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長編脚本: Brute Belly

第33回
新人シナリオコンクール応募作品
登場人物表

木村市之進:本作主人公。町奉行所勤務。
両兵衛:市之進の中間。
本橋清五郎:役人
斎藤勘解由(かげゆ):役人
島田輝信:役人
志村右之助:役人
香代:右之助の妻
 年齢は作中に都度記載。
他登場人物省略。

あらすじ
時代は江戸。
ある武士の切腹でこのストーリーは始まる。
城下町に暮らす本作の主人公である木村市之進。市之進の職業は、町奉行所に仕えている。いわゆる現代でいう警察官である。街の治安を維持している。
市之進にはある過去がある、それは、農民である女性を誤って殺してしまったことである。 
彼の心には、それが常に付き纏っていた。当時、台風や地震など突発的な自然災害により、農作物の不作が続いた。不作により、藩の財政を圧迫した。財政を回復させるために、農民に重い課税を行った。
農民たちは、重い税に反対を行い、一揆に近い状態までになった。その際に主人公は、一揆(暴動)鎮圧のために、出勤した。その際、暴動を鎮圧させるための不可抗力であったが、弱き女性を手にかけてしまう。
その時の出来事が、ずっと心の奥底に付き纏っていた。
飢饉も収束し、再び城下町は平穏に戻った。
平穏に戻った日常の中にある事件が起こった。
役人が殺される事件があったのだ。役人のなめは、斎藤勘解由である。町奉行に勤める市之進が捜査を担当した。現場は血だらけになっていた。中間である両兵衛と共に、捜査を行う。何者かに殺された勘解由の懐には目録があった。その中には、勘解由の同僚である、本橋清五郎の名前があった。本橋と勘解由は同僚にあたる人物である。事件に関係しているのではないかと市之進は考え、本橋家に赴くことにした。
 本橋家で話を聞いたところ、本橋と勘解由は、検地についての仕事をしていた。過去の飢饉の際に、検地について反対した人物がいた。冒頭で切腹を行っていた。志村右之助である。右之助には妻がおり、本橋と勘解由に対して、逆恨みをしているのではないかと、本橋は供述している。ひとまず、市之進と中間の両兵衛は、本橋家を後にする。
 市之進は、香代宅に訪問し、話を聞いたところ、検地についての反対した理由が明らかになる。本橋と勘解由は検地を不正して、多くの年貢を農民たちに収めさせようとしていた。香代の話では、本橋と勘解由は、検地についての儲けで揉めているという話を、夫である右之助から聞いたと話す。
 市之進は、裏を取るため、城に潜入した。結果、市之進は検地不正の証拠を掴むことができた。
 勘解由と本橋の上司である、島田輝信に市之進は報告を行った。しかし、結果は何もするな、という指示のみであった。
 市之進は、正義の心が働き、本橋を捕まえることにした。本橋家に突入することを決めたが、香代の身が危ないことに気がつく。実は、城に忍び込んだ帰りに本橋の間者二人に市之進は襲われていた。さらに、島田と本橋が通じていることに気がつき、香代の家に早急に向かうことにした。香代の家には誰もおらず、手紙が一つあった。そこには、香代を誘拐した犯人が書いたものだった。香代は、神社にいることが書かれており、そこで待っているとの記載だった。
 市之進は慌てて神社に向かった。到着した直後に何者かに斬られる。斬った人物は、両兵衛であった。両兵衛は右之助の双子の片割れであり、本名を左之助と言った。江戸時代、双子は忌み嫌われていた。右之助は幼少期に武家の養子に出されていた。市之進が斬られた理由は、彼らの母を市之進が殺したからである。そう、あの時の市之進が手をかけた農民の女は、右之助と両兵衛の母であった。
 両兵衛は、飢饉の際の検地不正や重い課税が原因で母、そして、兄弟である右之助が殺されたことを恨んでいた。右之助の妻である香代と協力を行い、関係者全員を殺す計画を立てた。本橋が斎藤勘解由を殺した犯人ということを市之進に刷り込ませた。
 市之進が神社に行く際に、他同心たちに本橋家に突入命令を出していた。しかし、本橋は殺害されていた。そう、本橋を殺したのも、両兵衛である。
 市之進はそのまま生き絶える。農民の女性、右之助と両兵衛の母を殺した罪を持ったまま。
 両兵衛は最後に、右之助が着ていた袴を借りて、堂々と城に潜入する。最後のターゲットである島田を殺して、この話の幕は閉じる。

◯御霊神社
  二匹の稲荷が映る。一匹の稲荷の顔は潰
  れている。もう片方の稲荷は、潰れてい
  ない。

◯武家屋敷・裏庭
  表に二畳ほどの畳が敷いてある。そこの
  上には、白い着物に身を包んだ武士が一
  人。武士の目の前には、切腹用に用意さ
  れた短刀がある。
  切腹を行う武士は、志村右之助である。
  右之助は、銚子に注がれた酒を飲み、短
  刀に手を伸ばす。短刀を持ち、自身の腹
  に当てる。
右之助「んんっ!」
  右之助の声が漏れる。
介錯人「いざ。」
  介錯人が右之助の首元に刃を下ろす。

◯ある農家の家の中
  農家の家の中は何もなく、やせ細った農
  家の女(右之助と左之助の母)がいる。
  部屋の隅には、子供(左之助)がいる。
  やせ細っている。囲炉裏にある鍋には、
  汁があるが、具は見えない。米櫃の底
  は、見える。

◯島田邸・台所
  御膳がある。御膳の食器は漆で見るから
  に高級なものを使用している。給仕係が
  次々に料理を盛り付けけている。
  給仕係ができた膳を次々に運ぶ。

◯島田邸・廊下
  給仕係の身なりはしっかりしている。数
  人の給仕係が早歩きで料理を運ぶ。

◯島田邸・居間
  給仕係が島田邸の居間を開ける。扉の前
  で給仕係が頭を下げる。次々と給仕係が
  入ってく。
給仕係「失礼いたします。」
  島田邸の居間に料理が次々と運ばれてい
  く。料理を食べるのは、本橋
  と勘解由、そして島田である。3人は下
  品な笑いで料理をつついている。音はな
  い。

◯タイトル
  「Brute Belly」

◯町奉行所・玄関前
勘解由「ふー。暑い暑い。」
  季節は、夏。老中の使いである斎藤勘解
  由が家来とともに町奉行所に入ってい
  く。蝉の鳴き声が聞こえる。

◯町奉行所・居間
  老中の使いである勘解由と町奉行所に勤
  める木村市之進が居間に座している。木
  村市之進は30代ほどである。見た目は
  すらっとしている。着物も綺麗になって
  いる。
勘解由「して、近頃はどうじゃ?」
  斎藤勘解由は、年齢は50代から60代
  見た目はかなり老いている。着物はしっ
  かりしているが、体は老体のため、よく
  はない。
市之進「はっ。近頃は目立った事件はなく、
 太平にござります。」
勘解由「んん。そうか、そうか。それを聞い
 て安心じゃ。」
勘解由「冷夏が続き、凶作続きであった、数
 年前に比べると、今は太平。本日も天気に
 恵まれておる。」
市之進「はっ!誠に。」
勘解由「近頃は、暑いぐらいじゃがな。ハッ
 ハハー。」
  勘解由は、目の前の茶を飲む。
勘解由「この暑い中、農夫たちは、くわを振
 り上げては落として、振り上げては落とし
 て。わしはとてもではないが、続かんの 
 う。」
市之進「誠に。」
勘解由「農夫たちには感謝しなければいけな
 いのう。」
市之進「誠に、こうして食べられているのも
 、農夫たちのおかげです。」
勘解由「うむ。」
  勘解由は武家屋敷から外を眺める。

◯町奉行所・玄関前
勘解由「では、引き続きね…」
  勘解由は空を見上げる。言葉を思い出そ
  うとしてる。
勘解由「仕事に励むように。」
言葉を思い出して、言う。
市之進「はっ!」
  市之進は、玄関前で、勘解由の見送りを
  する。
両兵衛「良かったですね。ご主人、何事もな
 く終われて。」
  背後から、両兵衛が現れる。腰には脇差
  が一本。身なりは、汚い。両兵衛の年齢
  は、20代だ。
市之進「ああ。近頃は、太平が続いており、
 民からの不満もないからのう。」
両兵衛「そうですね。飢饉があって、重い課
 税を執り行った際が、一番大変でした
 ね。」
市之進「さよう。あの時は農民の不満が爆発
 し、一揆まで発展したからのう。」
両兵衛「あの時が一番大変でしたね。」
市之進「うむ。」

