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「Your Time」

「Your Time」(鈴木祐 河出書房新社)

科学ジャーナリストの著者による、時間術についての本。
うまく説明できないが、変な面白さがある本である。
「はじめに」や「著者紹介」を見ると、何だか誇大広告のようで胡散臭い感じがしたが、「万人に効果がある時間術は、いまだひとつも見つかっていない」(18ページ)とし、「私たちが本当に気にすべきは、時間ではなく"時間感覚"である」(19ページ)と述べて、各自の時間感覚を4象限に分類して、それぞれのタイプに合った時間術を提案している。
4分類でいいのだろうかという気はするが、人によって時間の考え方は違うわけなので、その人に合った時間術があるはずという著者の主張はまったくその通りだと思う。また最終章「退屈を追い求める」では、「退屈トレーニング」(259ページ)や「定期的に「時計禁止」の日を作る」(264ページ)など、効率を追い求めるのとは逆行することを敢えてやって、現代人の時間不足の感覚に対処する話があり、意外性があって面白かった。即効性の時間術の本ではなく、時間にまつわる人間の不可思議な認知や振る舞いを理解して対処するための本である。

 どの時間術を使っても仕事の質と量はさほど改善されず、プロジェクトの締め切りを守る確率も上がらずじまい。効果が認められたのは、被験者が感じた仕事の満足度だけでした。(41ページ)

 このように、短い時間に効率よく複数のタスクを詰め込んだ結果、大事なことに手をつけ忘れてしまったり、無理な依頼を引き受けてしまったりといった問題が起きるケースは珍しくありません。
 この現象を、行動科学の世界では「トンネリング」と呼びます。
(中略)
 経済学者のセンディル・ムッライナタンらの研究によれば、トンネリング状態になった人は平均でIQが13ポイントも下落するとのこと。この数値は、あなたが眠らずに一晩を過ごした際に起きるIQの低下度とほぼ変わりません。
 そのため、いったんトンネリングに陥ると、私たちは次の行動を取りやすくなります。
●手軽なタスクだけで満足する
(中略)
●戦略的な計画が立てられなくなる (44-46ページ)

 もうひとつ、「創造性の低下」も、効率の追求が引き起こす大きな問題点です。効率を目指して時間を意識すればするほど、私たちは良いアイデアを思いつきにくくなり、問題解決の能力も下がる傾向があります。(47ページ)

 残念ながら、人間の脳は拡散と収束を同時に使えるようにはできておらず、集中力を高めようと思ったら創造性はあきらめるしかありません。(49ページ)

 研究チームは、この現象を「単純緊急性効果」と呼んでいます。時間制限があるだけで「このタスクは重要に違いない」と判断してしまう心理のことで、「もっと大事なことがある」と頭ではわかっていても、私たちの意識はつい緊急のタスクに向かってしまうものなのです。
 これはどの国にも見られる心理で、多くの人が健康や家族といった人生の一大事を犠牲にし、たんに"時間が短いだけ"の作業にリソースを費やす原因になっています。つまり、アイゼンハワー・マトリックスが機能するためには、この心理を乗り越えねばならないわけです。
 ただし、このデータをよく見ると、おもしろいことに気づきます。というのも、参加者の中には、単純緊急性効果にまどわされずに重要なタスクを選んだ人もいたからです。それは、どのような人だと思われるでしょうか?
 答えは、"人生で大事なことが明確"だった人です。(52-53ページ)

 ジョージ・ワシントン大学の心理学者ハーマン・アギニスらは、時間術の効果に関する163の先行研究をレビューし、「時間術で効果が出る人と出ない人」の違いを次のようにまとめました。
 「さまざまな個体差が、時間管理の成果に影響を与えている」
 本人の性格、価値観、環境などをふくむ幅広い要素が時間術の効果を左右するため、すべてをひっくるめて「個体差」と表現したようです。(65ページ)

 定番の時間術が効く人、効かない人
 なぜカレンダーが効く人と効かない人がいるのか?
 結論から言えば、カレンダーでパフォーマンスが改善しやすいのは、「予期の現実感が薄い人(自分ごととしてとらえることが苦手な人)」です。(84-85ページ)

