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映画×アートな歌詞が最強なんじゃないか

はじめに

音楽が好きでこれまでたくさんの歌詞に触れてきました。真面目に歌詞に注目し始めたのは中学生や高校生の時で、そのときは歌詞にたいしてなんとなくすげーとしか思えませんでした。

しかし、大学生・大学院生にもなると、毎日の研究はもちろんのこと、社会人になって、親になって、人を育てる立場にこれからなっていくのかと不安になりました。そうした時に、人を動かす言葉や感動させる言葉を正しく使えるようになることがものすごく大事なんじゃないかと思うようになりました。

そこで、今まで自分にエネルギーを与えてくれた歌詞を深く調べてみることにしました。歌詞を深く分析することは、クリエイターのリスペクトだけではなく、人を動かす言葉のヒントを得ることができるのではないかと思って、J-POPの歌詞の表現方法を分析して書き留めることにします。

表現に極力気を付けますが、一意見と思って読んでいただきたいです。

考えた結果、良い歌詞の表現方法は「映画的歌詞」と「アート的歌詞」の二つに分けて考えることができるという結論に至りました。そして「映画とアートの掛け算こそが最強なんじゃないか」ということについて説明していきたいと思います。

映画的歌詞とは?

いい歌詞に欠かせない要素の一つが「映画的歌詞」です。

考えたってわからないし
青春なんてつまらないし
辞めたはずのピアノ 机を弾く癖が抜けない

だから僕は音楽を辞めた / ヨルシカ
久しぶりに逢ったあなた 照れ隠しに髪を触った
よみがえってくる思い出が 溢れぬように大人なぶって

気付かれないように / aiko

細かい情景描写でとにかく具体的な生々しい映像を作ります。このような歌詞をみると「うわぁ、、、エモい」と思うでしょう。類似した体験をしてきた方だったらもうどうにかなっちゃいそうな歌詞だと思います。

このように映画的歌詞にはかなり刺激の強い「エモい」という成分があります。これはある特定の人の心を深く刺しにかかってきます。

昔の例で言えば、俳句と短歌が映画的歌詞とかなり類似しています。「視覚」「聴覚」「嗅覚」など五感を使って映像を表現しているという点で映画的と言えます。

古池や 蛙飛び込む 水の音
松尾芭蕉

個人的に映画的歌詞を書く傾向にあると思ったアーティストさんの例です。

映画的歌詞を書く傾向にあるアーティストの例
aiko, Official髭男dism, ヨルシカ, 宇多田ヒカル, あいみょん など

最近の例で言えば「香水」「Pretender」「別の人の彼女になったよ」もまた映像的歌詞のアプローチで作られた名曲です。多くの人の強烈な共感を呼びました。

一方でこれらの曲が爆発的に流行ったタイミングで「歌詞が無理すぎる」と拒絶した人が一定数存在したのも事実です。

このように、エモい歌詞は、追体験できなかった人・歌詞を拒絶するような人も生みかねないということです。感情を当てはめられない体験が提示されたときにはエモいを生めないというのがポイントです。刺激が強いという特性が、強烈な共感と強烈な拒絶という二つの感情を生みだすのです。言葉の劇薬です。

映画的歌詞の特徴
・聞き手に歌詞の内容を追体験させることにフォーカスしている。
・俳句・短歌と同じアプローチ。
・聞き手は、歌詞のリアルな体験に、感情を当てはめていく。刺激的。

アート的歌詞とは?

いい歌詞を作るもう一つのアプローチはアート的歌詞です。

まちがいさがしの間違いの方に 生まれてきたような気でいたけど
まちがいさがしの正解の方じゃ きっと出会えなかったと思う

まちがいさがし / 米津玄師
僕がここに在る事は あなたの在った証拠で
僕がここに置く歌は あなたと置いた証拠で

花の名 / BUMP OF CHICKEN

「生と死」など一生をかけたテーマ、もはや何を伝えたかったかを1から100まで知ることも不可能ですが、壮大なテーマを短く美しい言葉で並べているのがわかるかと思います。これをアート的歌詞と呼ぶことにします。

映画的歌詞を俳句・短歌と捉えたように、アート的歌詞を別のもので置き換えて考えるならば、アート的歌詞は「ことわざ」「格言」に似ています。

映画的歌詞とは真逆で、扱うテーマも壮大でどのような時の何を指している言葉であるかは明確ではありません。

急がば回れ
老人はあらゆる事を信じる。
中年はあらゆる事を疑う。
青年はあらゆる事を知っている。

オスカーワイルド

個人的にアート的歌詞を書く傾向にあると思ったアーティストさんの例です。

アート的歌詞を書く傾向にあるアーティストの例
米津玄師, BUMP OF CHICKEN, 椎名林檎,サカナクション, スピッツ, 藤井風 など

先ほど取り上げた「まちがいさがし」を例にとります。まちがいさがしは、サイゼリアなどのまちがいさがしそのものの話ではなく、概念として使っているのはわかるかと思います。ここで想像するのは「自分が置かれている境遇」「自分が過去に犯した失敗」などをかもしれません。あるいはもっと別の何か...