◯農場(回想シーン)
  農民が役人に向けて、抗議を行ってい
  る。
農民A「これ以上何を奪うんだ。」
農民B「いまある米は全部、納めたっぺ!」
役人「ええい。検地した分の米を取り立てた
 までじゃ!離れろ離れろ。」
農民C「収穫した米は全部、出したっちゃ!
 どうやって、生活しろって言うんじゃ!」
農民D「そうじゃ!そうじゃ!検地が間違っ
 ておるんじゃ!」
役人「なに~!誰だ、今言うたやつは!成敗
 してくれる!」
  途端に黙る農民たち。女の農民が役人の
  前に出る。
女の農民「お願いです。これ以上は、おまん
 まが、食えねぇです。堪忍してくだ
 せぇ。」
役人「うるさい!」
  役人は女の農民を蹴る。
女の農民「あぁ。」
  女の農民は、役人に蹴られて倒れ込む。
  女の農民は、他の農民の農具を奪い、豹
  変したように、役人に襲い掛かろうとす
  る。
女の農民「うわぁあああ!」
役人「うう、血迷うたか!」
  女の農民は、役人に襲いかかる。
役人「うわぁあ!」
役人「斬れ!斬れ!」
市之進「はっ!」
  慌てて、市之進が女を手打ちにする。
  回想終わり。

◯町奉行・玄関前
両兵衛「ご主人!」
市之進「はっ!」
両兵衛「大丈夫でござるか?」
市之進「ああ。あの時のことを少し思い出し
 てな。」
両兵衛「ああ。大変でしたもんね。」
  市之進は遠くを見る。

◯城下町・通り
  何者かの視点で城下町を歩く。息遣いは
  静かである。通りを抜ける。長屋の通り
  に入る。

◯香代宅・前
  扉を開けると、綺麗な女性がいる。その
  女性は香代である。
  香代は服装は質素だが、美しさがある。
  香代は悲しい顔、寂しい顔、どちらとも
  取れないような顔をしている。
  香代は、大小二つの刀を見ている。

◯町奉行所前街道(数日後)
  使いのものが血相抱えて奉行所の前まで
  走っていく。
使いのもの「はぁはぁ。」

◯町奉行所・居間
  使いのものが、慌てて町奉行所の居間に
  駆け込む。
使いのもの「大変じゃ。市之進どの!勘解由
 殿が。」
  町奉行内の資料整理を行っていた市之進
  は手を止めて、使いのものを見る。

◯城下町・裏通り
両兵衛「辻斬りですかね?」
  両兵衛と市之進は、城下町の裏通りにい
  た。そこには、斎藤勘解由の斬殺された
  死体があった。他にも死体を取り囲むよ
  うに同心がいる。
市之進「うむ。」
  市之進は、頭の上から足元まで死体を見
  る。死体は左手が切断されていた。
両兵衛「ご主人。袴から、何やら紙が出てお
 ります。」
  両兵衛は指差し、市之進に言う。
市之進「うむ。」
  市之進は、袴からはみ出た紙を取り上げ
  る。それは、何かの目録であった。
  名前に本橋清五郎の名前があった。
市之進「でかした。両兵衛。」
市之進「勘解由どのは、目録を本橋どの所へ
 届けに行った。または、目録を本橋殿から
 受け取ったようじゃな。勘解由殿と本橋殿
 は同じ仕事をしている仲。」
両兵衛「なるほど。ご主人。勘解由殿に恨み
 を持つものを、本橋殿が知っているかも知
 れないってことですね。」
市之進「まぁ、そうとも言い切れぬ。何にせ
 よ、同僚の死を伝えることも、奉行所の務
 めである。一度本橋殿にお会いする必要も
 ある。」
両兵衛「では、行きましょう。」
市之進「うむ。」

  町民が話している。
町民A「酷いのう。」
町民B「ほらあの、斎藤勘解由様らしい
 で。」
町民A「あの勘解由様が…。」
町民B「何があるかわからんのう。」
  市之進と両兵衛は、歩き去っていく。

◯ある農家の家の中
  米櫃の中の米は、たくさんある。
  台所は湯気が立っている。左之助の母
  が、台所に立っている。
左之助の母「もうすぐできるから待ってて
 ね。」
左之助(両兵衛)「はい!」
  当時の左之助(両兵衛)は幼い。年齢は
  10歳ぐらいである。

◯本橋邸・前
両兵衛「私はこちらでお待ちしています。」
  玄関前で両兵衛は、市之進に話す。
市之進「うむ、行って参る。」
  両兵衛はそのまま、入り口で待ってい
  る。

◯ある武家屋敷
女性「今日からあなたは、このうちの子
 よ。」
  女性が、子供の着付けを行なっている。
  着物は綺麗である。端には脱ぎ捨てられ
  た。ボロボロの着物がある。
  子供は右之助である。右之助は着物の帯
  を触り、それを見る。

女性「この家の子として、この家を守るの
 よ。」
  女性は、力強くいう。この女性は、右之
  助の母である。

◯本橋邸・居間
本橋「うむ。そうであったか。」
  パチン。本橋は、扇子を閉じる。本橋殿
  は年齢は40代から50代ほどの中肉中
  背の人物である。着物は小綺麗にしてい
  る。小綺麗な着物に対して、顔は歳を重
  ねており、二重顎が目立つ風貌である。
本橋「勘解由殿とは、同じ仕事で藩に仕えた
 身。半身が引き裂かれるような思い。」
市之進「はっ。」
市之進「して、勘解由殿を恨んでいる人物に
 心当たりなど。」
本橋「うむ。」
  パチン。本橋は、再び扇子を閉じる。
本橋「我々の仕事は、農民からの税の徴収。
 飢饉もあり、重い税をかけてしまい、恨み
 を持つ人間は多数おるからのう。」
市之進「しかし、勘解由殿は刀により斬殺さ
 れております。」
本橋「うーむ。」
  しばらく、本橋は考える。

  パチン。再び本橋は、扇子を閉じる。
本橋「飢饉の際、農民に対して、重い税を課
 すことに反対した男がおってな。」
本橋「志村右之助である。」

◯本橋邸(回想シーン)
右之助「何卒!」
本橋「ならぬ。」
右之助「これ以上の年貢の取り立てを行って
 は。農夫たちは生活できないでござりま
 す。」
勘解由「では、他に代案はあるのか?お主
 に?」
右之助「…」
勘解由「ないではないか。」
本橋「代案もなく、我々に進言するとは何事
 か?」
  右之助は、平伏したまま頭を上げない。
  回想終わり。

◯本橋邸・居間
本橋「その後、根も葉もないこと言い。切腹
 じゃ。まったく。」
市之進「根も葉もないこととは、なんでござ
 るか。」
本橋「ん!なんでもござらん。とにかく、其
 奴には、妻がおってな。夫が切腹した逆恨
 みで勘解由を殺したのではないか?」
市之進「しかし…」
本橋「その妻、美人で有名じゃ。従う男の日
 一人や二人いるのではないか?」
市之進「…。」
本橋「とにかく、その妻が怪しいのではないか?」
本橋「名は香代と言ったかな。」
市之進「わかりました。」
  市之進は、少し考えたのち答えた。

◯ある農家の家の中
左之助の母「もうすぐできるから待ってて
 ね。」
左之助(両兵衛)「うん!」
  バタン。扉を開ける音がする。
農民「大変だ!!」
  農民が慌てた様子で扉を開けて、いう。
  左之助の母が、農民の顔を見る。

◯農場
役人「本日、検地を実施する。」
  ざわつく、農民たち。農民から「なぜ」
  という単語が飛び交う。
役人「お上の命により、年貢の見直しが入っ
 た。それに伴い、検地の再実施。取り立て
 量の検討を行う。」
役人「正しい年貢がこれまで、徴収されな
 かった恐れあるため。」
  左之助の母の不安な顔が映る。

◯農家のある家
  農民たちが集まっている。その中には、
  左之助の母もいる。
農民A「もう無理だっちゃ。これ以上何を渡
 せって言うんじゃ。」
農民B「そうじゃ。そうじゃ。」
農民C「米櫃の中の米まで奪う気じゃ。」
農民B「わしらが、読み書きができないこと
 をいいことに好き勝手やっているの
 じゃ。」
農民D「わしらは死ぬんじゃー」
  農民Dが泣く。不安そうに周りを見る左
  之助の母。
農民A「こうなったら、一揆じゃ。」
農民B「そうじゃ!そうじゃ!それしかな
 い。」
左之助の母「待ってけろ!まだ、やれること
 はあるで!血を流すのは早いで。」
農民A「では、どうすっぺ。」