 すなわち、ToDoリストがうまく機能するのは、やり残したことを外部にすべて吐き出したことで脳が安心し、持てる力をすべて発揮できるようになったからです。これを予期と想起のフレームワークで言い換えれば、ToDoリストが効果を発揮しやすいのは、次の特性を持った人だと言えます。
●予期が多すぎる人
(中略)
●想起が否定的な人 (89ページ)

 タイムログでパフォーマンスが上がりやすいのは、「想起の誤りが大きい人」または「想起が肯定的すぎる人」です。
●実際は締め切り間際まで大慌てだったのが、「先週はスムースに進んだから今回も問題ないだろう」と考える
●現実は他人の協力を得たのに、「普段はひとりでこなせているから今回も問題ないだろう」と即断する (91ページ)

 予期の現実感が濃い人ほど資産額が多いのは、10年後の自分を「わたくしごと」としてとらえることが可能だからです。「将来の私もいまの私と同じ人間だ」との実感が強ければ、それだけ10年後の自分を大事にする気持ちが生まれ、より長期的に人生を計画するでしょう。(106ページ)

 「仕事の量は、与えられた時間を満たすように拡大する」
(中略)
 このような現象は、予期が薄い人ほど起きやすい傾向があります。長い締め切りを設定したせいで将来の自分がより遠くに感じられ、時間の見積もりにゆがみが生じた結果として「パーキンソンの法則」が発動するのです。
 この問題に立ち向かうためには、「タイムボクシング」が最適です。情報工学者のジェームス・マーティンがソフトウエア開発のために提唱した技法で、あらかじめ特定のタスクに一定の時間を割り当て、その枠内で作業を終わらせるシンプルな技法です。(114-115ページ)

 「ロールレタリング」は、将来の自分に手紙を書く技法のこと。予期が薄い人は将来の自分へのリアリティを感じられないため、手紙を使って"つながり"の感覚を取り戻すのが目的です。
 子供だましな印象を受けるかもしれませんが、ロールレタリングは1990年代から教育の世界で広く使われてきた手法であり、主に児童のメンタルヘルス改善に成果を上げてきました。さらに近年では、予期の薄さを改善する効果が認められつつあり、児童の教育現場だけでなく、大学生のキャリア選択やビジネスパーソンのパフォーマンス改善にも使われています。(124ページ)

 予期が薄すぎるのは問題ですが、予期が濃すぎる場合もまたトラブルの種になります。このタイプは脳内に浮かぶ予期へのこだわりが強く、「将来の目標から外れる行為は無駄で無責任だ」と考えやすい傾向があります。よく言えばストイックですが、悪く言えば融通が利かないタイプです。
 この問題を抱えた人は、長期的な目標のために目先の欲望を犠牲にしすぎるため、以下の感覚に悩むケースが見られます。
●私は人生を満喫できていない
●ゆっくりと心を休める時間がない
●つねに正しいことをしなければいけない
●趣味を楽しんだり友人と会う時間がない
●時間と労力の大半を効率化に費やしている (128-129ページ)

 研究チームの報告によれば、実行すべきタスクが多いビジネスパーソンほど最終的な成果が出せない傾向があり、全体の時間の40%以上をどうでもいい作業に使う人も少なくないとのこと。タスクの種類が多すぎるせいで、本当に行うべき作業の判断がつかず、価値を生まない活動に時間を費やしてしまうようです。(137ページ)

 事実、脳科学者のデミス・ハサビスによるレビューでも、過去の体験を記憶するのが不得意な人ほど未来を思い描くのが苦手で、そのせいで時間の感覚に狂いが生じると報告されています。過去の想起なくして、未来は存在しないのです。(155ページ)

 ピーター・ドラッカーも言うように、「有能な者ほど自分の時間がどこに行くのかを探すことから始める」ものです。タイムログのシートは、どこへ行くにも持ち歩いてデータを集めてください。(163ページ)

 想起の誤りを正すには「他人に尋ねる」のも有効です。同僚や友人に作業の内容を説明し、「このタスクを私はどれくらい達成できると思いますか?」と聞いてみるのです。
 自分の作業を他人に尋ねても意味がないと思うかもしれませんが、実は第三者のほうが時間の見積もりがうまいことは、複数の研究で示されています。(166ページ)

