グッドバイ

誰しもが、「さよなら」について考える時があるだろう。
僕にも、その時が訪れた。

発端は、元彼が僕に会いに来たことだった。
元彼は、僕とは正反対の体型と性格で、例えるなら「草食動物になったクマ」という感じだ。

元彼は、「別れた人間とは、自分から連絡を取らない。」というポリシーの人間だった。
反面、僕は「付き合うくらい相性の良い人間同士なんだから、縁が切れるのはもったいない。別れた後も、仲の良い友達でいよう。」というポリシーの人間だった。

僕には一切連絡をしない主義だった元彼が、自分から連絡をしてきたのだ、僕に会う為に。
思いも寄らない訪問に驚いた僕は、会いに来る理由も聞かずに、有給を消化して元彼と会うことにした。

体は大きいのに、どこか臆病な表情が抜けきらない元彼を見て、懐かしさを感じた。その癖、僕にはやたら強気な発言をしてくるのも、全く変わってなくて、なんだか、笑ってしまった。

元彼はお洒落なカフェが好きなので、景観の良い公園にあるカフェに行ってゆっくりしようと2人で決めた。
人気のカフェらしく、店内は満席だったので、外でお茶をすることにした。
ミニプードルの頭の毛がハゲるんじゃないかと心配になるくらい、頭を撫で回している40過ぎのおじさんの隣のテーブルに陣取って、僕たちは近況を話し合った。

相変わらずだな、と思うこともあったし。少し、逞しくなったなと思うこともあった。元彼の目に、僕はどう映っていたのだろうか?
「老けたね。」というビジュアル面の辛辣なコメントは頂いたが、中身についてはノーコメントだった。
相変わらず、外見に厳しい男やな・・・と思いつつ、時計を見ると晩ご飯に丁度良い時間帯になっていた。

晩ご飯を、僕の大学の友人と一緒に食べる予定だったので、カフェを出て、車を停めている駐車場に向かって、公園の中をゆっくりと歩き始めた。
なぜ、僕の大学の友人と晩ご飯を食べるのかって?
それは、元彼が僕の大学の友人のファンだからだ。
笑える。いや、付き合っていた頃は、半分笑えなかった。笑

というのも、付き合っていた頃から元彼は真顔でこう言い続けていたのだ。
「見た目とか雰囲気は、大学の友人がタイプ。fatty男は、性格がタイプ。」
皮肉にも、僕と元彼が別れた理由は、僕の性格に元彼が耐えられなくなったからというものだったので、結果僕は、大学の友人にボロ負けしたということになった。
わかっている。別に勝ち負けなんてないことは。そして、友人は戦っていないことすら。でも、言わせて欲しい。「オメー、ルックスに弱すぎるだろ。」と笑。

冗談はさておき、大学の友人との食事は楽しく、超人見知りな元彼も珍しく、「緊張した。」ではなく、「楽しかった。」と言っていた。なかなか満足しない元彼を満足させるとは、さすがやな・・・と大学の友人のマンパワーに感心するとともに、感情を表現することが苦手なタイプの元彼が本当に楽しそうで、よかったなぁと心の底から思った。


大学の友人と別れた後、僕の行きつけのゲイバーに元彼と一緒に行ったのだが、そこで僕は、「さよなら」について考えさせられることになった。

文頭で述べた、僕と元彼の別れた人間に対する距離感の違いをもう一度記載する。

元彼は、「別れた人間とは、自分から連絡を取らない。」というポリシーの人間だった。
反面、僕は「付き合うくらい相性の良い人間同士なんだから、縁が切れるのはもったいない。別れた後も、仲の良い友達でいよう。」というポリシーの人間だった。

僕は、こう思っていた。
僕の性格に耐えられなくなって(元彼と付き合っていた頃は、人生でも1位2位を争うくらい荒れていたと思う)別れを切り出したから、きっともう顔も見たくないんだろうな、だから連絡を取りたくないんだろうなと。

しかしそうではなかった。
「バカねぇ。あんたのことまだ好きだったから、連絡を取らなかったんじゃない。好きだけど、このままじゃ自分が壊れそうになったから、自分を守る為にあんたと距離を置いたのよ。でも、いつかあんたからヨリを戻そうって言ってくれるのを待ってたのよねぇ?」元彼と初めて会ったにも関わらず、まるで昔から元彼のことを知っているかのような口調で、マスターは言う。

「いやいや、そんなことあるわけ・・・。」言い終わる前に元彼の方を見ると、これでもかというくらい頷いていた。

「へ・・・?」間抜けな声を抑えることができなかった。
「いやさ。あなた達2人を見ててさ、fatty男君は全く元彼の気持ちがわかってないんだろうなって感じたから、思わず言っちゃった。間違ってたらごめんね。」
「いや、あってます。」
「まじかよ、お前・・・。どれくらい待ってたん?」
「一年くらいかな、別れて。それくらいは待ってた。」
「まじかよ、お前・・・。」