◯本橋家・前
  左之助と左之助の母が、頭を下げている
  。本橋が家来と共にでてくる。
左之助の母「お願いです。」
本橋「んっ?」
  本橋が立ち止まる。
本橋の間者「何やつ?」
左之助の母「これ以上の年貢をあげねぇでく
 ださい。」
本橋「何を言うてる。此奴。まだ、挙げてい
 ない。」
本橋の間者「どけ!貴様ら!」
  ばん、左之助の母は本橋の間者に足蹴に
  される。
左之助の母「うぁあ。」
左之助「母ちゃん。」
本橋「農民が!小汚い!全く!」
  本橋は、鼻を押さえながら、歩く。

◯本橋邸・前
  先ほどの左之助の母が足げにされた。場
  所が映る。

◯本橋邸・玄関前
本橋「ここが、その女の住んでいるところ
 じゃ。」
  本橋は市之進に住所の書かれた紙を渡
  す。
本橋「ん?」
  市之進を待っていた両兵衛は、慌てて、
  平伏す。両兵衛のカッコは小汚く、着物
  もほつれている。中間の身分のため、刀
  は脇差のみとなっている。
本橋「そち、どこかで」
市之進「ありがとうございます。」
  市之進は、本橋に向かって礼を言う。
本橋「うむ。勘解由を切ったものを必ずや見
 つけてくれ。」
市之進「はっ!」
  両兵衛は、本橋に顔を見せずに立ち上が
  る。両兵衛と市之進は本橋家を後にす
  る。本橋は二人を見送る。

  見送った後に、本橋の背後に部下が二人
  現れる。
本橋「おい。」
本橋の部下「はっ!」

◯農場までの道
  農場までの道を役人が歩く。二人の顔は
  、厳しい表情をしている。

◯ある農家の家の中
  農家の家の中は何もなく、やせ細った農
  家の女(右之助と左之助の母)がいる。
  部屋の隅には、左之助がいる。
  やせ細っている。囲炉裏にある鍋には、
  汁があるが、具は見えない。米櫃の底
  は、見える。

  がらっ、静かに扉を開ける音がする。憔
  悴しきった農夫が出てくる。
農夫「大変だ。」

◯農場
役人「検討した結果、年貢を上げることに
 なった。」
農民「ふざけんな!」
  農民たちの怒号が響く。左之助の母の顔
  が写っている。左之助の母の耳には、農
  民たちの怒号は聞こえない。左之助と手
  をつないでいたが、その手を離す。フ
  ラーと農民の群衆をかき分ける。
左之助の母「お願いです。これ以上は、おま
 んまが、食えねぇです。堪忍してくだ
 せぇ。」
役人「うるさい!」
  役人は女の農民を蹴る。
左之助の母「あぁ。」
  女の農民は、役人に蹴られて倒れ込む。
  女の農民は、他の農民の農具を奪い、豹
  変したように、役人に襲い掛かろうとす
  る。
左之助の母「うわぁあああ!」
役人「うう、血迷うたか!」
  女の農民は、役人に襲いかかる。
役人「うわぁあ!」
役人「斬れ!斬れ!」
市之進「はっ!」
  慌てて、市之進が女を手打ちにする。
  左之助の顔がうつる。視点は左之助に切
  り替わる。視線の先は若き市之進の姿。
  左之助は拳を握る。そして、市之進の姿
  をじっくり見る。覚えるように。

◯道中
  市之進と両兵衛は、城下町を歩く。両兵
  衛の顔が水たまりに写り、水たまりをふ
  む。水飛沫が上がる。
両兵衛「どこに向かうんですか?」
市之進「志村右之助の妻・香代殿の家
 じゃ。」
両兵衛「志村右之助ですか?また、新しい容疑者ですね。」
市之進「うむ。しかし、何か引っかかる」
両兵衛「?」
  両兵衛はキョトンとする顔をする。
  市之進と両兵衛は、城下町を歩きながら
  話す。二人の後ろから、本橋の間者二人
  が後をつける。
  両兵衛の顔が水たまりに映る。その顔は
  笑っている。

◯香代宅・前
  左之助(両兵衛)の視点で香代宅前まで
  左之助(両兵衛)が歩く。左之助が扉を
  開ける。ガラッ。
  扉の先には、香代と右之助がこちらをみ
  ている。

◯香代宅・居間
  左之助視点で、右之助に向かって何かを
  話している。
右之助「何!?」
  若き右之助が答える。右之助は俯き泣く
右之助「うぅ。」
  左之助視点でも、俯いている。

◯香代宅・前
市之進「ごめん仕る。」
  市之進は、香代宅の前に立つ。香代の家
  は、長屋である。市之進が声をかけてか
  ら、少し経ったのちに、扉が開く。
香代「はい。」
  香代は、少しやつれている。しかし、そ
  の姿は美しい。少し俯いて市之進に応対
  する。市之進は、香代の姿を見て少しド
  キッとする仕草を見せる。香代の年齢は
  20代後半から30代前半。
両兵衛「私はここで待ってます。」
  香代は、両兵衛の目を見て、素早くすぐ
  にそらす。両兵衛も香代と目を合わせて
  すぐにそらす。
  市之進は、香代に見惚れたままである。
  香代は市之進を横目で見る。

◯香代宅・居間
  香代は湯呑みに、湯を入れて市之進の前
  に置く。市之進の前に座る。
香代「そうですか。勘解由様が…」
市之進「何か知っていることはありますか?」
香代「夫と同じ仕事をしていたことは、知っ
 ていましたが、詳しいことは…」
  香代は静かに答える。
市之進「そうですか…」
香代「ただ、」
  すぐに香代は答える。
香代「ただ、夫の生前、勘解由様と本橋様が
 何やら揉めていたと言う話は伺っておりま
 す。」
市之進「勘解由様と本橋様が?」
香代「はい、凶作が続き、検地をやり直す際
 に何かが…」
市之進「検知をですか」
香代「あの時、重い年貢もあり、農民からの
 批判もありました。」
香代「夫は、苦しむ農民を見たくなく、その
 話をよくしていました。」
市之進「…。」

◯農場(回想シーン)
女の農民「うああ。」
  女の農民が、役人に襲い掛かる。市之進
  は女の農民を斬る。
  回想終わり。

◯香代宅・居間
香代「市之進様?」
市之進「はっ!」
  市之進は、当時の一揆を思い出す。
香代「大丈夫ですか?」
市之進「大丈夫です。」
  市之進の額から汗が滴る。
市之進「香代殿は、勘解由殿と本橋殿につい
 ては、どう思いですか?」
香代「私には、なんとも、」
市之進「そうですか。」
香代「ただ、一揆や夫の死で私は、どうにも
 苦しゅうございます。」
市之進「…そうですか。」
  しばらく、二人の中に沈黙が走る。
市之進「検地について二人が揉めていたと言
 うのは、どのようなことについて揉めてい
 たのですか?」
香代「詳しいことは何も、当時のことを知る
 には、当時の目録を見るしか方法はありま
 せぬ。」
  市之進は腕を組み考える仕草を行う。
香代「先ほどは、どうかなさったのです
 か?」
  香代は心配そうに、市之進を見て話す。
市之進「あっ、うむ。」
  市之進は腕を解き、香代の質問に答え
  る。
市之進「実はのう、わしは、昔、斬ったことがあってのう。」
香代「…。」
  香代は市之進の話を黙って聞く。
市之進「そのことが、頭から離れない
 じゃ。今回の件でよくそのことを思い出すのじゃ。」
香代「そうですか。」
  香代は静かに答える。
市之進「今回の件を片付ければ、何か自分の中で、こう。」
  市之進は、自分の言葉足らずを、身振り
  手振りを使い表現しようとする。
香代「わかります。」
  香代は答える。市之進は、身振りをやめ
  て、香代を見る。
香代「私も何か、ずっと心の中にしこりがあ
 ります。どうにかそれを取ろうとします
 が、そのしこりには手が届かない。届いた
 時には無くなっている。まるで、今までそ
 のしこりがなかったように。」
  市之進は、香代の話を黙って聞く。
香代「夫を亡くして、ずっと心の中にしこり
 が残っています。市之進様も同じ。心の中
 にしこりがある。」
市之進「うむ。」
香代「このしこりは取れません。これも自分の一部だと思って、生きていくしかないんです。」
市之進「…。」
  しばらく間があく。
  ふと市之進が気がつき、香代にいう。
市之進「あっ、ありがとうございました。今
 日はこれで失礼いたします。」
香代「はい。」
  香代は、玄関前まで市之進を送る。香代
  は、再び両兵衛と目を合わせる。

