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学術奨励賞受賞 「思春期の鉄欠乏のスクリーニングにおける尿フェリチンの有用性評価」

皆さんこんにちは、ファンケル総合研究所note編集部です。

この度ファンケルは、2023年9月に開催された日本鉄バイオサイエンス学会学術集会において「思春期の鉄欠乏のスクリーニングにおける尿フェリチンの有用性評価」と題した発表を行い、学術奨励賞を受賞しました。

今回は発表者である豊田晴香さんと一緒に、本研究の意義や発見について分かりやすくお届けしていきたいと思います。

ファンケル総合研究所 基盤技術研究センター
生体機能分析G 豊田晴香さん
2019年 4月入社 
慶應大学 薬学部卒
趣味:旅行
この仕事の面白いと思うところ:外部の先生方と共同研究できること

本研究の意義

編:豊田さんこんにちは、学術奨励賞受賞おめでとうございます。入社5年目にして素晴らしいご活躍ですね!

豊田:ありがとうございます。共同研究先の先生方、ご指導いただいた関係者の皆様のお力添えあっての受賞でした、ありがとうございました。

編:早速ですが、今回受賞された研究について、概要をお聞かせ頂けますか?

豊田:はい、本研究は「思春期の子供たちに対して、尿に含まれるフェリチンというたんぱくの量を測定することで、鉄欠乏か否かを判定できるか」というものです。

編:「子供たちの鉄欠乏を、尿で判定できるか」ということですね!
従来のような血液での測定ではなく尿で測定できる、というのは手軽でいいですね。

豊田:そうなんです。血液の場合血管に針を刺す=体を傷つけてしまうのが欠点ですが、尿ならば体を傷付けずに済みむのが利点です。

編:傷つけない、痛みを伴わないというのは素晴らしいです。先日定期健康診断で採血しましたが、何歳になっても抵抗感ありますからね。

豊田:鉄以外も色々な測定項目がありますから、大人の私たちは引き続き頑張りましょう(笑)。
 一方で、子供たちの世代は健康診断での採血が年々行われなくなってきていて、子供たちの鉄欠乏によって引き起こされる貧血に関するデータが不足している、という課題があるんです。

編:私も聞いたことがあります。採血には保護者の同意が必要で、ハードルが高いんですよね。今は多種多様な価値観がありますし、なかなか難しい問題ですよね。

豊田:はい。しかし子供たちの鉄欠乏状態が分からない、というのは危機的状況です。なぜなら鉄欠乏は疲労感や集中力低下や貧血の要因にもなる上に、自覚しにくい。成長期に特に必要な栄養素とも言えるのに、客観的なデータが得られなくなっていっているからです。

編集:そうですね!でも、鉄はそこまで不足する成分なのでしょうか?現代の日本であれば食事やサプリメントも充実しているように感じますが…

豊田:そこが意外な落とし穴で、20代から40代の日本人女性の50%が貧血もしくは潜在的な鉄欠乏状態であると言われています。世界的に見れば16億人から20億人が鉄欠乏と推定されているんですよ。

編集:それは想像以上に多いです!しかも10代の思春期の子供たちに関しては、データが不足しているからよく判っていない。

豊田:特に思春期の女子は月経が始まる頃でもあり、鉄欠乏になりやすい傾向にあります。

編:これは確かに危機的状況かもしれませんね。

豊田:こんな状況に課題を感じていたのが、東京都予防医学協会でした。近年、貧血一歩手前の「潜在性鉄欠乏状態」の子供、特に女子中高生が増えていること。貧血検査の大切さを呼びかけていました。

2016年にファンケルから体を傷つけずにフェリチンを測定して鉄欠乏を判定する技術を開発していることを発表したところ、ご興味から連絡をいただき、2017年から共同研究をスタートしました。

編:パーソナル・ワンという専用オーダーメイドサプリメント商品で、お客様が不足している栄養素を効率よく補うために、お客様の鉄を始めとする栄養状態を尿で知るサービスとして提供していますよね。

豊田:はい。実は東京都予防医学協会と共同研究を始めてみてから分かった事なのですが、尿は子供からお年寄りまで簡単に取れるため、健診やサービスをする上でのニーズが高いという事がわかったんです。そこからヒントをもらい、お客様の鉄以外のビタミンやミネラルのような栄養状態を尿から知る分析技術開発を進め、パーソナルワンに応用したと聞いています。

編集:そのような経緯があったのですね。

豊田:思春期の子供たちについては、協力してくださる学校を探すのに苦労しましたが、ちょうど私が入社した2019年から鉄充足度を尿検体から測定する研究に着手しました。

フェリチンと鉄欠乏

編:…今さらなのですが、どうして尿で鉄欠乏状態が判るんでしょうか?フェリチンという聞き慣れないたんぱくについても説明をお願いしたいです。

豊田:そうですね、まずはフェリチンについて説明します。
フェリチンとは、細胞中に存在する鉄を貯蔵するたんぱくです。血液中のフェリチンの数値は体の貯蔵鉄量と相関性が高いことで知られています。

編:相関性が高い、ということは血液中のフェリチンの数値が低ければ全身の貯蔵鉄量が低い=鉄欠乏状態にあり、逆にフェリチン量が高ければ充足、ということでしょうか?

