウンド」65

       光は二階に駆け上がり、両親の部屋のクローゼットを空けて靴箱を取り出す。  そこには自動拳銃が収まっていた。グロック17、スライドを後退させずともトリガーにある突起部が安全装置になっており薬室に銃弾があれば引き金を絞るだけで銃弾が発射される画期的なハンドガンだ。  銃弾がマガジンに収まっていることを確認しチェンバーに弾を送り込む。  そして、トリガーガードに指をかけた状態で急いで取って返した。  ちょうど、危機的状況が生じている。車を捨てたらしい逃走犯、日本人の、しかも子ども

      • 「ブレイクスルー・ハウンド」64

         他方で、それ以上に憂鬱なのはもしテロリストが自分を狙うなら、確実に学校がコロンバイン高校状態になることだ。銃弾、その単語だけで光はみぞおちに違和感をおぼえる。  だが、光は素人ではない。昨日のうちに、ノートに校舎の平面図を階数ごとに記し、最良の生徒の避難ルート、次善の経路、隠れ場所などをシミュレートしていた。ったく、適当にふざけて生きるのが信条だってのに――胸のうちで呻く。  そして、自然とインサイドパンツでボトムの内側に吊ったホルスターに収まったグロック26ハンドガンが意

        • 「ブレイクスルー・ハウンド」63

              4  一限目の授業が始まる前、光はぐったりとした表情で机に突っ伏して顔だけあげていた。  原因はとあるひとつの噂にあった。 「聞いたか、あいつ覚醒剤(クスリ)」「ああ、売人になったんだってな」  なぜ、若者というのは当人に聞こえている声量が把握できないのかと、頭の片隅で科学的な考察をしながらも脳裏に噂の元凶となったオンナの姿を光は思い浮かべた。むろんのこと佐和だ。  そもそもが、テロリストを追っている自分がなぜ学校に顔を平常どおりに出しているかといえば、 「敵はGS

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          「それで、純は銃の取り扱いに習熟するようになりました。本人も理由を認識していなかったようですけど、“強く”あろうとしたんだと思います」 「銃乱射事件に巻き込まれても戦えるようにか」  人間というものの悲しみのようなものを光は感じた。  弱い心が、強さを求める。それが戦前の日本であり、今の北朝鮮だ。一歩間違えれば危うい。 「でも、純が『お姉ちゃんが強くなるとね』『わたしも強くなれる気がするの』って言ったんです」  それも行き過ぎれば依存に陥るが、適度に他者を頼ることは社会生活を

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          「つまり、死ぬことは怖いのに戦闘の現場に立っているってことですよね」 「それは」  そうなるのか、と光は小さくうなずいた。 「それって、強いってことじゃないですか」 「そうなのか」  杏の確認に、光は曖昧に首肯する。  戦う理由、と考えて光はひとつ思い当たるものがあった。  贖罪、なのかもしれない。  銃の暴発で女の子を死なせたことへの。  だが、それを明かせるほど彼女の一件への傷は浅くない。口を開くと、傷口も開きそうだった。 「純は、銃がないと怖いんです」  突然の言葉に、

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           夕刻、光は杏と夕飯の材料の買い出しに行った。最寄り駅の駅前のスーパーでカゴを手に店内を巡る。  その途上で杏が「私、強くなったみたいです。心身ともに」と告げた。その理由が、一回の実戦経験にあるであろうことを彼女は明かす。  なるほど、そんなこともあるかもしれない、という思いを光は抱いた。 「修羅場を何度もくぐっている光さんはもっと強いですよね」  杏のせりふに、光は「いや」と首を横にふった。 「現場に向かうと思うと、及び腰になるし」 「でも、それでも現場に立ってますよね」

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           話を終えて校庭へと出る。校舎から校庭へつながる動線の途中の階段に座り、純はスマホをいじっていた。 「純、帰りましょ」  杏が声をかけると、 「うん」  純がふり返りはにかんだ。そんな妹の顔を見て、「この娘(こ)を守りたい」と強く思った。  帰り道、駅前に来たところで杏はコーヒーチェーンに目を止める。 「何か、甘い物食べて帰ろっか?」  杏の問いかけに、「うん」と純は笑顔で大きくうなずく。  妹をともなって店へと入り、注文を済ませて商品を受け取った。適当な席につき、さっそくス

