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ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説20―Yorktown 和訳


はじめに

ミュージカル『ハミルトン』は、ロン・チャーナウ著『ハミルトン伝』(邦訳:日経BP社)をもとにした作品である。

物語の舞台は18世紀後半から19世紀初頭のアメリカ。恵まれぬ境遇に生まれたアレグザンダー・ハミルトンは、移民としてアメリカに渡り、激動の時代の中を駆け抜ける。アメリカをアメリカたらしめる精神がミュージカル『ハミルトン』には宿っている。

劇中では、友情、愛情、嫉妬、憎悪など様々な人間ドラマが展開される。ここでは、そうしたドラマをより深く理解できるように、当時の時代背景や人間関係を詳しく解説する。

”Yorktown (The World Turned Upside Down)"
※歌詞の和訳はわかりやすく意訳。

※歌詞の原文は『Hamilton the Revolution』に準拠。『Hamilton the Revolution』は歌詞だけではなく、オールカラーで劇中の写真が掲載されている。英語が読めない人でも眺めているだけで嬉しいファン・ブック。

COMPANY:

The battle of Yorktown. Seventeen eighty-one.

「ヨークタウンの戦い、1781年」

解説:1781年秋に起きたヨークタウンの戦いは、アメリカ独立戦争の行く末を決定した戦いである。ジョージ・ワシントン率いる大陸軍は、占領されたニュー・ヨーク・シティを奪還しようと策を練っていたが、あまりに強力なイギリス軍を前にして膠着状態に陥っていた。

そこでワシントンは南部にあるヨークタウンに目を転じた。ヨークタウンには南部の制圧をもくろむ英将コーンウォリス率いるイギリス軍が駐屯していた。ヨークタウンは三方を水面に囲まれた場所にある。海軍で水面を塞ぎ、残る一方の陸地を陸軍で塞げば逃げ道がなくなる。

アメリカ軍とフランス軍は、ニュー・ヨーク・シティに籠もるイギリス軍を欺いて南下し、フランス艦隊の協力を得てヨークタウンを完全包囲する。

包囲戦の結果、コーンウォリス率いる約8,000人のイギリス軍が降伏し、アメリカ独立戦争の終結に大いに影響を与えた。

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LAFAYETTE:

Monsieur Hamilton.

「ハミルトン氏」

解説:フランスからアメリカにやって来たラファイエットは、英語を学んでいたが、フランス語が話せるハミルトン相手にはフランス語を使うことがあった。

HAMILTON:

Monsieur Lafayette.

「ラファイエット氏」

LAFAYETTE:

In command where you belong.

「君の持ち場で指揮を執れよ」

HAMILTON:

How you say, no sweat. We're finally on the field. We’ve had quite a run.

「なあに何てことはないさ。我々はきっと戦場に立てるさ。これまでうまくやってきたじゃないか」

LAFAYETTE:

Immigrants:

「外国人/移民である・・・」

解説:ラファイエットは本籍はフランスなのであくまで外国人だが、ハミルトンは移民である。

HAMILTON/LAFAYETTE:

We get the job done.

「我々はうまくやったぞ」

解説:大陸軍の中では多くの外国人が活躍していた。ラファイエットをはじめデュポルタイユ(フランス)、コシューシコ(ポーランド)、シュトイベン(ドイツ)などが有名である。

もちろん移民も数多く活躍していた。チャールズ・リー将軍やホレーショ・ゲイツ将軍はイギリス本国出身である。

ただ外国人や移民がまったく差別もなく活躍できたかといえばそうではない。大陸軍総司令官を選出する際に、ジョージ・ワシントンが外国人でも移民でもないことは大いに関係した。外国人や移民を要職に就けると、出身国の利益を図るのではと危惧されたからだ。そうした考えがあったからこそ、後に憲法が定められた時、アメリカ大統領は出生時にアメリカ市民でなければならないと定められた。

HAMILTON:

So what happens if we win?

「もし戦争に勝ったらどうする」

LAFAYETTE:

I go back to France, I bring freedom to my people if I’m given the chance.

