ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説18―Guns And Ships 和訳

はじめに

ミュージカル『ハミルトン』は、ロン・チャーナウ著『ハミルトン伝』(邦訳:日経BP社)をもとにした作品である。

物語の舞台は18世紀後半から19世紀初頭のアメリカ。恵まれぬ境遇に生まれたアレグザンダー・ハミルトンは、移民としてアメリカに渡り、激動の時代の中を駆け抜ける。アメリカをアメリカたらしめる精神がミュージカル『ハミルトン』には宿っている。

劇中では、友情、愛情、嫉妬、憎悪など様々な人間ドラマが展開される。ここでは、そうしたドラマをより深く理解できるように、当時の時代背景や人間関係を詳しく解説する。

”Guns And Ships”

※歌詞の和訳はわかりやすく意訳。

※歌詞の原文は『Hamilton the Revolution』に準拠

BURR:

How does a ragtag volunteer army in need of a shower Somehow defeat a global superpower? How do we emerge victorious from the quagmire? Leave the battlefield waving Betsy Ross’ flag higher? Yo. Turns out we have a secret weapon! An immigrant you know and love who’s unafraid to step in! He’s constantly confusin’ confoundin’ the British henchmen. Ev’ryone give it up for America’s favorite fighting Frenchman!

「ろくにシャワーを浴びていないようなぼろぼろの志願兵達がどうすれば超大国に勝てるのか。我々はこの泥沼からどのように勝利できるのか。ベツィ・ロスの旗を戦場に高く掲げておくことができるのか。我々には秘密兵器があるぞ。君達がご存知の愛すべき大胆不敵な外国人。彼はイギリス人の軍団を絶えず混乱させている。アメリカ人の最もお気に入りの戦うフランス人のために誰もが道を譲る」

解説:「ベツィ・ロスの旗」とは星条旗のこと。星条旗の誕生をめぐってワシントンがフィラデルフィアにあるベツィ・ロスという未亡人の家具店を訪問し、自ら鉛筆で加筆したスケッチを渡して新しい国旗、つまり星条旗を作るように依頼したという話がある。それは、1870年にペンシルヴェニアの歴史愛好家協会に子孫が「合衆国旗の歴史」という表題の下で行った証言に基づいている。

証言によると、新しい国旗を作る委員会に属していたワシントンが未亡人の店を訪れたのは、夫の死後数カ月後のことであったという。ワシントンがフィラデルフィアを訪問した時期を重ね合わせると、それは1776年の5月頃ということになる。

ある日、ベツィが子供達に囲まれながら縫い物をしていると数人の紳士達が店内に入って来た。その中の1人は、亡夫の叔父であるジョージ・ロスであった。さらに馴染みのワシントンの顔もある。ワシントンはベツィのお得意さんであり、しばしばシャツの胸部や袖口に刺繍を施すように頼みに来ていた。

紳士達は、新しい国旗を制定するために助言を求めにここに来たとベツィに告げる。とりあえずベツィは紳士達を応接間に案内する。紳士達は暫くそこで話し合う。

話し合いが終わると、ワシントンはポケットから折り畳まれたスケッチを取り出してベツィに見せる。そのスケッチには、13の赤と白の横縞と13の六芒星が描かれていた。

「このような旗を作れるだろうか」

「できるかどうかは分かりませんが、とにかくやってみます。作ったことはありませんが、もし見せられた通りの模様であれば、作れると思います」

それからベツィは、幾つかの点についてデザインの変更を求める。ワシントンは、鉛筆を取り出してスケッチに描かれたデザインを変更する。デザインにどのような変更が加えられたかは分からないが、ベツィが六芒星を五芒星に変えるように提案したことは確かである。その提案にワシントンは難色を示す。するとベツィは、「とても簡単ですよ」と言って、鋏で器用に五芒星を切り出して見せた。結局、星は五芒星になった。 

確かにジョージ・ロスがベツィの亡夫の叔父であることから、もし国旗を作る委員会に属していたのが本当であれば、ベツィの家具店に依頼しに来ても不自然ではない。しかし、1776年の大陸会議の記録には、ロスが言うような委員会に関する記録はない。1777年になるまで大陸会議が星条旗の制定について議論した痕跡もない。またワシントンは自らの行動の記録を詳細に手紙や日記に書き残しているが、この件については何も言及していない。それに大陸会議の代表ではなかったワシントンが、委員会の一員に任命されたというのは不自然である。 

ベツィ・ロスは本当に星条旗の誕生に関与したのか。すべての歴史家は、それを裏付ける歴史的証拠がないと異口同音に言うだろう。とはいえ、ベツィが最初の星条旗を作らなかったと証明することもできない。

ベツィ・ロスという名前が未だにアメリカ人にとって非常に馴染み深い名前であることは確かであり、ポール・リヴィアの騎行と並んで建国神話の1つとなっている。つまり、その名前が人々の心の中で生き続けていることが大切なのである。普通の人も歴史の中で大きな役割を果たすことができるという信念が大事なのである。

ベツィ・ロスが住んでいた家は、今では資料館として開放され、当時の生活の様子を伝えている。その功績を称えて資料館には次のような銘板が立てられている。

「最初の星条旗を作ったと認められ、ロスは成功した室内装飾業者であった。彼女は50年以上にわたって政府のために旗を作り続けた。熟練した職人として、ロスは革命期と建国初期に家族を支えた多くの女性を代表している」

あなたは疑問に思わないだろうか。星条旗が採用される前、アメリカ人は独立戦争でどのような旗を使っていたのか。あなたは疑問に思わないだろうか。星条旗が採用される前、アメリカ人は独立戦争でどのような旗を使っていたのか。

グランド・ユニオン・フラッグという旗を使っていた。もしくは各自が好きな意匠の旗を使っていた。グランド・ユニオン・フラッグは、1776年1月1日に初めて公式に掲揚された。赤縞が7本、白縞が6本の計13本が横に入った意匠である。しかし、左上に母国イギリスのユニオン・ジャックが入っていたために、イギリス軍はワシントンが降伏するつもりなのだと勘違いしたという。

大陸会議がグランド・ユニオン・フラッグに代わる星条旗のデザインを公式に定めたのは、1777年6月14日である。

COMPANY:

Lafayette!

「ラファイエット」

LAFAYETTE:

I’m takin this horse by the reins makin’ redcoats redder with bloodstains.

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ミュージカル『Hamilton』の歌詞を一つひとつ翻訳解説。単なる和訳ではなく、当時の歴史や社会背景など幅広い視野から読み解く。このマ...

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ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説18―Guns And Ships 和訳

西川秀和

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西川秀和

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