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          「物を考えろと言われて、まとも物を考えたことのない奴がまともな答えが出せるもんじゃあい」 「いざとうときに答えを出すには、普段から考える、トレニンーグが必要ってことですか?」  光の問いかけに、「そうだ」と薄井は笑ってうなずく。 「修羅場なんて一瞬で判断をくださなきゃならない。だから、“そのとき”自分がどうするか考えておかなきゃならない」  なるほど、と光は首肯した。結局、俺はどうしたいんだろうな――。     3  祖母の他界もあり、先送りになっていた個人面談のために杏

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          「機動隊の訓練も死ぬかと思ったな。ゲームの中で涼しい顔で強敵を倒す特殊部隊とは大違いだ」  薄井が笑顔を見せる。光も笑みを浮かべた。 訓練というものがどれだけ地味で過酷なものかは、光ほ知悉している者もいないだろう。 「特殊捜査班になったらなってで、同僚が日本刀で腹から背中をつらぬかれる、なんて光景を目にすることになったしな」  薄井は口角をつりあげるが、光は笑えず口元が引きつる。なんだそりゃ――。 「でも、ま」と薄井は神妙な顔になった。 「後悔はしてない。ゲームの中のカッコい

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          「いただきます」  告げて、キャップを回しながら薄井の近くの椅子に腰をおろす。  ゴードンの『損得だけが道理じゃない』という言葉に光の胸に刺さったが、では損得以外の何で道を選ぶという疑問がわいていた。ゴードンのときのように嫌な過去を思い出させるかという危惧もあったが、そう立て続けに重い過去を背負っている人間に当たらないだろう、という思いのもと口を開く。 「薄井さんは、どうして警官になったんです?」 「ん」  薄井が眉を動かし、「警官になった理由か」と言って顎をさすった。 「そ

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          「大学進学は無理だった。高卒で就ける職なんてタカが知れてる。リクルーターに大学進学がタダになるって言われた」  そんな訳ないのにな、とゴードンは自嘲する。 「退役後はPTSDに苦しんだ。だが、他に仕事も知らず、民間軍事会社で働いた」  彼の話に、光は安易に質問したことを悔いた。 「だが、達人がミリタリー・スクールに誘ってくれた。実戦の仕事もあるが、民間軍事会社に勤めるのに比べれば随分とマシだ、達人には感謝してる」  ゴードンの父への感謝に、光は複雑な気分だ。公安に自分を売り渡

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           その後、 「腹が減った、光。少し早いが昼にしよう」  とゴードンが言い出し、田舎の店舗にありがちな駐車場をそなえたバーガーチェーに足を運んだ。  ゴードン曰く、「祖国の味だ」ということで、彼と行動するとかなりの確率でこのバーガーチェーンに入ることになる。光は、もっと高価格帯のバーガーチェーンの方がバーガーが美味しいと思い好きなのだが。ゴードンは、この店の象徴である段重ねの厚みのあるバーガーのセットを頼んだ。光は、テリヤキバーガーのセットを頼んだ。  商品を受け取って席につく

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          「いや、だから俺は」 「試射も仕事だぞ」  光は断ろうとするが、ゴードンの『仕事だぞ』というせりふに顔をしかめた。  何かを決めることを恐れる光にとって、仕事という絶対的な指標は、躾けられた犬が「お手」と言われたぐらいの強制力がある。それに、人に向けずに済むなら光も何とか銃を撃てた。 「分かった」  諦めの声音で告げた。  店主が持ってきたスカーPDWA2を受け取った。 「全長はストック短縮時で五二〇・七ミリ、重量二・四九、五・五六ミリNATO弾を使用」  光は、店主の説明に

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               2    光は今日、ゴードンと弾薬の受け取りに店を訪れた。 “業界”の人間にしか知られていない都内某所の飲食店に偽装した店舗、その地下につづく階段をくだる。すると、そこにあるのは在日米軍が経営する銃砲店だ。九条の絡み、及び国民感情で日本が動けないため、米軍に要請して開業された店だ。  入って右手に、カウンター兼ショーケースがあり、ガラスの内側に無数のハンドガンが並んでいた。壁には、無数の自動小銃と散弾銃が展示されている。テレビで観たことがある、アメリカのスーパーの

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           いい加減にしてください、と叫んだことを光は内心後悔する。もし佐和が機嫌を損ねていると、女殺人マシーンと戦う未来が待っているからだ。  彼は、路上に停めたSUVの運転席から助手席に声を放つ。 「それにしても、公安はどういうつもりだろうね。あんなに派手に動いて」 「さて、盗聴では心の中までは見通せませんからね。それは、あなたやその他の者の仕事でしょう」  自分にいわれても、と部下の顔には書いてあった。 「考えるのはあまり好きじゃなくてね、乗り込んで襟首つかんで吐かせるのが僕の

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