このように、アート的歌詞は「解釈は聞き手の自由」という特性が強く、この特徴が非常に重要です。極端なことを言えば、都合よく解釈すればよいというものです。普遍性があります。映画的歌詞と対比して、追体験できなかった人が言葉を拒絶するという構図を生みにくいのが特徴です。

このようにアート的歌詞は構造上、どんな人にも広く共感するものになりうる歌詞ですが、やはり具体的な体験を並べた映像的な歌詞よりかは刺激が少ないです。代わりに美しいとよく形容されます。

アート的歌詞の特徴
・あえて抽象的にして解釈を多様化させることにフォーカスしている。
・ことわざや格言と同じアプローチ。
・聞き手は、歌詞の抽象的な表現に、具体的な体験を当てはめていく。普遍的。

プロはハイブリッドで使いこなしている

映像的歌詞とアート的歌詞とまとめましたが、普通はこれらひとつを洗練することすら難しいです。驚くことに偉大なアーティストは、映像的歌詞とアート的歌詞をハイブリッドで使うことができます。配分は曲によってまちまちではあるんですが、どちらも高いレベルで提供されています。

個人的に大好きな歌詞「若者のすべて / フジファブリック」と「卒業写真 / 荒井由実(卒業写真)」は映像とアートが5:5で共に高い質で過不足なく配分されている最高傑作だと思います。

有名な曲でいくつも考察がありますが「若者のすべて」についてだけちょっと書きます。この曲は、歌詞とメロディが「夏の忘れられない思い出」を映画的に書いているように見えて、所々、抽象的なワードがいくつも出てきます。

夕方5時のチャイムが今日はなんだか胸に響いて(映画的)
世界の約束を知って それなりになって また戻って(アート的)

決め手は「若者のすべて」というタイトルでこの歌詞が「夏の思い出だけではない何か」を連想させるアート的な歌詞とも見れるようになっていきます。プロってすげー!って二度思えます。ここらへんの配分は個人の好みが強いかもしれないです。


歌に「参加できる」という良さ

どちらのアプローチにも大きな共通点があります。それは「歌に参加できる」ということです。

映画的歌詞は「自分の感情」を当てはめることで、アート的な歌詞は「自分の体験」を当てはめることで歌に参加できます。

自分の当てはめた感情や体験で自分なりの解釈を作ったり、SNSに「これすごい良かった!」と拡散したり、気付かないうちに明日の行動がちょこっと変わったり。この「参加できる」ということに歌詞の面白さが詰まっていると思います。

日常生活×歌詞の表現

冒頭でも述べたように、やはりこの表現方法は歌詞だけの応用だけでなく、日常生活にも転用することができそうです。

「自分を信じれば必ずいいことがある」とか「諦めなければ必ず夢はかなう」という言葉を日常生活でよく耳にするかと思います。仮に歌詞にこのような言葉を使うことを想定してみます。もしも、何をやってもうまくいかなくて苦しい思いをしているような友達がいるとして、この歌詞を見せたらどうなるでしょうか。「自分の引き出しにはそんな体験はない。この歌詞に書いてあることは嘘だ。」と思ってしまうでしょう。

というように、未来の不確実なことを中心に歌詞を書くと、先ほどの理論で言うところの「参加しやすさ」がどうしても低くなってしまいます。やっぱり、辛かった過去の話や葛藤している現在を描く歌の方が必然的に「参加しやすい」ものになります。そういう意味でも映画的×アート的な歌詞のアプローチに人を動かす力があると言えそうです。

例えば「今からこつこつ勉強しないと後々苦労するよ」とか「お酒控えないと健康に悪いよ」などと言われても、嫌いなものは嫌いだし、飲みたいものは飲みたいで終わりです。未来のよくわからない事と今の気持ちを天秤に掛けたら、今の気持ちが勝つに決まってます。歌詞のエッセンスを学べば、人を動かしたいときにこんな言葉はなかなか選べないなって思います。

その他の重要な側面(おまけ)

この文章で書いたことは、究極曲を削ぎ落としても成り立つような話です。曲がつくからこそ考えられる歌詞の面白さに今回は触れられていません。

音楽は「メロディ」「リズム」「ハーモニー」の3つからなると言われています。その中でも「リズム」と歌詞はものすごく関係性が深いです。リズムがついたからこそできるような言葉遊びについてもまとめたいと思います。

この話は歌詞のすごさの全てを到底説明できたものではないということだけは言っておきたいです。

まとめ

・映画的歌詞:体験を書く。聞き手は、感情を当てはめる。特定層に深く刺さる。
・アート的歌詞:抽象的なことを書く。聞き手は、具体的な体験を当てはめる。普遍性がある。
・プロはこの手法をハイブリッドで使いこなしているからすごい。
・両者の共通点は「聞き手が歌に参加できる」ということ。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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