夏は思い出がよく似合う。

出店の焼きそばはどうしてこんなに魅力的なんだろうか。
ソースの香りはどうにも胃袋を刺激して、良くない。
スーパーで買えば200円程度で作れてしまうのに、出店の焼きそばは300円もするじゃないか。
そんなどうでもいいことを考えていると肩を叩かれたので振り返ると、思わず声が出そうになるのを抑えて僕は必死になんでもないフリをした。

「待った?」

華奢な体に涼しげな水色の浴衣が良く似合っていて素直な感想を述べそうになるのをまた恥じて、さっき来たところと言う8文字を振り絞るのに精一杯だった僕を尻目に彼女の目は祭りの雑踏を見て少し心配そうな目をする。

「逸れたら嫌やなぁ、手、繋いでもええ?」

なんだそんなこと、小さな頃は良く2人で手を繋いで帰ったりしたじゃないか。
そんなことと言いながら滲み出る手汗を気にしてバレないようにシャツの後ろ側で手を拭った。
久しぶりに触れる彼女の手はサラサラしていて少しひんやりしていた。
同じ人間なのに、こうも違うものか。
僕の無骨な手が彼女の手を握りつぶしてしまうのではないかと要らぬ心配をしながら、人混みに混ざって行く。
たこ焼きを小さな口で頬張ると端にソースが付いていたので指摘すると、恥ずかしそうに小さな鞄からポケットティッシュを取り出して丁寧に拭った彼女は少しだけ頬を赤らめた。

夏の暑さは人を少しだけ馬鹿にする。
たったこれだけでなぜか心臓の鼓動が早まるのを感じてしまうぐらいに感覚が鋭敏になるのは、夏の暑さのせいだ。
きっとそうに決まっている。

出店に寄りながら人混みをかき分けて、少し小高いところにある神社に着いた。
ここは花火がよく見える、昔から一緒に見ていた場所でさっきまでガヤガヤと騒がしかった祭りの喧騒は嘘のようで、まるでここだけは世界から切り離された特別な場所のように感じる。

そんなに豪勢ではないが華やかな花火が上がるたびに子供みたいにはしゃぐ彼女の横顔を見ていたら不意にこちらを向くから、急いでそっぽを向いてみたが間に合わなかったらしい。

「見惚れてたやろ、もっとちゃんと見て?
着付け、頑張ったんよ?」

いつもはストレートの髪の毛は綺麗に後ろにまとめられていて、少し長い首筋がとても綺麗に映えていた。
時間が経って後毛が出てきているのが妙に愛らしい、幼馴染だから小さな頃から見ていた彼女はいつのまにか綺麗になっていて置いてけぼりを食らったような感じがして勝手にツンケンしていたのも、彼女は笑って許してくれた。
思春期は面倒臭い、そう思えた時に僕は少し大人になった気がして、"お詫び"という名目で彼女を誘った。
振り返ればまだまだ子供だと思う、多分。

なんのために誘ったのかと言えば、勘のいい彼女ならもう察しているだろうに、緊張して口を紡ぐ僕を黙って隣で待っている。
次の花火が上がったら言おう。
次の花火が上がったら言おう、そう頭の中で唱えてもう5回ぐらい経って、最後の1発が上がろうとしていた。
こういうところで思い切りが出せない自分がやはりまだまだ幼いのだと、暑さとは別の理由で噴き出る汗に鬱陶しさを感じながらそれでも言い出せずにいてまぁ酷い顔をしていたら、隣にいた彼女がふっと立ち上がって離れて行く。
華やかに上がった最後の1発を背に振り返ると、花火が開く大きな音に負けない大きな声で彼女の声が届いてきた。
先を越されてしまった、不甲斐ない、だけど自然と汗が引いてすっと冷静になる自分がいた。

知らない間に彼女の元に駆け寄って思わず手を繋いだ。

「こういう時は、こう繋ぐんよ」

合わさった手のひらを解いて、5本の指が結ばれ合う。
お互いに薄らと手に汗をかいているのに気付いて、顔を見合わせて笑った。
誰にも聞こえないだろうけど、短い人生の中であんなに笑ったのは初めてだったと思う。
花火が終わって静かになった夜の空には小さな星々がキラキラと煌めいていたのをよく覚えている。
見上げる彼女の横顔はもっと煌めいていたのも、よく覚えている。

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