◯ある農家の家
赤ちゃん「オギャー、オギャー」
  ある農家の家の中で、赤ちゃんの鳴き声
  が、響く。赤ちゃんを抱いているのは、
  母親。しかし、その赤ん坊は泣いていな
  い。
  泣いている赤ん坊は、布団の上で泣いて
  いる。母親は、抱いている赤ん坊を寝か
  せて、泣いている赤ん坊のところへ向か
  う。

◯城下町・道中
  市之進と両兵衛は再び、城下町を歩く。
市之進「やはり、本橋殿が怪しいのぉ。」
両兵衛「そうですか。」
両兵衛「何が怪しいんですか?」
  両兵衛は市之進を覗き込むように見る。
市之進「あっ。うむ。」
市之進「香代殿から話で検地と言う言葉が出
 てきた。裏は取れていないが、年貢に関し
 て、何か裏があると見た。年貢について本
 橋殿と勘解由殿の間で何かがあった。」
両兵衛「なるほど。勘解由殿と本橋殿で年貢
 について何か揉めたってことですね?」
市之進「うむ、そこがわからないが。」
両兵衛「何か不正をして、その取り分で揉め
 た?」
市之進「コラ、憶測だけではそうとは言えぬ。」
両兵衛「そうですね。」
両兵衛「なら、お城に行ってみましょう。検
 地についての目録があるかもしれないです
 よ。」
市之進「うむ。」
  両兵衛が、水たまりの上を歩く。水たま
  りに両兵衛の顔が映り込む。 

◯城の中
帳簿人「ダメに決まってるじゃん。」
市之進「しかし、当役人である、斎藤勘解由
 殿が、何ものかに斬られたのですぞ。捜査
 に協力してもよろしいのでは?」
帳簿人「ダメなものはダメ。帰って帰っ
 て。」
  市之進は帳簿人に、門前払いをさせられ
  る。

◯城の外
両兵衛「どうでした?」
市之進「ダメじゃった。」
両兵衛「そうですか。」
市之進「しかし、ますます怪しいのう。自分
 の上司が死んだのに、捜査に協力しないと
 なると、何かありそうじゃな。」
両兵衛「どうしますか?」
  両兵衛は市之進を見る。市之進も両兵衛
  を見てニヤつく。

◯城の前の居酒屋
  居酒屋は賑わっている。両兵衛と市之進
  はここで、芋の煮物と豆腐田楽を食べて
  いる。
市之進「無闇やたらに人斬りなんて行わない。しかも、いまは太平の世である。ただなんとなくで人は斬らない。」
両兵衛「なるほど。理由なく人を斬らないのですか?」
市之進「そうじゃ。理由なく人を斬るなんて、気が狂うておる。」
両兵衛「切り捨て御免はどうなんですか?」
  市之進は、芋を食べる。
市之進「切り捨て御免を証明するための手続
 きが大変なのじゃ。まずは、謝罪あるもの
 を切ってはいけない。奉行所に人を斬った
 ことを伝えなければいけない。伝えた後、
 20日は謹慎じゃ。」
両兵衛「なるほど大変ですね。斬った方がご
 めんですね、そうならば。」
市之進「うまいことを言いよる。その通り
 じゃ。」
市之進「人を斬るのは、生半可な気持ちでは
 できぬ。」
両兵衛「上方の僧侶もおしゃっていました。
 人を殺したらあかん。殺生が一番の罪や。
 と仏さんも言うてる。と」
市之進「僧侶の言うことは違うのう。さすが
 じゃ。」
市之進「しかし、仏さんは関西人ではないが
 のう。その喋りで言われても、説得力がな
 いのう。」
両兵衛「確かにその通りですね!」
市之進「はははははは。」
  市之進と両兵衛は笑う。両兵衛は豆腐田
  楽を持ち上げる。
両兵衛「つまり、恨み持つもののってことで
 すね。」
市之進「そうじゃ、相手を切るには理由がい
 る。そして、斬られてた相手がどういう人
 物か感がなければいけない。」
  市之進は芋の煮物に手を伸ばす。
市之進「斬られた相手が農民ならば、切り捨
 てごめんの恐れがある。今回の場合だと、
 武士で役人じゃ。武士を殺すのは、骨が折
 れる。そして、危険が多い。」
両兵衛「危険?」
市之進「わしたちが、追う。」
両兵衛「なるほど。」
  市之進は豆腐田楽を食べる。串を皿に置
  く。
市之進「気狂いの犯行でなく、まともな人間
 の犯行なら、恨みか金じゃ。金の線はない
 のう。」
両兵衛「なぜです?」
市之進「金品が盗まれておらんかった。」

◯城下町・裏通り(回想シーン)
  勘解由の死体が転がっている。着物がは
  だけており。そこには、財布が見えてい
  る。

◯居酒屋
両兵衛「あっ!」
市之進「おもいだしたのう?」
両兵衛「なるほど、お金の線が消えたという
 ことは、恨みを持っているもの。意図的
 に、勘解由様は殺された。」
市之進「うむ。さらに、本橋殿は、香代殿が
 怪しいと申していたのが、怪しい。」
両兵衛「どちらの怪しいですか?」
市之進「本橋殿が怪しいじゃ。香代殿の犯行
 にしようとしている。」
両兵衛「本橋様が、香代殿の犯行にしようと
 誘導しようとしている。」
市之進「憶測だがな。」
  市之進は芋をつまむ。
  市之進は城の様子を見る。

◯ある武家屋敷
  ある武士を背が映っている。ある武士が
  父親と母親に向けて話をしている。
  ある武士の正体は右之助である。しかし
  その顔は映らない。
右之助「申し訳ございません。」
  母親は涙を流している。
母親「うぅう。」
父親「…。」
  父親は黙っている。
父親「せっかくの跡取りをこんな形で…。」
  父親はいう。
  右之助は黙っている。その顔は映らな
  い。体は震えている。
母親「私たちの家の武士として、武士として、」
  母親の言葉を詰まる。母親は泣き出す。
  父親は神妙な顔をする。
  端には涙流している女性があるが、姿は
  見えない。

◯城の外(夜)
  市之進と両兵衛は城の外にいる。黒づく
  めの衣装に身を包んでいる。両兵衛の手
  にはロープがある。
両兵衛「まぁ、確認するには、こうするしか
 ないですよね。」
市之進「静かに!バレた切腹ものじゃ。」
両兵衛「ご主人の声が一番、うるさいです
 よ。」
市之進「うむ。」
市之進「まぁ、城のものを盗むわけではない
 からノォ。」
両兵衛「そうですね。」
両兵衛「行きますよー。」
  両兵衛は縄を城の中に投げる。先端には
  鉤爪となっている。鉤爪が城の塀に引っ
  かかる。
両兵衛「よし。」
  両兵衛は縄を引っ張り、両兵衛は鉤爪が
  城の塀に引っかかったことを確認する。
  両兵衛は縄づたいで、塀をよじ登る。
  市之進はその間、周囲に注意を払ってい
  る。
  城の塀の上まで登った両兵衛が、市之進
  に登ってもよい、という合図をする。
  市之進は、周りに注意を払ったのち、塀
  をよじのぼる。

◯城の中
  市之進と両兵衛は、城の中の木の影に隠
  れる。周囲には、見張りらしき人物が巡
  回している。市之進と両兵衛は二人、目
  で合図を出して、そっと城内に入ってい
  く。

◯城内・廊下
  廊下をそっと歩く。市之進と両兵衛。
城内の人間「ファー。」
  さっと隠れる。市之進と両兵衛。
  ミシ。
  両兵衛の足が床を軋ませる。
城内の人間「んっ!?」
  城内の人間がその音に反応する。よく目
  を凝らす。
  両兵衛と市之進はお互いを目を合わせ
  る。しかし、声が漏れないように、して
  いる。城内の人間が近づいてくる。城内
  に人間が刀に手をかける。
  両兵衛が咄嗟に前に出る。
両兵衛「申し訳ございません!!」
  小声だが、はっきりと両兵衛は話す。
城内の人間「ぬっ!!貴様!な」
  城内の人間が話す前に、両兵衛は答え
  る。
両兵衛「私、殿が!!使いのものでした。先
 ほど城下にて、見つけまして!」
  両兵衛は要領を得ないことをいう。 
城内の人間「ぬっ!!」
  城内の人間が一瞬狼狽えてしまう。
城内の人間「貴様」
  どん!
  城内の人間が、両兵衛に注目している。
  その間に、市之進が背後から、城内の人
  間の頭を叩く。
  どさ。
  城内の人間の倒れる。市之進と両兵衛が
  お互いを見合わせる。
  市之進が両兵衛の肩をぽんと叩く。

