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感 搖 句。

第1話『耳にタコができる』 

 私、29歳。独身。非正規雇用。女性。

 周りでは、結婚ラッシュ。30歳目前、駆け込み婚とでも言うのだろうか。

 30歳になる前に結婚したい、という友だちやその友だちは実際に多くて、結婚式の招待が昨年末からやたらある。多いときは月3回もあった。めでたいことだから良いと思うが、バイト生活でカツカツの自分にとっては、お祝いのために、食費を削ったり、貯めたお金を下ろしたりしながら、やりくりする必要に迫られた。でも、友だちが結婚するのだから嬉しいし、お祝いはちゃんとする。そう決めていた。

 しかし。いったい誰が。いつから。

「30歳までに結婚するべきだ。」

と提唱し始めたのだ。

ホントにまったく、誰だよ、と小さい声だが歩きながら、言い放ってしまっていた。すれ違ったおばさんが、ひっ、と驚いてこちらを見ながら遠ざかる。

 家では、両親と私と妹の4人暮らし。学生の妹は、しっかりしていて、アルバイトしながら、就職先も見つけ、正社員としての未来が待ち構えている。おまけに彼氏もちゃんといて、彼氏は名のある企業に勤めている。

 「お姉ちゃん、結婚したら?来年、30歳になるでしょう?20代の今なら、まだ間に合うから。」

 母が良く言う。何だ、間に合うって。何に間に合わせるのだ。間に合わせるものなど何もないぞ。

 私は大学を出ていない。高校を卒業した後は、地元の駅から二駅先の不動産会社で事務をしていたが、3年ほどで退職。「何かやりたいこと」を見つけるためにと、自分でも訳がわからないが、そんな理由で、その後はバイト、派遣などで働きながら今に至る。

 母の世代では、20代、できれば前半で結婚して暖かい家庭を作って、子供や孫に囲まれて年老いていく...というのが定番の人生らしい。

 だから私に結婚して、子供が生まれないかと待ち望んでいるのだろう。自分が孫の相手をしたいから。友だちに、孫のかわいさを常々語られ、自分もほしいと思うのだろう。

 すまないが、妹に期待してくれ。

 結婚したいと思わない。

 やりたいこともまだ見つからないんだ。

 なにやってるんだろう、という思いと、これでいいんだ、という思いが重なる。


 伯母が、話があると言って、我が家に来訪する時は、たいてい私にとってめんどくさいことが起きる。

 小学校に上がる前、ランドセルを買うことを楽しみにしていた。ピンク、オレンジ、ラベンダー、ブラウン。幼稚園からもらったカタログを見ながら、これがいいな、やっぱりこっち...と目移りしながら選ぶ。よし、このパステルブルーにしよう。留め金がお花のモチーフでかわいいし。そう決めた矢先、伯母が遊びに来た。

 「うちの子のランドセル、新品なのよ、使わない?はい、これ、どうぞ。」

 私よりひとつ上の従姉。つまり伯母の娘。彼女は公立ではなくお受験をして、私立の小学校に入学した。その小学校は決まった通学カバンがあるが、知らなかった伯父の実家から、真っ赤なランドセルが送られてきたのだそうだ。いらないと言うわけにいかず、記念写真を撮ってから、ランドセルは大事にしまわれていた、私のために。

 「はい、どうぞ。あなたのために取っておいたのよ。背負ってみて。あら~似合うわぁ。」

 本当はパステルブルーがよかったのに。

 言えないまま、赤いランドセルで、6年を過ごした。

 

 高校2年の時、従姉の進学先が決まる頃に、伯母がやって来た。

 従姉は、そのまま私立小学校からエスカレーターで大学に行くのではなく、違う大学を受験したのだそうだ。

 「私はそのまま進んでくれたらって思っていたんだけど、どうしても勉強したいことがあるっていうから、仕方なくオッケーしたのよ。残念だけどねえ。あなた来年、受験でしょう?今から焦っといた方がいいわよ。」

 大学に行くつもりのなかった私は、そのことをさらっと言った。伯母は、目を丸くして、

 「ダメよぉ、今時。大学くらい出ておかないと‼️ 悪いことは言わないから、行っときなさい。」

 本当に余計なお世話だ。母と伯母は仲が良い。母は伯母の言うように、しばらく大学進学を勧めてきたが、頑なに私が断ると、やっと諦めた。

 従姉は大学を卒業すると、専門職として企業に就職した。私は、高卒後に入社した会社を3年で辞め、バイトをして生活していた。

 従姉が結婚したのは25歳の時。その頃から、伯母は私にお見合いを勧めてきた。良い人柄なのよ~、育ちが良いの、ご実家が商売なさってるんですって、歌帆ちゃん、行き遅れるわよ~など、10回以上さんざん勧められたが、私はずっと断り続けた。