「私はフランスに帰国する。もし機会があったら祖国の人々に自由をもたらそう」

解説:独立戦争が終わった後、ラファイエットは帰国している。帰国後、ラファイエットの家には独立宣言の写しが額装されて飾られた。その横には空っぽの額が並べられていた。ある者がその空っぽの額は何かと聞いたところ、ラファイエットは「フランスの権利の宣言」を入れるためだと答えたという。実際、後に勃発したフランス革命でラファイエットは主要人物の一人として深く関わっている。

その当時、フランスにいたジェファソンは、アメリカ独立革命が、フランスの知識層を「専制政治の眠り」から覚醒させたと指摘している。そして、「陽気で無思慮なパリは今や政治の坩堝」となり、「全世界は今や政治的狂乱」に包まれていると述べ、アメリカ独立戦争に参加した士官達、特にラファイエットのような人物がアメリカから新しい思想を持ち帰ってフランスに行き渡らせたと記している。ジェファソン自身も「人権宣言」の起草でラファイエットに協力してフランス革命に足跡を残している。

HAMILTON:

We’ll be with you when you do.

「君がフランスに自由をもたらす時は一緒にやろう」

LAFAYETTE:

Go lead your men.

「兵士達を導け/人々を導け」

HAMILTON:

I'll See you on the other side

「敵陣で会おう/フランスで会おう」

LAFAYETTE:

‘Til we meet again, let’s go!

「再会を約して、さあ行こう」

ENSEMBLE:

I am not throwin’ away my shot! I am not throwin’ away my shot! Hey yo, I’m just like my country, I’m young, Scrappy and hungry And I’m not throwin’ away my shot! I am not throwin’ away my shot!

「私は諦めないぞ。諦めないぞ。私はこの国にふさわしく、若くて喧嘩っぱやくて野心的だ。だから私は諦めないぞ」

HAMILTON:

‘Til the world turns upside down…

「世界がひっくり返るまで」

解説:伝承によれば、ヨークタウンでイギリス軍が降伏する際、『世界はひっくり返った』を演奏していたという。次のような歌詞である。

もしキンポウゲが蜂の周りでぶんぶんすれば、もしボートが陸に教会が海にあれば、もし子馬が人間に乗って草が牛を食べたら、猫が鼠に追いかけ回されて穴に入れば、もしお母さんが赤ん坊を半クラウン[2,500円相当]のためにジプシーに売ってしまえば、もし夏が春で順序が逆ならすべて世界はひっくり返る。

ENSEMBLE:

‘Til the world turns upside down!

「世界がひっくり返るまで」

HAMILTON:

I imagine death so much it feels more like a memory. This is where it gets me: On my feet, The enemy ahead of me. If this is the end of me, at least I have a friend with me. Weapon in my hand, a command, and my men with me. Then I remember my Eliza’s expecting me... Not only that, my Eliza’s expecting, We gotta go, gotta get the job done, Gotta start a new nation, gotta meet my son! Take the bullets out your gun!

「忌まわしい記憶のように私は死を身近に感じている。いったい死はどこで私をつかまえるのか。足元に死が迫っているのか。敵が目前にいる。もしこれが私の人生の終わりだとしても友が一緒にいたわけだ。手には武器に命令書もあるし、兵士達も一緒にいる。イライザも私に期待していることを忘れていない。それだけじゃない。イライザは身籠もっているんだ。我々はきっとやるぞ。新しい国を始めるぞ。息子の顔を見るんだ。銃弾を銃から抜け」

解説:ヨークタウンの戦いが起きた頃、イライザは妊娠5ヶ月であった。2人の最初の子供である。ハミルトンはイライザに手紙でできれば男の子を生んでほしいと言っている。戦場からハミルトンは次のような手紙を送っている。

我々の作戦はすぐに幸運な終わりを迎えるだろう。昨晩、第二並行壕の掘削が始まった。5日もすれば敵は降伏するか、現在の拠点を放棄せざるを得ないだろう。もし彼らが拠点を放棄すれば、我々はさらに10日間、引き留められるかもしれない。それから私は君のもとへ飛んで行こう。君を抱き締めるまで待ちきれない。

ヨークタウンの戦いが終わった後、1782年1月22日に念願の男の子が生まれた。長男のフィリップである。

ハミルトン最大の晴れ舞台である10号堡塁の襲撃については、拙著『アメリカ人の物語3 革命の剣 ジョージ・ワシントン(下)』(予定稿)から抜粋。各種の史料から当時の様子を再現している。