◯城内・帳簿場
  市之進と両兵衛は、帳簿場に忍び込む。
  市之進は、帳簿を見ている。
市之進「うーむ」
  市之進は難しい表情をする。
  ドカっ
  両兵衛が転び、複数ある棒を転がす。
市之進「こら、何をしておる。」
両兵衛「すみません。」
  市之進と両兵衛は、小声で話す。
  市之進は見ていた帳簿をおき、両兵衛に
  向かってそっと歩く。
  市之進と両兵衛は、転がした棒を片付け
  る。市之進はその棒と紐を見て、何かに
  気が付く。
市之進「これは。」
両兵衛「何か気が付きました?」

◯農場
  役人が検地を実施している。少し離れた
  ところに農民がコソコソ話している。
  検地棒を取り出す。
農民A「なんだい、あの棒は?」
農民B「オメェ、しらねのか?」
農民A「しらなねぇなぁ。おいらは、生まれ
 てこの方、くわを振るうことしかしらねぇ
 だ。」
農民B「そんな、オメェ堂々として。そんな
 開き直られたら、こちらも、張り合いって
 もんがねぇべさ。」
農民A「オメェ、いいから、教えろべ。まさか、オメェさんもしらねぇべか?」
農民B「そんなわけねぇべさ。知っとる
 わ。」
農民B「オメェ、それじゃ、だめだ。あれは
 検知棒いうものじゃ。」
農民A「ケンチボウ?ほうほう。」
農民B「オメェ、わかってねぇべさ。あれ
 は、わしらの米をむしり取る棒じゃ!」
農民A「なんだい。ただの棒やないか。あれ
 でどうやって、米をむしり取るってん
 だ?」
農民B「そりゃ、オメェ、あれだ。」
右之助「あれで、取れ高を測っているの
 だ。」
  背後から右之助が説明する。右之助は後
  ろ姿しか見えない。
農民AとB「どうっひゃ。」
  農民AとBは驚く。その直後に二人は平
  伏す。
右之助「よいよい。」
  右之助がすかさず、応える。手で面を上
  げるように指示する。
  農民たちは立ち上がる。
農民A「どういうことですか?お侍さん?」
右之助「先ほど言っていた、あの棒が米を奪
 う棒というのは、間違っておらぬ。」
  農民Aが農民Bの肩をこずく。農民Aの
  顔は嬉しそうだった。
  右之助は続けて、話す。
右之助「あの棒で、年貢をどれだけ取れる
 か、測っておるのじゃ。」
  農民AとBはまじまじと、右之助の話を
  聞く。二人の口は開いている。

◯城の外・塀付近
  市之進と両兵衛が縄づたいてで、城の外
  に無事出る。
両兵衛「何かわかりました。」
市之進「うむ、どうや」
  市之進は、何かを言いかけたその時、影
  から何ものかの姿を見る。
市之進「危ない!」
  本橋の間者が、両兵衛に襲い掛かる。
本橋の間者1「やー。」
  両兵衛はそれに気が付き、左手で脇差を
  逆手で抜き、間者1の右手を素早く斬っ
  た。両兵衛の手元が映る。
本橋の間者1「ぎゃー」
  ボト。本橋の間者の右手が落ちた音がす
  る。両兵衛は間髪入れずに、本橋の間者
  にもうひと斬り加える。
本橋の間者1「うっ。」
  本橋の間者1が倒れる。
  続いて、もう一人いた本橋の間者2が斬
  りかかる。ここで、市之進が対応する。
市之進「やー!」
  市之進が素早く、本橋の間者2を斬る。
本橋の間者2「ぎゃー。」
  本橋の間者2が倒れる。
両兵衛「はぁはぁ。」
市之進「はぁはぁ。」
  市之進と両兵衛、二人の息づかいが聞こ
  える。
両兵衛「何者ですかね?こいつら?」
市之進「わからん。が、さしずめ、本橋殿の間者であろう。」
両兵衛「…。」
  両兵衛は、本橋の間者の死体を見る。
市之進「とにかく、私は、明日、島田様に報
 告いたす。両兵衛、今日はもう帰って良
 い、ご苦労であった。」
両兵衛「はい、お疲れ様です。」
  両兵衛は町を歩く。市之進は間者二人の
  死体を見る。

◯ある武家屋敷・庭先
  幼き左之助が武芸に励んでいる。
左之助「やー。」
  左之助の掛け声が響く。
女性「右之助!右之助!」
左之助「やー!やー!」
  左之助は呼び声に反応しない。
女性「右之助!!」
  女性、つまり右之助の母(養子のため実
  の母ではない)が庭先まで出て、右之助
  を呼ぶ。
  左之助は振り返り、女性のもとを走って
  いく。

◯島田邸
島田「何、それは真か?」
市之進「はっ。さようであります。帳簿を確
 認したところ、飢饉前と飢饉後で、年貢の
 量は増えていました。さらに、検地を行う
 際のひもを確認したところ、印が長くなっ
 ておりました。」
市之進「これは、多く、年貢を徴収めるため
 に謀ったもの!」
市之進「さらに、道中、私たちは何者かに襲
 われました。」
市之進「おそらく、本橋殿の使いのものか
 と。」
島田「うーむ。」
市之進「本橋殿と勘解由殿はそのことについ
 て、揉めて、本橋殿が勘解由殿を斬った。
 のではないかと、考えました。」
島田「うーむ。」
  島田は、しばらく、考える。
島田「うむ、わかった。この件は私が預か
 る。本橋には本日話を聞く、それど良いだ
 ろ!」
市之進「はっ!」
市之進「では、本橋殿を捕まえてもよろしい
 でしょうか?」
島田「いや、それを決めるのは早計じゃ。」
島田「わしが本橋から話を聞く。」
市之進「しかし、検地不正も。これらは、我らにも…。」
島田「馬鹿者!今更、検地に誤りがあったな
 ど、言えるか!農夫どもが何を言うかわか
 らぬではないか!」
市之進「はっ!」
島田「はぁはぁ。」
島田「今更、我の!確かに我の…。」
  島田は顔を赤くして答える。息遣いは荒
  い。言葉に詰まっている島田。
島田「とにかく!この件は私が預かる!」
市之進「はっ!」

◯島田邸・外
  市之進がトボトボ島田邸を後にする。
両兵衛「どうでした?」
市之進「ダメじゃった。」
両兵衛「そうですか…。」
  市之進と両兵衛は、二人帰路に着く。
市之進「両兵衛、わしは…。」
両兵衛「なんですか?ご主人?」
  市之進はためていいう。
市之進「わしは、とんでもないことをしたか
 もしれぬ。」
両兵衛「どうかなさったんですか?とんでも
 ないこととは?」
市之進「いや。」
  市之進は両兵衛の前で言葉が詰まる。

◯ある道場
  ある人物の視点で進む。道場稽古を行
  なっている。
左之助(右之助)「やー。やー。」
  左之助(右之助)は、道場の木剣を振
  るっている。
  師範代が、道場に入ってくる。左之助
  (右之助)が一礼をする。師範代もそれ
  に応えるように、一礼をする。
師範代「居合を教える。」
師範代「居合とは、鞘に納めた状態から鞘を
 抜き、その動作中に相手を斬る技であ
 る。」
師範代「素早く抜くこと。そして、抜く動作
 で相手を切らなけばいけない。」
師範代「通常の居合は、左に帯刀し、右手で
 抜き去る。」
  師範代は、言葉で言ったことを左之助に
  見せる。
師範代「当流派では、短刀で使用するた
 め、少し他とは趣が違う。」
師範代「わしらは、左手で抜く。一見抜きず
 らいように見えるが、短刀ならばうまく抜 
 苦ことができる。」
  師範代は説明を行いながら、実際にやっ
  て見せる。
師範代「やってみい。」
左之助(右之助)「はい!」
  左之助(右之助)は師範代と同様の動き
  をしようとするが、短い腕で刀を抜こう
  とするため、腕に刀が引っかかる。
師範代「ははは、修練しろ。ここで汗を流せ
 ば、戦場では血は流れない。古代南蛮の言
 葉じゃ。」