 高校時代の友だちに会って、話すこと言えば、会社の上司、先輩への愚痴、彼氏のこと、結婚のこと。

 みんなの話を聞くのは嫌いじゃない。世の中、いろいろあるなぁと思ったり、それぞれ大変だなって思う。自分のことを話すのは得意じゃない。だから私には振らないでほしい。

 「歌帆はどうなの?」

おっと。私に話の矛先が。

 「ん。変わりないよ。バイトして、本読んで、犬と遊んで、っていういつも変わらない生活。」

 「え~。つまんないじゃん。合コンとか行ってないの?最近じゃ、オバサン扱いでさ、合コンもかなり少なくなってきたと思わない?29歳だもんね。」

うん、うん、そうだね、と私以外が頷く。

 「あ~。早く結婚しなきゃ~。お祝い払うだけで、もらわないままで、人生終わっちゃうよぉ。」

 私はそれでもいいかなって思っている。と言いたかったけれど、空気を読んで言わないことにした。

 彼女たちは、お見合いや合コンや会社のこと、先に結婚している別な友だち数名の名前を出し、結婚してから付き合い悪くなったよねとかそんな話しかしないもんだから、私は飽きて来て早く帰って、図書館から借りている本の続きを読みたくてしょうがなかった。

 この中の誰かが結婚して、飲み会への参加が減れば、その誰かがまた「結婚してから付き合いが悪い。」と言われるのだろう。結婚したら忙しくなるだろうし、家庭もあるのだから仕方ないことで、便りがないのは、相談すべきアクシデントもなく過ごしていると思っている。そういう受け止め方ができないのは、誰かと自分を比べすぎてしまうからだ。


 私にもかつては彼氏というものがいたが、今はいない。結婚したい雰囲気になるのが苦手で、そうなると何となく会わなくなって、フェードアウトというパターンが多い。面倒なので、今は付き合っている人もいない。本当にラクチン。やりたいことも見つからないまま30歳になってもいいかな~と最近は思う。

 従姉の咲ちゃんと久しぶりに会って話をした。買い物をしていたら、偶然、同じ店にいたのだ。カフェに移って私たちは近況報告をしあった。

 「歌帆ちゃん、うちの母、迷惑かけてるでしょ?」

 咲ちゃんは申し訳なさそうに言った。

 「あの人は、自分の良いと思ってることが、他の人にも当てはまってると思ってるの...歌帆ちゃんに何回もお見合いの話をしているでしょ?私にも、歌帆ちゃんにお見合いを勧めてって言ってきたからさ、怒っておいたよ。ほんとにごめんね。」

 私は苦笑いして、運ばれてきたカフェラテを飲む。

 「悪気がないですから、伯母ちゃんは。謝らないでください、私は大丈夫ですよ。」

 「歌帆ちゃん、悪気がなければ良いってことじゃないのよ。悪気がないほど、傷つける時もあるの。」

 咲ちゃんは珍しく強い口調で言った。

 「小学校から私立に行って、それはありがたかったよ。実は、大学を選ぶときはほんともめたの。私が勝手に選んだって。そのまま系列校になぜ進まないんだって。私やりたいことがあったから。抵抗して、父を味方につけて、やっと諦めさせたの。」

 知らなかった。伯母は咲ちゃんの進学を嬉しそうに言っていたから。

 「結婚もそうね。私の選んだ人が気に入らなかったんでしょう。しばらくグチグチ言ってたけど、私、本気で切れたから。」

 咲ちゃんは笑った。

 「かなり、ビビってたよ。歌帆ちゃんのお母さんはあんまりそういうのないでしょう?」

 そうですね、伯母さんほどは...とは答えず、私は、はい、と言った。

 「生まれてから私たちは、どこの学校に行くのか?どこに就職するのか、いつ、誰と結婚するのか、子供は何人生むのか、子供はどこの学校に行かせるのか...とかその繰り返しだと思うの。」

 「確かに。」私は大きく頷いた。咲ちゃん夫婦には子どもがいない。

 「結婚したとして、子どもはまだか、一人生めば、一人っ子は良くないとかさ、そういうのうんざり。歌帆ちゃん、うちの母の言うこと気にしなくていいからね。」

 咲ちゃんとはまた会う約束をした。

 咲ちゃんと話をしたことで何だか私はスッキリした。

 30歳にもなって、と言われるかもしれないが、周りが何を言おうと、何を言われようと、まだまだ、やりたいことを探していきたいと思う。




 

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