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John Ryan’s Polka にみる曲の流行

John Ryan’s Polka という曲をご存じですか。ディカプリオ主演、1997年のハリウッド映画『タイタニック』で三等船室のダンスパーティーに使われた曲、といえばお分かりでしょうか。初心者にも取り組みやすい易しい曲として、日本でおそらく最も人気があるアイリッシュレパートリーのひとつといっても過言ではないでしょう。この曲が一躍人気を得た経緯をたどりながら、メディアの役割を見ていきましょう!


アメリカ映画『タイタニック』の海外での受け止められ方

タイタニック海難事故の映画化は、主要な作品が1950年代に作られてから久しぶりでしたので、当時からとても話題になりました。この映画のもうひとつの重要なプロットである、上流階級と労働階級の垣根の超えた秘恋が日本でも受け入れられました。その象徴として描かれたのが三等船室でのダンスパーティーです。

しかし、海外ではこの映画は、災害関連の惨事、暴力、ヌード、官能、暴言の表現があり子供向きではないとされています。映倫区分は各国によって違い、日本では、この映画は誰でも観ることのできるG区分ですが、アメリカではPG13指定、アイルランドとイギリスではPG12指定となっています。

また、この映画は、今もヨーロッパに根付く階級社会をややステレオタイプに描いている点で賛否両論あります。二人の恋愛に関しても、キリスト教的には、彼らがただ欲望を追求しているように見えるようです。

ちなみに、最も興行収入の高い映画のリストを見ると、日本では3位(洋画部門ではなんと1位!)に対して、アイルランド・イギリスでは11位、アメリカ・カナダでは9位となっていて、日本ほど人気が突き抜けているわけではないようです。


映画の中のアイリッシュミュージック

実は、John Ryan’s Polka には、他にもいくつか名前があります。CCÉ(アイルランド音楽家協会) のセッション曲集には、北アイルランドの地名が付いた Armagh Polka という名前で載っています(リンクでHPに飛び音源が聴けます)。

また、このバージョンの音源で一番よく流通した古いものと言えば、1975年のフォークリバイバル時に作られた、アイルランドの有名なバンド「プランクシティ Planxty」のアルバムでしょう。BPM(テンポ)=132で、実際に、ポルカが踊れる速さで演奏されているのに注目しましょう。


映画では、アメリカ人プロパイパーのエリック・リゲラー Eric Rigler(1959年~)と、アメリカのバンド「ゲーリックストーム Gealic Storm」が三等船室の音楽を担当しました。


彼らの演奏はBPM=160 と大変高速で本来、ポルカを踊れる速さではありません。しかし、これが、90年代の”ケルティックバンド”の典型的な演奏形態であり、階上の上品な雰囲気に対比させて、騒々しくエネルギーに満ちあふれた階下の演出にとてもマッチしました。

現実には、移民のために船に乗り込んだアイルランドとイギリスの人々の中には、フィドルやパイプ、フルート、蛇腹楽器といった楽器を持ち込んだ人もおそらくいたでしょう。しかし、バンド演奏は当時まだ珍しかったので、この風俗画のように、ダンスには楽器のソロ演奏がなされた可能性が高いと思われます。

船の甲板で踊る人々 中央右にフィドラーがひとり見える 1850年(ITMA蔵)


私がこの曲を知ったのは日本

私は2002~2004年に、アイルランドとイギリスでフィドルを学んでいましたが、実はこの曲についての印象があまりありません。

確かにこの曲は、最初の楽章でダウンビートが強調されるフレーズが何度か繰り返されるという面白い特徴があります。けれども、現地の奏者の間で、映画のアメリカンケルティックなポルカ演奏は驚かれはしても、すぐに取り入れられたわけではなかったのも事実だと思います。

一方、日本でJohn Ryan’s は、「映画タイタニックで使われていた」と説明すると聴衆にとても受けがいいので、次第に日本の奏者やグループの間で取り上げられるようになります。こうして、アイリッシュといえばタイタニックの図式ができあがります。

2004年には、パンクバンド「The Cherry Coke$ ザ・チェリーコークス」が、アルバムに (IRISH)POLKA としてJohn Ryan’s を取り入れ、フォークファン以外にアイリッシュを紹介しました。



まとめ

今回見てきた John Ryan’s Polka は、大ヒットしたアメリカ映画で取り上げられたことがきっかけとなり、2000年代後半に登場したSNSによって拡散し、日本ではアイリッシュの代表曲とされるまでに広まりました。

これまで、レコードやラジオといった新しいメディアが登場するたびに、伝統のレパートリーやスタイルの平均化が大きく進みました。ネットの時代になると、インフルエンサーに取り上げられる曲や、SNSでよく見かける曲を追うことで新しい流行の形が作られるようになります。

一方で、ネットの使い方・検索のかけ方によっては、豊かで素晴らしいソースにあたることのできる時代になっています。記録された音源や資料、アルバムなどのデジタル化、アーカイブ化はとても進んでいます(※脚注①)

現在は、民俗音楽の学び方において、ネットの活用方法も重要な要素の一つになっているといえるでしょう。


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※脚注①:音楽情報をネットから得る時代には、逆に、ネットに載っていなければ存在しないも同然という曲を生んでいます。ネットでヒットしにくい”隠れた”アイリッシュの名曲は、こうした本の中に発見することが出来ます。


トップ画像:中央のパイパーを囲むように立って演奏しているのが、バンド「ゲーリックストーム」。彼らは90年代半ばにカリフォルニア州サンタモニカのパブで活動していて、当時メンバーの全員が10代後半という若さでの起用でした。



参考記事:
『タイタニック』がPG-13としか指定されていない理由 Why Titanic is Only Rated PG-13

HP: 映画の年齢制限 FilmRatings.com 
映画のレイティングシステム


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