◯居酒屋
  右之助は一人居酒屋にいた。先ほどは注
  文しなかった酒を注文している。徳利を
  ゆっくり傾ける。酒を盃に注ぐ。
  注いだ盃を口もとに運ぶ。

◯農場(回想シーン)
  農民が役人に向けて、抗議を行ってい
  る。
農民A「これ以上何を奪うんだ。」
農民B「いまある米は全部、納めたっぺ!」
役人「ええい。検地した分の米を取り立てた
 までじゃ!離れろ離れろ。」
農民C「収穫した米は全部、出したっちゃ!
 どうやって、生活しろって言うんじゃ!」
農民D「そうじゃ!そうじゃ!検地が間違っ
 ておるんじゃ!」
役人「なに~!誰だ、今言うたやつは!成敗
 してくれる!」
  途端に黙る農民たち。女の農民が役人の
  前に出る。
女の農民「お願いです。これ以上は、おまん
 まが、食えねぇです。堪忍してくだ
 せぇ。」
役人「うるさい!」
  役人は女の農民を蹴る。
女の農民「あぁ。」
  女の農民は、役人に蹴られて倒れ込む。
  女の農民は、他の農民の農具を奪い、豹
  変したように、役人に襲い掛かろうとす
  る。
女の農民「うわぁあああ!」
役人「うう、血迷うたか!」
  女の農民は、役人に襲いかかる。
役人「うわぁあ!」
役人「斬れ!斬れ!」
市之進「はっ!」
  慌てて、市之進が女を手打ちにする。
  回想終わり。

◯居酒屋
  市之進はあの時のことを思い出す。市之
  進は頭を抱える。
市之進「わしは、なんてことを。」
  ドカ。
  ここで、町人が市之進にぶつかる。
町人「おっとっと。すまねぇ。」
  町人は酔っ払っている様子だった。
町人「お侍さん、じゃねえあ。」
  町人の呂律が回っていなかった。
町人「お侍さんも、よはらいなよ。」
  市之進はうなだれたままだった。
町人「デェー丈夫か?」
  町人が市之進の肩を叩く。
市之進「やめろ!」
  市之進が町人の手を振り解く。
市之進「酔えぬのじゃ。」
  町人は市之進の言葉を聞いて、変な顔を
  する。
町人「どういうことですか?お侍さん。」
  町人は市之進の向かいに座る。市之進は
  嫌そうな顔をする。
市之進「貴様には、関係のないことじゃ。」
  市之進は嫌そうな顔で答える。
町人「酒が飲める場で、酔えぬとは、奇なこ
 と。誠に奇妙じゃ。」
  町人は答える。
町人「この徳利に入っている液体は、飲め
 ば、驚きじゃ。楽しい気分にさせてくれる
 もの。」
町人「どんな不幸なことあっても、それをぼ
 やかしてくれるものじゃ。」
  町人は徳利を持っていう。町人は、市之
  進の徳利を持って何かを気が付く。
町人「なんじゃ、もう、空ではないかー。お侍さん、なかなか、酒が強い。やりおる。」
  町人は市之進に向かい身振りをして話
  す。
町人「すまぬー。このお侍さんに一本つけて
 くれー。」
  町人は、店主に向かい、デカい声で
  注文を行う。市之進は怪訝そうな顔から
  少し表情を緩む。町人が続けて話す。
町人「わしも、お侍さん、聞いてくだ
 せぇ。」
町人「このまちに生まれて、早、40年。
 色々なことがありました。楽しいことや悲
 しいこと。」
  市之進は、話を聞いている。
町人「楽しいことは、今。」
  町人はにっこりする。
町人「お侍さんと話している。酒を飲みなが
 ら。」
  市之進は微笑む。
市之進「悲しいことは、一体、なんじゃ?」
町人「ようやく、話してくれた。」
  町人は驚いた顔をした。
町人「よくぞ、聞いていくれた。」
  ここで、店主が酒を運んできた。
店主「はいよ。」
  どん。徳利を置く音がする。
  市之進は徳利を持ち、町人に酒を注ぐ。
町人「おっ、ありがとうごぜえます。お侍さ
 ん!」
町人「よくぞ聞いてくれました!」
  町人は盃を傾ける。
町人「私には、子供がいたんです。」
  町人が話をする。
町人「しかし、以前の飢饉で、なかなかもの
 が売れなくなってしまいました。」
町人「なんとかしなければいけないと、なん
 とかしなければ、と思い、懸命に働きまし
 た。しかし、ダメでした。どうにもダメで
 した。」
  市之進の表情はさっきと一転して深刻な
  表情となっていた。町人は話を続ける。
町人「娘は死にました。」
  町人は少し間を空けていう。
町人「私の無力でした。」
町人「しかし、私には、これがある!」
  盃を上げる。そして町人はそれを飲み干
  す。
市之進「…。」
  市之進は黙って、町人を話を聞く。その
  表情は再びに深刻になっていた。
町人「ところで、お侍さんは何かあったんで
 しょうか?」
  町人が市之進に向かって話す。
市之進「いや、わしは。」
町人「人に話せないことの一つや二つ、あります。わかります。」
  町人は、徳利を持ち、市之進の盃に酒を
  注ぐ。

◯市之進宅・寝室(夜)
  市之進は布団の上に寝転がっている。市
  之進は天井を見ている。頭を抱えて、
  ゆっくり目を閉じる。市之進酔ってはお
  らず、意識ははっきりしている。

◯農場(回想シーン)
  農民が役人に向けて、抗議を行ってい
  る。
農民A「これ以上何を奪うんだ。」
農民B「いまある米は全部、納めたっぺ!」
役人「ええい。検地した分の米を取り立てた
 までじゃ!離れろ離れろ。」
農民C「収穫した米は全部、出したっちゃ!どうやって、生活しろって言うんじゃ!」
農民D「そうじゃ!そうじゃ!検地が間違っておるんじゃ!」
役人「なに~!誰だ、今言うたやつは!成敗してくれる!」
  途端に黙る農民たち。女の農民が役人の
  前に出る。
女の農民「お願いです。これ以上は、おまん
 まが、食えねぇです。堪忍してくだ
 せぇ。」
役人「うるさい!」
  役人は女の農民を蹴る。
女の農民「あぁ。」
両兵衛「母ちゃん!」
  女の農民は、役人に蹴られて倒れ込む。
  女の農民は、両兵衛の農具を奪い、豹
  変したように、役人に襲い掛かろうとす
  る。
女の農民「うわぁあああ!」
役人「うう、血迷うたか!」
  女の農民は、役人に襲いかかる。
役人「うわぁあ!」
役人「斬れ!斬れ!」
両兵衛「やめろー。」
市之進「はっ!」
  慌てて、市之進が女を手打ちにする。
  回想終わり。

◯市之進宅・寝室(夜)
  市之進は寝転がっている。
市之進「…。」
  ゆっくりと目を閉じる。

◯農場
  右之助が農場を見ている。農場には、農
  民たちがいるが、全員がやせ細ってい
  る。右之助は袴をキュッと握っている。

◯町奉行所・朝
  何か、考える市之進。
市之進「よし!」
両兵衛「どうかしました?」
市之進「決めた、本橋殿のところへいく!」
両兵衛「えっ!でも昨日は?」
市之進「うむ、やはり、島田殿はああ言った
 が、この件は自分でなんとかしたい。本橋
 殿に話を聞くと言っていたが…」
両兵衛「島田殿が、本橋殿と話を?」
市之進「んっ?どうかしたのか?」
両兵衛「だとしたら、まずいですね。本橋殿
 がその話を聞いたら、発信元である、香代
 殿が危ないのでは?」
市之進「何?」
両兵衛「香代殿に危害が及びます。検地のこ
 とを知っているのだから。」
市之進「まずい!お前は、他の同心に本橋殿
 に家に行くよう伝えろ!わしの命と言って
 な!わしは、香代殿のところへ行く。」
両兵衛「はい。」

◯島田邸・夜(時間は少し戻る)
島田「馬鹿者!」
本橋「申し訳ございません!」
  本橋は、島田に頭を下げていた。
島田「奴らかぎつけおったじゃないか!この
 まま、検地の件についてバレたらどうする
 のじゃ!」
本橋「申し訳ございません!奴ら、香代を捕
 まえるものだと思っていましたが…」
島田「全然違うではないか!その上、間者ま
 で殺されおって!」
島田「はぁはぁ!」
  島田の息遣いは荒くなっている。
島田「ふう。」
島田「ひとまず、香代を殺れ。あやつが秘密
 を握っている。」
本橋「ははー。」