 「誘惑日記」は、あなたが誘惑に負けた体験を記録していく技法です。その効果はいくつかの研究で確認されており、いずれも「失敗を記録するだけで肯定的な想起が正され、生産性が上がる」と報告しています。
 記録のタイミングは1日の終わりがベストで、その日に起きた「誘惑に負けた体験」を思い出し、2~3つほど書き出してください。(176-177ページ)

 「マイクロ・サクセス」は、名前のとおり「日々の小さな成功」を意識してみる技法です。「小さな成功」の内容は本当に些細なもので構わず、「腕立て伏せを5回した」「自炊した」「机の上を片づけた」ぐらいで問題ありません。このような、ちょっとした日々の進歩を意識し続けることで、あなたの想起は少しずつ改善していきます。(188ページ)

 ネガティブな想起による自己効力感の低下を防ぐには、「同じ目標を持つ人にアドバイスをする」のも効果があります。あなたが勉強に悩んでいるなら、同じことを学んでいる人に助言し、プレゼンの資料を作りたいなら、同じ会議に参加する同僚にアドバイスをしてみるのです。(191ページ)

 「リフレクション」は、3つのステップで構成されています。
ステップ①リフレクション
 過去の自分を振り返り、あなたが長期的に行動を変えたり、新しい目標の達成に成功した経験をひとつだけ選びましょう。ここで選ぶ経験は、あなたがいま達成したい目標と無関係なもので構いません。なんでもよいので、自分が過去に成功を収めた経験をひとつ選んでください。
ステップ②アナライズ
 ステップ1で選んだ経験を思い出し、「あのときはどんな戦略を使っただろうか?」「あのときにうまくいったのは、どんな環境のおかげだっただろうか?」「あのときうまくいった理由はなんだろうか?」と考え、過去の状況から学んだことを書き出しましょう。「当時は一緒に目標を目指す友人がいた」や「あのときはカレンダーに細かくスケジュールを設定していた」など、思い当たる成功の要因を2~3つほどピックアップしてください。
ステップ③プランニング
 ステップ2で得た教訓を新しいタスクに使うために、簡単な計画を作成しましょう。「今回も一緒に運動する仲間を探してみる」や「目標までのステップを細かく設定してカレンダーに設定する」のように、2~3文でまとめてください。
 「リフレクション」の全ステップは以上になります。この手法が効果的なのは、過去の成功体験を思い出すことで自己効力感が高まるうえに、あらためて記憶を深く掘り下げることであなたの中に客観性が生まれ、より現実的な対策を立てられるからです。タスクに取り組む自信がないときに使ってみてください。(193-194ページ)

 効率や締め切りを強調する企業は、実は従業員の生産性が低い傾向があります。
(中略)
高い目標や生産性を重んじる上司のもとで働く者ほどストレスが多く、仕事のモチベーションは低く、病欠の確率が高く、生産性が下がる傾向が認められました。(205ページ)

 評論家のウォルター・カーは、1962年の著書「喜びの減退」の中で、次のように指摘しました。
 「私たちは皆、利益のために読書をし、契約のためにパーティをし、人脈のためにランチをしなければならない」
 近代に始まった効率重視の文化においては、休息やレクリエーションなどの価値ですら、生産量アップに役立つときのみ存在を認められます。「もっと休息を取ろう」や「よく眠ろう」のようなアドバイスも、現代においては、オフィスで優秀な成績を収めるための処方箋でしかないケースがほとんどでしょう。(213-214ページ)

 欧米で「生きがい」が注目され始めた理由は簡単で、ここ十数年の研究により、「生きがい」のメリットが何度も確認されてきたからです。具体的には、生きがいの感覚が強い人ほどストレスに強く、免疫システムが健全で寿命が長く、人生の幸福度も高いことがわかっており、いまも世界で研究が進められています。
 時間の感覚と「生きがい」にはなんの関係もなさそうですが、実は効率と生産の罠から逃れるためには、この考え方が非常に役立つことがわかってきました。その理由は大きく2つです。
①時間を忘れさせる
②重要なことの判断がつく (215-216ページ)

