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ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説13―Wait For It 和訳


はじめに

ミュージカル『ハミルトン』は、ロン・チャーナウ著『ハミルトン伝』(邦訳:日経BP社)をもとにした作品である。

物語の舞台は18世紀後半から19世紀初頭のアメリカ。恵まれぬ境遇に生まれたアレグザンダー・ハミルトンは、移民としてアメリカに渡り、激動の時代の中を駆け抜ける。アメリカをアメリカたらしめる精神がミュージカル『ハミルトン』には宿っている。

劇中では、友情、愛情、嫉妬、憎悪など様々な人間ドラマが展開される。ここでは、そうしたドラマをより深く理解できるように、当時の時代背景や人間関係を詳しく解説する。

”Wait For It”

※歌詞の和訳はわかりやすく意訳。

※歌詞の原文は『Hamilton the Revolution』に準拠

バーとその妻シオドシアの関係が明かされるとともに、バーとハミルトンの対照的な人生観の違いが示されている。

BURR:

Theodosia writes me a letter ev'ry day. I'm keeping her bed warm while her husband is away. He's on the British side of Georgia. He's tryin' to keep the colonies in line. He can keep all of Georgia. Theodosia, she's mine. Love doesn't discriminate Between the sinners And the saints. It takes and it takes and it takes And we keep loving anyway. We laugh and we cry And we break And we make our mistakes. And if there's a reason I'm by her side When so many have tried Then I'm willing to wait for it. I'm willing to wait for it. My grandfather was a fire and brimstone preacher,

「シオドシアは私に毎日、手紙を送ってくる。彼女の夫がいない間に私は彼女のベッドをずっと暖めている。イギリス軍の夫はジョージアにいる。植民地を何とかしようと頑張っているようだね。奴にはジョージアのすべてをくれてやろう。でもシオドシアは私のものだ。愛は聖人も罪人も分け隔てしない。本当に本当に本当に大変なんだ。我々はとにかく愛し続けなければ。時に一緒に笑い、時に一緒に泣く。そして、別れもある。過ちを犯すこともある。それでも好きでいる理由があるなら私は彼女のそばにいよう。多くの人々が一生懸命がんばっていても私はぼちぼちやるさ。ぼちぼちやるさ。私の祖父は炎と硫黄の説教師だ・・・」

解説:シオドシアとバーの関係。地元に伝わっていた話によれば、シオドシアとバーが初めて会ったのは1777年秋頃である。翌年の秋、体調を崩したバーは数週間の休暇を取って軍から離れてハーミテッジ(現ニュー・ジャージー州パラマスにあるシオドシアの家)に身を寄せている。体調が戻った後、バーはニュー・ヨーク北郊のホワイト・プレーンズに移った。部下の証言によると、バーは秘かに軍営から抜け出てハドソン川を渡って約30km先にあるハーミテッジに何度も通っていたという。

シオドシアはバーよりも10歳年長である。初めて出会った頃は、シオドシアが31歳、バーが21歳である。同時代の記録によれば、シオドシアの顔には火傷の跡があったようだが、バート出会った頃はまだなかったらしい。ジェームズ・モンローの言葉によれば、かなり小柄な女性であった。シオドシアにについてバーは「私がこれまで会った女性の中で彼女は最も真摯な心と成熟した知性、そして、最も愛想良く優雅な作法を持っていた」と述べている。フランス語やラテン語の教養が豊かであり、バーと同じくルソーの『社会契約論』の熱心な読者であった。

1779年秋、シオドシアは夫から南部に移るように促す手紙を受け取ったが、髪を封じ込めた指輪を自分の代わりに送った。実は夫の財産を没収しようとその地方の役人が動き始めていたのでハーミテッジから動くことができなかったのである。

夫は1781年にジョージアで客死した。そして、1782年7月2日、バーと結婚式を挙げてオールバニーで新生活を始めた。

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ミランダの注釈によれば、「炎と硫黄の説教師」とは『怒れる神の御手の中にある罪人』の作者ジョナサン・エドワーズのことである。ジョナサン・エドワーズは18世紀中頃に起きた大覚醒運動に大きな影響を与えた人物である。罪人は地獄に落ちて地獄の炎に焼かれて後悔するといった旨の説教を展開して大衆の信仰復興を促した。

MEN:

Preacher, preacher, preacher

「説教師、説教師、説教師」

BURR:

But these are things that the homilies and hymns won't teach ya.

「でも説教や聖歌が教えてくれないことがある」

MEN:

Teach ya, teach ya, teach ya

「教えて、教えて、教えて」

BURR:

My mother was a genius, 

「私の母は天才だった」

WOMEN:

Genius

「天才」

BURR:

My father commanded respect.

「私の父は尊敬を受けていた」

MEN:

Respect, respect

「尊敬、尊敬」

BURR:

When they died they left no instructions. Just a legacy to protect.

「両親が亡くなった時、何も教訓を残してくれなかった。残されたのは守るべき遺産だけ」

BURR/ENSEMBLE:

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