◯島田邸・出口付近
本橋「ええい触るな」
  本橋は家臣を邪険に扱う。
  曲がり角には人影がある。

◯香代宅・前
  何者かが、香代宅前まで歩いている。視
  点は何者かの視点。

◯香代宅・居間
  がらっ。扉を開ける音がする。香代は、
  扉を開けた人物を見る。

◯城下町
市之進「はぁはぁ。」
  市之進は、城下町を走る。その気遣いは
  荒い。

◯香代宅・前
市之進「香代殿!」
  ガラ。
  市之進は慌てて、扉を開ける。しかし、
  そこに香代の姿はない。部屋の真ん中に
  は、手紙がある。市之進は、その手紙を
  手に取り、開けて読んだ。
  手紙の内容
  香代殿は、預かった。秘密を知っている
  ものは生かしておけぬ。
  貴様もその一人だ。御霊神社で待ってい
  る。
  手紙の内容終わり
  市之進は、手紙を読み終わり、香代宅を
  後にする。
  バタン。
  市之進は香代宅の扉を閉める。

◯香代宅
  香代が居間の中にいる。黙って座ってい
  る。右之助が着ていた袴を見ている。
  香代はゆっくりと、右之助の着ていた袴
  に手を添える。

◯山道
  市之進は御霊神社の山道を走っている。
  市之進の手には、香代宅で見つけた。手
  紙を持っている。

◯御霊神社前
  市之進は階段を神社の階段を駆け上が
  る。
  市之進「はぁはぁ。」
  稲荷神社である。二匹の稲荷が映る。一  
  匹の稲荷の顔は潰れている。もう片方の
  稲荷は、潰れていない。

◯御霊神社
  誰かの視点で御霊神社を駆け上がる。
  そこには、香代の姿があった。

◯御霊神社
市之進は階段を駆け上がり、神社にたど
  り着く。
市之進「はぁはぁ。」
  市之進は神社に着く。そこには、香代の
  姿があった。
市之進「香代殿!」
  香代殿が振り返る。

◯御霊神社
  誰か別の視点になる。香代が振り返る。
  香代は笑顔で振り返る。

◯御霊神社
  市之進は香代に近づく。その時、市之進
  は背後から、斬られる。
  ザシュ。
市之進「うっ!」
  市之進は、その場に倒れこむ。市之進は
  振り返る。自分を斬った人間を確認す
  る。
市之進「貴様は…なぜ…?」

◯本橋宅
同心「御用だ!御用だ!」
  本橋宅に同心たちが集まる。同心たちは
  家の中を捜索するが、本橋の姿はない。
  家を探すが、本橋の姿はない。同心たち
  は手分けして、本橋の姿を探す。
同心「ひー。」
  ある同心の悲鳴をあげる。他の同心たち
  も悲鳴の先に向かう。
  同心たちは、悲鳴の先に集まる。悲鳴の
  先は庭だった。
他同心「ひっ。これは…」
  そこには、本橋の斬殺された死体が転
  がっていた。本橋の遺体には、夏場のた
  め、ハエが集っているた。
他同心A「うっ。」
他同心B「吐くなら、隅でやってくれ。ただ
 でさえ、気持ちの悪いものを見ているのだ
 からな。これ以上、気持ちの悪いものを増
 やしたくないからのう。」

◯御霊神社
市之進「お前は、なぜ?」
  市之進は、斬った相手を見る。
両兵衛「なぜかって?」
  両兵衛は、中腰になり、市之進と目線の
  高さを合わせる。市之進を見た後、左を
  むき、また、市之進の目を見る。
両兵衛「俺の本当の名前は、左之助。右之助の双子の兄だ。」
市之進「はぁはぁ。」
  市之進は、両兵衛は見る。市之進の息遣
  いは荒い。両兵衛は続けて話す。
両兵衛「貴様は、勘解由を殺したのは、本橋
 だと思っていたようだが、殺したのは、俺
 だ。」
市之進「右之助の仇だから。」
両兵衛「ようやく、わかったようだな。右之助は切腹したが、殺したのは、本橋と勘解由だった。」

◯本橋邸(回想シーン)
右之助「何卒!何卒!」
  右之助は、伏せていた顔をあげる。その
  顔は、両兵衛に瓜二つの顔だった。
本橋「ならぬ。このままでは、藩が立ち行かなくなる。年貢をあげることは必然。」
勘解由「さようの通りじゃ、何か代案でもあれば、話は別だがな。」
  右之助は、再び、顔を伏せる。
右之助「私、知っております。」
  右之助は、静かにいう。
本橋「何ぃー?」
  本橋と勘解由は、右之助を見る。
右之助「お二人方が、検地を不正に行い、過
 剰に年貢を徴収していることを。」
勘解由「そんな根も葉もないことを。」
本橋「たとえそうだとしても、だから何だと
 言うのじゃ。藩は潤うではないか。」
  右之助は震える。スッと立ち上がり、本
  橋邸を後にする。
  回想終わり。

◯御霊神社
右之助「その後、右之助は、上司を売ったこ
 とを理由に切腹を言い渡される。」

◯武家屋敷・裏庭(回想シーン)
  表に二畳ほどの畳が敷いてある。そこの
  上には、白い着物に身を包んだ武士が一
  人。武士の目の前には、切腹用に用意さ
  れた短刀がある。
  切腹を行う武士は、志村右之助である。
  右之助は、銚子に注がれた酒を飲み、短
  刀に手を伸ばす。短刀を持ち、自身の腹
  に当てる。この時、右之助の顔が写りこ
  む。刀に反射した顔によって。
右之助「んんっ!」
  右之助の声が漏れる。
介錯人「いざ。」
  介錯人が右之助の首元に刃を下ろす。
  転がった首が見える。その首は、右之助
  であった。
  回想シーン終わり

◯御霊神社
市之進「はぁはぁ。」
  市之進は、右之助の話を聞く。右之助は
  続けて話す。
右之助「貴様は、自分で捜査しているように
 感じておったようだが、検地不正の事実を
 世間に出すための人形にしかすぎぬ。」

◯城下町・道中(回想シーン)
  市之進と両兵衛は、城下町を歩いてい
  る。
市之進「うむ、そこがわからないが。」
両兵衛「何か不正をして、その取り分で揉め
 た?」
市之進「コラ、憶測だけではそうとは言え
 ぬ。」
両兵衛「そうですね。」
両兵衛「なら、お城に行ってみましょう。検
 地についての目録があるかもしれないです
 よ。」
市之進「うむ。」
  回想終わり。

◯香代宅
市之進「勘解由様と本橋様が?」
香代「はい、凶作が続き、検地をやり直す際
 に何かが…」
市之進「検知をですか」
香代「あの時、重い年貢もあり、農民からの
 批判もありました。」
香代「夫は、苦しむ農民を見たくなく、その
 話をよくしていました。」
市之進「…。」
  回想シーン

◯城内・帳簿場(回想シーン)
  ドカっ
  両兵衛が転び、複数ある棒を転がす。
市之進「こら、何をしておる。」
両兵衛「すみません。」
  市之進と両兵衛は、小声で話す。
  市之進は見ていた帳簿をおき、両兵衛に
  向かってそっと歩く。
  市之進と両兵衛は、転がした棒を片付け
  る。市之進はその棒と紐を見て、何かに
  気が付く。
市之進「これは。」
両兵衛「何か気が付きました?」
  回想終わり

◯御霊神社
両兵衛「香代殿にも協力してもらい、貴様を誘導したのじゃ。」
  香代は市之進のところに歩みより、市之
  進の顔を見る。市之進も、香代の顔を見
  る。
市之進「はぁはぁ。」
  市之進の息遣いはどんどん荒くなる。顔
  が青ざめる。
市之進「二人で謀ったのか。」
両兵衛「そうじゃ。」
両兵衛「本橋も今頃、あの世じゃ。」

◯島田邸・出口付近(回想シーン)
本橋「ええい触るな」
  本橋は家臣を邪険に扱う。
  曲がり角には人影が、その姿は、両兵衛
  だった。
  両兵衛は、本橋邸まで後をつける。

