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「才能の科学」

「才能の科学」(マシュー・サイド 山形浩生 守岡桜 河出書房新社)

オックスフォード大学を主席で卒業し、イギリスの卓球選手として活躍しオリンピックにも2度出場した著者による、才能についての本。2010年に出版されたBounceという本の翻訳で、「非才!」という本の復刊だとのこと。一言で言うと、人は優れた能力を生まれつきの才能のせいにしたがるが、そうではなく長い間の努力とかそれを支える環境とか運とかの賜物であって、優れた能力も、ちょっと別の分野になると全然通用しなくなること多いと書かれている。

「王様の前に立つ人びとは、すべて自力でなしとげたように見えるかもしれない。だがじつは、ひとり残らず隠れた有利性や驚異的な機会や文化的遺産から恩恵を受けているのだ。そのおかげで彼らはよく学び、がんばって努力し、ほかの人とは違ったかたちで世界を見られるようになったのだ」(17ページ)

「20歳になるまでに、最高のバイオリニストたちは平均1万時間の練習を積んでいた。これは良いバイオリニストたちより2000時間も多く、音楽教師になりたいバイオリニストたちより6000時間も多い。この差は統計的に有意どころか、すさまじい違いだ。最高の演奏家たちは、最高の演奏家になるための作業に、何千時間もよけいに費やしていたわけだ。(中略)最高の生徒とそのほかの生徒を分かつ要因は、目的性のある練習だけなのだ。」(21ページ)

「何度も目にするのは、"ふつうの"大人が、驚くほどの可能性を持ち、練習ですさまじく変わる能力を持っているということです」(33ページ)

「フェデラーのスピードは、ほかのあらゆるスポーツや試合でも活用できるはずだと思うかもしれない。だが、残念でした。私は2005年の夏に、ロンドン南西のハンプトン・コートパレスで、フェデラーとリアルテニス---古代式のテニスで、ペントハウスという傾斜屋根つきの屋内でおこなわれ、堅いボールを用い、まったく違う技能が必要になる---の試合をしたことがある。あれほどの優雅さをもってしても、フェデラーはボールが多少なりとも高速で飛んでくると、ほとんどボールに追いつけなかった。見物人の一部はこれを見て驚いたが、でもこれはまさに傑出性に関する新しい科学の予測どおりなのだ。スポーツ選手たちのスピードは、生得的な反射神経にもとづくのではなく、きわめて専門特化した練習からくるのだ。」(43ページ)

「要するに、ベッカムみたいに曲げたり、タイガーみたいなフェードをものにしたりしたいなら、遺伝子、環境、信条、肌の色にかかわらず必死に努力しなければならないということだ。近道などない。神童たちを見ると、つい近道があると思ってしまうのだが。大規模な調査の結果、どんな複雑な課題でも、10年にわたる苦労をまぬがれて頂点にいたった人間は一人もいないことがわかっている。いやまあ、まったく例外がないわけではない。チェスのグランドマスター、ボビー・フィッシャーは、九年でグランドマスターの地位についたと言われている。」(75ページ)

「本書ではこれまで、頂点に立つために必要な練習の量に焦点を当て、それが最短でも10年間におよぶ膨大な時間であることを見てきた。だがここではもっと肝要な一面へと掘り下げたい。つまり練習の質だ。頂点に立つ人間たちが最高の地位を獲得するのは特別な学習が必要とされ、一万時間を一時間たりとも無駄にしないために深い集中が必要となる。
エリクソンはこれを「集中的訓練」と称して、そのほかのほとんどの人間がするものと区別している。ここでは「目的性訓練」と呼びたい。なぜか?意欲的なチャンピオンたちの訓練には、特別な不変の目的があるからだ。それは進歩だ。毎秒、毎分、毎時間、変わることなく心身ともに全力を尽くし、能力の限界をこえるところまで自分を駆り立て、トレーニングの終わりには文字どおり生まれ変わっているほど徹底的に取り組もうとする。」(93-94ページ)

自分の才能のなさに悩んでいる人にとっては、この本は元気が出てくる内容であり、ぜひ読むことをお勧めする。ただその一方で、努力がすべてを決めると言われてしまうと、逆に息苦しさを感じてしまう面もある。うまくいかないのは、努力が足りないからだということになってしまうからだ。そのようなモヤモヤを反映してか、巻末の「4.本書への疑問:「才能」はそんなに悪いものか?」(332-336ページ)では訳者がやや疑問を投げかけていて、それでバランスが取れているような印象を受けた。

この本を読んで、高齢者の職探しの際に重要とされる「ポータブルスキル」にもやや疑問を感じた。ポータブルスキルとは、職種の専門性以外に、業種や職種が変わっても持ち運びができる職務遂行上のスキルのことだが、スポーツ選手でもちょっと違うスポーツには対応できないようだと、「持ち運びができるスキル」という概念もやや怪しい気がした。

他にもプラシーボ効果、「あがり」のメカニズムとその回避法、二重思考など、パフォーマンスを高めることにつながる面白い話があった。才能と努力はどちらが重要かというのは永遠の課題であり、それを考えるヒントになるような本であった。

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