マスターが、笑いながら続ける。
「ほんとねぇ。ダメよねぇ、そういうところ。勉強しなさい。笑
あ、ねぇ、ちゃんとわかってる?あなたのこと好きじゃなくなったから、会いに来ることができるようになったってことも?」
元彼の方を見るまでもなく、彼が頷いているのが分かった。
こういう時、体が大きいというのは便利だなと思った。リアクションが大きくてわかりやすい。

ショックだった。
自分は、相変わらず人の気持ちというものが何もわかっていない人間なんだと思った。
相手の気持ちをわかろうとしているようで、結局は自己主張を貫いているだけだった。
今日、自分が元彼にやったこと、言ったことも善意の押し付けだったのでは?
そんなこと誰も望んでいなかったんじゃないか?
そんな疑いすら現れ始めた。
そんな自分の気持ちを見透かしたかのように、マスターが続けた。

「でもねぇ。そんな、何もわからないあんたのことがきっと好きだったんだよね?
ただね、やっぱり、何も返ってこないのは辛いじゃない。無償の愛って言葉もあるけど、やっぱり、少しでもいいから自分の愛情に何かしら返して欲しいものよ、付き合っているんだから。しかも、あんたは身内に厳しくて外に甘いじゃない?付き合ってる側からしたら、1番大事なはずの自分がなんで雑に扱われるの?って思っちゃうわよ。しかもあんたは、付き合っていることが愛情の証だなんて本気で言っちゃうタイプだから、なおさらキツいわ。笑」

この時ばかりは、マスターはエスパーなんじゃないかと思った。
反論する余地がないことは、元彼の見なくてもわかる大きな頷きが物語っている。

僕は、馬鹿だった。
元彼が、僕に会いにくるということは、僕のことを許せるようになったのだと思っていた。これからは、昔みたいに仲良くできると能天気に思っていた。
会いに来れなかった時の方が、僕のことを好きだったということもわからずに。
別れた直後は、全然「さよなら」なんかじゃなかったのに、僕は別れを言葉通り受け止めて、何もしなかった。
数年ぶりに再開できることで関係が良好になったと喜んでいた。
会いに来るということが、本当の「さよなら」だともわからずに。
会いに来るのに、「さよなら」だなんて。
また会うことができるのに、「さよなら」なんて。

「さよなら」というのは、物理的に会うことができなくなること以外に、同じ喜びや幸せを共有できなくなった時も「さよなら」なんだと、後から考えて思った。
僕と、元彼がお互い別の道を歩み始めているということにもやっと気づいた。
僕は、恥ずかしながら心の底で、元彼は僕のことを必要としているんじゃないかと思っていた。わざわざ僕に会いに来るということも、その裏付けになっていたと思う。でも、元彼はきっと違っていた。僕という人間と距離を取ることができるようになり、冷静な心持ちで話ができるようになったから会おうと決めたのだろう。
ある意味、彼の人生の中で、僕という人間の重要度が下がったと言えるだろう。
皮肉にも、会えるようになって初めて「元恋人」という関係を心の底から痛感させられる結果となった。



きっと、僕たちは昔と同じような幸せを感じることはできないだろう。
2人で美味しいものを食べても、好きなアーティストのライブを見に行っても、どこか見知らぬ土地に旅行したとしても、きっと昔には戻れないだろう。
なぜ、そんな当たり前のことを書いているのか。きっと僕は、元彼に必要とされたかったのだろう。元彼だけは、自分のことを必要とし続けてくれる、そんなエゴの塊だったのだろう。エゴの原因は、元彼以上に自分という人間を許してくれた人間がいなかったからかもしれない。



サカナクションの曲にグッドバイという曲があって、その曲の中にこんな歌詞がある。

どうだろう
僕には見ることができない
ありふれた幸せいくつあるだろう
どうだろう
僕らが知ることのできない
ありふれた別れもいくつあるだろう

僕たちの関係性は、この歌詞に集約されている気がしている。
きっと、元彼がこれから感じる幸せを僕は見ることができないだろう。
そして、きっと、僕たちと似たような、はたまた全然違う形の別れが世の中にはたくさんあって、みんな悲しみや苦しみを抱えて、またはそれを乗り越えて、また自分の道を歩き出すのだろう。

残念な人間だと自分でも思うが、今回の件で初めて元彼の素晴らしさがわかった。
表現下手だから、わかりにくい方法ではあったのだろうけど、僕の想像を超えるくらい純粋な愛情を自分に注いでくれていたのだと思う。

今回の件で、僕も元彼のような人間に少しでもなろうと思った。
個性があまりにも違うから、なかなか難しいかもしれないけれど、そう決めた。

愛情を注いだ人といつか「さよなら」することになったとしても、それは、きっと0に戻るということではなくて。
新しいスタートのための、ステップアップみたいなものだと僕は思う。

「悲しみで花が咲くものか」とサンボマスターも言っていた。








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