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ヨークタウンに立て籠もるコーンウォリスを降伏させるためには第二並行濠を完成させなければならない。ただひとつ問題があった。二カ所の堡塁が第二並行壕の完成を阻んでいる。もしこのまま時間が無駄に過ぎれば、イギリス軍の増援部隊が到着するかもしれない。いかなる犠牲を払ってでも堡塁を奪取して包囲網を完成させなければならない。

ロシャンボーは、堡塁に攻撃を仕掛ける前に状況を視察しておくことにした。攻撃を指揮することになった将校と幕僚を伴ってロシャンボーは堡塁のすぐ近くまで歩み寄る。気が短い将校は、すぐに攻撃を開始するべきだと主張する。イギリス軍の砲兵隊が完全に沈黙している今こそ攻撃の好機である。将校が意見を述べ終わるのを待ってロシャンボーは静かに諭す。

「君は間違っているよ。堡塁を綿密に偵察すれば、きっと間違いだと確認できるはずだ」

それからロシャンボーは、味方の砲兵隊に砲撃を中断するように命じて、自分の息子だけを伴って塹壕から出る。親子は慎重に堡塁の反対側に迂回する。

堡塁には、侵入しようとする敵を阻止するために逆茂木が針鼠のように施されている。強行突破を試みれば多くの犠牲が出るだろう。

偵察を終えたロシャンボーは、はらはらしながら待っていた将校に告げる。

「どうやら逆茂木と防柵がまだ無傷で残っている。砲撃をさらに強めてそれらを破壊して、胸壁も吹き飛ばさなければならない。明日になれば機が熟したどうかわかるだろう」

やがて機は熟した。あとは二カ所の堡塁を強襲する手はずを整えるだけだ。きっと包囲戦で最も華々しい戦闘になるだろう。

9号堡塁をフランス軍が、10号堡塁を大陸軍が攻撃することが決定された。決定を聞いたハミルトンは、作戦の指揮を執りたいと親友のラファイエットに要望する。しかし、ラファイエットはそれを拒む。ラファイエットは、戦場で忠実に仕えてくれた自分の副官に指揮を委ねたいと思ったからだ。

そこでハミルトンはワシントンに直訴する。ワシントンはハミルトンの要望を認めて先陣を切る大役を命じる。ハミルトンは狂喜して自分のテントに舞い戻り、「やったぞ」と言って踊り回ったという。戦功を立てるまたとない機会だ。

10月14日夕刻、まずジョン・ローレンス率いる80人の兵士が塹壕から這い出て堡塁の背後に忍び寄る。敵の退路を断つためだ。その後に続いて本隊も配置につく。そして、地面に伏せて合図を待つ。陽動で敵の注意を別の場所に引きつけておいてから作戦が実行されることになっていた。合図は3発の連弾である。

すべての砲門が沈黙して闇夜は静寂に包まれている。兵士たちは息を潜めながら合図を今や遅しと待つ。その中にはマーティンもいた。西の空に木星と金星が輝いている。その方角に合図は上がるはずであった。

その日の合言葉は「ロシャンボー」である。それはまさに今夜にふさわしいと言える。なぜなら「突撃せよ、野郎ども」と早口で言ったように聞こえるからだ。そして、鬨の声は「ニュー・ロンドンを忘れるな」であった。アーノルドのニュー・ロンドン襲撃はすでに伝わっていて、大陸軍の兵士たちを憤慨させていた。

※注記:ベネディクト・アーノルドはアメリカ軍を裏切ってイギリス軍に寝返った将軍。

炎の尾を引く流星のように砲弾が月のない夜空に吸い込まれる。すべてで3発。待ちに待った合図だ。奇襲を成功させるために発砲は厳禁された。使えるのは銃剣だけだ。兵士たちは禁令を守るために銃弾を込めずに走る。

イギリス兵の銃弾が飛来する。一目で全容を見渡せるほどの小さな堡塁だ。せいぜい30フィート(約9m)四方しかない。ただ周りに防柵と十フィート(約3m)の深さの空堀がある。立て籠もっている敵兵の数は約50人。周囲には砲弾によってできた「雄牛が一頭入る」ほどの大きな穴が無数に口を開けている。兵士たちは巧みに穴に身を隠しながら堡塁までの距離をじわじわと縮める。

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