豊田:血液中のフェリチンの数値は炎症で高まってしまうので、病気(肝障害・感染症など)や激しい運動でも高くなってしまいますが、概ねその理解で間違いありません。ここからは血液中のフェリチンを血清フェリチン、尿に含まれるフェリチンを尿フェリチンと区別して説明していきたいと思います。
 以上より、血清フェリチンは体内の鉄欠乏状態を判定するのに使われています。そして尿中尿フェリチンとして存在します。
 私たちの研究は思春期の子供において、この尿フェリチンと血清フェリチンの間に相関性があること実証することで、尿フェリチンを用いて鉄欠乏をどの程度評価可能であるかを検証する取り組みです。


思春期の子供の測定

豊田:実際に行った検証は以下の通りです。
思春期の子供たちの尿検体と血液検体のフェリチンの値が相関しているか
(東京都内の中学1年生から3年生の男女、516名))

編:ところで最近は子供たちの採血が減ってきているとお聞きしていたのですが、どうやって採血したのでしょうか?

豊田:はい、今回は定期健康診断で採尿と採血を定常的に実施している学校を紹介頂き、その分析済みのサンプルを提供いただくことで検証が可能になりました。

測定結果と今後の展望

編:それでは、今回どのような検証結果が得られたのかお聞かせください。

豊田:はい。結論から言えば
1:尿フェリチンと血清フェリチンの値の相関性について
→思春期の子供たちでも相関性が確認できた。尿フェリチンを鉄欠乏のスクリーニングマーカーとして使用できる可能性が考えられました。
2:思春期の子供たちの鉄欠乏の実態
→思春期の子供たちは大人と同様、鉄欠乏者の割合が多かった。女子中学生で3割強であった。という検証結果が得られました。

1:尿フェリチンと血清フェリチンの値の相関性について

編:まずは、おめでとうございます!相関性が確認できて、尿で子供が鉄欠乏かどうか判定する道が拓けたのは大きいですよね。

豊田:ありがとうございます。下のグラフは血清フェリチンと尿フェリチンの相関性を示すグラフです。詳細な説明は省きますが、
血清フェリチンの値が低い人は尿フェリチンの値も低く
血清フェリチンの値が高い人は尿フェリチンの値も高い

という結果が得られた、と理解いただければと思います。
以前検証していた成人とも同様の傾向であることがわかりました。

この結果によって、尿フェリチンを鉄欠乏のスクリーニングマーカーとして使用できる可能性が考えられるようになりました。

編:それは大きな成果ですね!
…ところで「スクリーニングマーカー」とはどういう意味なのでしょうか?

豊田:急に専門用語が出てきましたね、すみません(笑)。 
スクリーニングマーカーは、この研究に限らず、さまざまな検査で用いられる用語です。直訳すると
スクリーニング=スクリーン(ふるい)にかける
マーカー=目印
と言い表されます。
つまりその人が鉄欠乏かどうかをふるい分けするための目印になるということです。

編:ということは、尿フェリチンの値が〇〇未満の人は鉄欠乏ですよ、ということですか?

豊田:その通りです。あくまで「ふるい分けの目印」なので、詳細な値は従来通り血清フェリチンを分析しないとわかりませんが、「尿フェリチンの値で鉄欠乏と判断された場合は詳細に調査しましょう」という仕組みが作れるかもしれないんです。

編:素晴らしいです!採血が行われなり、自覚なく鉄欠乏状態であった子供たちに、鉄欠乏かどうか気付ける機会を与えられるんですよね。社会的にとても意義のある取り組みだと感じます。

2:思春期の子供たちの鉄欠乏の実態

豊田:2つ目の結果もとても重要です。思春期の子供たち、特に女子の約3割が鉄欠乏だったんです。(30、40代は2割強が鉄欠乏者)。

豊田:さきほどお伝えした通り、貧血であるか否かに限らず鉄欠乏は疲労感や集中力低下ももたらすため、育ち盛りの子供たちには看過できない状況です。
 大人は健康診断等の機会で貧血に気付けるものの、子供たちは採血の機会が減って貧血にも気づくことすらできない上に、貧血につながる鉄欠乏が3割の子供達にも該当してしまっていました。鉄欠乏かどうかの診断が最も必要な世代に、その機会が失われつつあったのだということです。

編:まさに危機的状況ですが、救いの一手になる研究ですね、今回受賞されたことにもうなづけます。改めて学術奨励賞受賞おめでとうございます!

終わりに

編:豊田さん、今回このような成果が得られましたが、今後の展望についてお聞かせください。

豊田:そうですね、まず今回は思春期の子供たちにとって有益な結果が得られましたが、実用に向けて鉄欠乏の判定基準として広く使える基準値が必要だと感じています。
 例えば、先程の結果はある1つの中学校の子供達の結果にすぎません。別の学校の生徒で研究を行ったら、別の数値が出てくる可能性があります。例えばある学校で行った検査では鉄欠乏の可能性があると判定される尿検査結果が、別の学校では鉄欠乏ではないと判定されるのでは困りますよね。 

編:それでは困りますね。ではどの数値を正しい基準値としたらよいというのはあるのでしょうか?

豊田:正しさや信憑性の高い基準値を得るためには、多くの医師、研究者、施設に協力をいただきながら検証を重ね、皆で合意を形成していくしかありません。試験を実施する年代・性別はもちろん、土地柄や試験実施時期にも影響を受けるかもしれません。そういった様々な要素を踏まえ、たくさんのデータを蓄積して最適な基準値を設定していくことが、実用に耐えうるスクリーニングマーカーには必要です。
 そしていつの日か、学校検診や健康診断に尿フェリチンが活用され、みなさんの健康づくりのお役に立てればと思います。

編:蓄積、積み重ねが大切なんですね。今回の成果が広がっていき、今後さまざまな場面で活用されていくことを願っています。
 ありがとうございました。

豊田:ありがとうございました。

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