 「生きがいチャート」は、次ページの図に記入しながら進めていきます。まずは4つのサークルの意味を押さえておきましょう。
①自分が楽しいこと:あなたがいくらやっても飽きず、やればやるほど元気が出るような活動のことです
②世間が必要とすること:身の回りの人や世間一般が求めるようなニーズがあるかどうかを意味します
③世間から金銭がもらえること:その活動やスキルにより、誰かから金銭をもらえるかどうかを意味します
④自分が得意なこと:あなたが特に苦労を感じずに、他人よりもうまくできる活動を意味します (219-221ページ)

 「現代人は忍耐がない」とよく言われます。みなさんの中にも、昔に比べて厚い本を読み通せなくなったり、長い動画を観る気がわかなくなったりと、特定の活動に根気よく取り組む能力が下がった感覚をお持ちの方が多いのではないでしょうか。
(中略)
 「テクノロジーによる生産性の向上は、私たちを時間の主人にしてくれるはずだった。しかし、皮肉なことにテクノロジーは私たちを時間の奴隷にしてしまった」
 技術が発達したおかげで作業の効率と生産性が上がったのはいいが、そのせいで現代人から忍耐力が失われ、私たちは少しの遅れにも耐えられない体になってしまったという指摘です。(232-233ページ)

 認知の耐性とは、明確な答えをすぐ求めずに、あいまいさを放置できる能力のことです。本や映画のエンディングを待てずに先にラストを見てしまったり、ネットで注文した商品が届くまで配送状況を何度も確認したりと、不確かな状況にいらだちを覚えやすい人は認知の耐性が低いと言えます。この能力の重要性は複数のテストで確認されており、シンシナティ大学などのレビューでも、認知の耐性がない人ほど深い思考ができず、創造的なアイデアを出すのが苦手で、メンタルを病みやすいと報告されています。(234ページ)

 その後、被験者の主観的な時間の感覚を調べたところ、おもしろい違いがあきらかになります。他人のために活動したグループは、自分のために活動したグループよりも、"体感される時間"が2倍も長くなり、「今日はいつもより時間がある」と答える確率が大きく増えたのです。(238ページ)

 「時間は過去から未来へまっすぐ流れる」という認識は、あくまで機械式の時計が普及した近代以降のものです。それ以前の世界においては、"時間"は終わりと始まりがつながった円環構造をなし、ゆえに当時の人々は「何かに追われる感覚」や「なぜかいつも忙しい感覚」に苦しむこともありませんでした。要するに、時間不足の根本治療を目指すには、「時の流れ」の認識にも取り組まねばならないわけです。(251ページ)

 時間の余裕を取り戻すのにもっとも効果的なのが、「退屈を突き詰める」という戦略です。あなたが「つまらなそうだ」や「おもしろくない」と感じる行為を意図的に徹底して行うのが、このトレーニングの基本になります。(253ページ)

 本当に大事なのは、定期的に退屈へ身をさらし、その感覚に慣れることです。最初のうちは不快さに苦しむでしょうが、フランスの小説家フローベールが言うように「じっくり時間をかければなんでも興味深くなる」もの。その感覚こそが、あなたに本当の余裕を生み出してくれるのです。(260-261ページ)

 あなたの日常にイベントタイムを導入する際は、定期的に「時計禁止」の日を作るといいでしょう。
(中略)
 ある試算によると、私たちは6分ごとにスマートフォンなどで時刻を確認しており、1日のチェック回数は150回にも及びます。最初のうちは、時計をチェックしたい衝動にかられるでしょうが、何度かがまんをくり返すたびに時計に行動を左右されない感覚が身につき、人生のコントロール感が根づき始めるはずです。(264ページ)

 ここまで何度も見てきたように、「最高の効率」や「最適な生産性」を求める姿勢は、近代の精神が育んだ特殊な思想のひとつに過ぎません。現代人が真に時間不足から解き放たれるには、逆にある程度の無駄やまわり道が必要であることは、終章で示したとおりです。
 それゆえに、本書を実践する際も、あくまでほどほどに頑張る姿勢を意識してください。(273-274ページ)

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