◯本橋邸・前
本橋「ええい触るな!」
  本橋は籠から降りようとした、その際に
  両兵衛は、その家臣に斬りかかる一瞬で
  斬り、庭先に捨てた。
本橋「きっ貴様はっ!右之助!」
  両兵衛(左之助)は本橋にはっきりと顔
  を見せた。両兵衛(左之助)の顔に行灯
  の光が当たっている。
本橋「貴様は、なぜ!?」
両兵衛「生き返りまして、忘れ物を取りに戻
 りました。」
両兵衛「本橋様、おひさしゅうございま
 す。」
両兵衛「臓物を戻して、現世に舞い戻ってき
 ました。」
本橋「貴様ー、何が舞い戻ったじゃ。貴様の
 せいでわしは大変な思いをしとるんじゃ。
 恥を知れ恥を!」
  本橋は両兵衛に向かっていう。両兵衛が
  刀を握り返す。
本橋「わしは、わしは、許してくれ。わしは
 悪くないんじゃ。勘解由がだな。」
本橋「ととりあえず、話をしようではない
 か。しまってくれるか。それを」
  本橋は刀を指差す。
  両兵衛は刀を一瞬下ろす。しかし、次の
  瞬間、刃が跳ね上がる。
本橋「ぎゃー、」
  本橋の腕が跳ね上がる。
本橋「き貴様!?何をする。」
  本橋は慌てて逃げようとするが、うまく
  片腕を失い、逃げられない。
  ヒタヒタと両兵衛が、本橋の元に歩みよ
  る。
本橋「貴様、くるな。くるな。」
本橋「すまん、助けてくれ、すまん。」
  両兵衛は本橋に切り掛かる。
本橋「んっちゃ。」
  妙な擬音を立てて、本橋は果てる。
  両兵衛は刀を鞘にしまい、本橋を庭に捨
  てたままさる。
  回想終わり

◯御霊神社
両兵衛(左之助)「勘解由殿は簡単であっ
 た。」
  市之進は、両兵衛の話を聞く。
市之進「はぁはぁ。」
両兵衛(左之助)「目的の犯人は目の前にい
 るのに、滑稽じゃのう。」
  市之進は話を聞き、うずくまる。
市之進「うぅ。」
  両兵衛は、話を聞かせるために、市之進
  のあごを刀で上げる。
市之進「う。」
  市之進は、あごを上げて、両兵衛(左之
  助)を見る。
両兵衛(左之助)「にや」
  両兵衛は市之進を見て、笑う。

◯城下町・裏通り(回想シーン)
  斎藤勘解由が裏通りを歩いている。背後  
  から両兵衛(左之助)が後をつけてい
  る。
  勘解由は何かに気がつき後ろを振りかえ
  る。
勘解由「なんじゃ?」
  何もないことを知り、前を見ると、目の
  前には、左之助が立っている。
勘解由「ひ」
  勘解由が驚いた表情をする。両兵衛はニ
  ヤつき、次の瞬間、勘解由の腕が、と
  ぶ。
勘解由「~~~つ。」
  勘解由は声にない叫びをだす。
勘解由「貴様っ!う」
  両兵衛(左之助)は勘解由に刃を下ろ
  す。刀を鞘に収める。さらに、証拠とな
  る本橋との書面を懐に入れる。

◯御霊神社
両兵衛「貴様はわしのことを信頼しておるからのぉ。」
両兵衛「敵は、近くに置くに限る。」
市之進「じゃが、どうして、わしは…わし
 は口封じのためか…なぜじゃ、両兵
 衛…。」
  両兵衛は、市之進の胸倉を掴み、答え
  る。
両兵衛「もう一度いう、わしの名前は両兵衛
 では、ない。左之助じゃ。」
両兵衛「右之助とわしは、農民の双子として
 生まれた。同じ顔が二人いることを危惧し
 た母は、右之助を養子に出した。」
市之進「畜生腹」
両兵衛「その単語は嫌いじゃ。わしらは、動物ではない。」
  両兵衛は市之進を睨む。両兵衛は市之進
  に刃を向ける。市之進はその刃に少し怯
  む。
両兵衛「幸い、右之助の養子先は、男子の子
 宝に恵まれなかった武家の家じゃった。」

◯ある武家屋敷
  右之助と左之助の母が、頭を下げてい
  る。頭を下げている先は、右之助の養子
  先である。右之助を抱いているのは、養
  子先の母である。
  頭を下げている右之助と左之助の母の肩
  にぽんと手を置く、養子先の父親。

◯御霊神社
市之進「はぁはぁ。」
両兵衛「わしと右之助は、変わり代わりで生
 活を行った。それに気づくものは、おら
 ぬ。」
市之進「はぁはぁ、だから武芸も…」
両兵衛「その通り、道場に行く時も変わりが
 わりじゃ。」
市之進「はぁはぁ」
  市之進は、両兵衛の話を聞く。
両兵衛「あるときは武士。ある時は農夫。わ
 しらにしかない生活だった。この時間がた
 だ過ぎるものだと思っていた。」
両兵衛「しかし、ある事件が起こった。」

◯農場(回想シーン)
  農民が役人に向けて、抗議を行ってい
  る。
農民A「これ以上何を奪うんだ。」
農民B「いまある米は全部、納めたっぺ!」
役人「ええい。検地した分の米を取り立てた
 までじゃ!離れろ。離れろ。」
農民C「収穫した米は全部、出したっちゃ!どうやって、生活しろって言うんじゃ!」
農民D「そうじゃ!そうじゃ!検地が間違っておるんじゃ!」
役人「なに~!誰だ、今言うたやつは!成敗してくれる!」
  途端に黙る農民たち。女の農民が役人の
  前に出る。
女の農民「お願いです。これ以上は、おまん
 まが、食えねぇです。堪忍してくだ
 せぇ。」
役人「うるさい!」
  役人は女の農民を蹴る。
女の農民「あぁ。」
両兵衛「母ちゃん!」
  女の農民は、役人に蹴られて倒れ込む。
  女の農民は、両兵衛の農具を奪い、豹
  変したように、役人に襲い掛かろうとす
  る。
女の農民「うわぁあああ!」
役人「うう、血迷うたか!」
  女の農民は、役人に襲いかかる。
役人「うわぁあ!」
役人「斬れ!斬れ!」
両兵衛「やめろー。」
市之進「はっ!」
  慌てて、市之進が女を手打ちにする。
  回想終わり。

◯御霊神社
市之進「あの時の、」
両兵衛「あの時、貴様はわしの母を斬った。肉親を切られて黙っておけぬは!」
  市之進は、力が抜ける。そして倒れこ
  む。顔は出血のため、青ざめている。
  市之進はゆっくり目を閉じる。
  両兵衛と香代は、市之進がいき果てたこ
  とを確認して、神社を去る。

◯城下町
  張り紙が書かれている。町の人たちの人
  だかりができている。
町人「なんだこれ。」

香代(ナレーション)「本橋と勘解由の殺害
 について、金銭についての揉め事で話は決
 着した。検地不正については、本橋と勘解
 由が謀ったもので、藩は何も関与していな
 いという内容だった。本橋と勘解由が、ト
 カゲの尻尾となり、話は収まった。」
香代(ナレーション)「市之進については、
 本橋の間者に暗殺されたとした。」
   農村の映像がでる。そこには暴動の様
子がある・
香代(ナレーション)「検地については取り
 直しが行われ、年貢の見直しがされた。」
 ナレーション終了。

◯農場・夕方
  農場を耕す、両兵衛(左之助)。両兵衛
  は、夕暮れの太陽を見る。

◯農場・昼間
農民A「ふざけんな!」
農民B「なんだよこれ!」
農民C「どういうことなんだよ!」
農民D「うぁーん。ひでぇよー。」
  農民たちが役人たちに抗議を行なってい
  る。
役人「まぁ、みなさま落ち着いてくださ
 い。」
  物腰低い役人が話している。役人は手で
ジェスチャーを行い、農民たちを落ち着かせるように話す。口元は笑っているが、目元は笑っていない。
農民A「ふざけんじゃねーぞ。今まではなん
 だったんだよ!今更言ったっておせえーぞ。」
役人「まぁまぁ。」
  役人が農民をなだめる。
農民B「ふざけてんじゃねーぞ。」
  農民Bが襲い掛かる。
別の役人「てい!」
  別の役人が農民Bを押さえつける。農民
  を押さえつけて、刃を向ける。
役人「まぁまぁ、落ち着いて穏便に話しま
 しょう。」
  極めて穏やかに話す、物腰低い役人。
  周りの農民たちは黙ってしまう。
役人「静かになりましたね。では。」
  役人が続けて話す。
  農民の群衆の背後には、両兵衛(左之
  助)と香代の姿があった。

◯香代宅
  両兵衛(左之助)は、香代宅にいた。
  香代にまゆを作ってもらっている。さら
  に、身を綺麗にしている。
  香代は、たんすの引き出しから、右之助
  が着ていた紋付袴をとりだした。
  右之助が使用していた、大小を身につけ
  た。

◯城下前
  両兵衛(左之助)と香代は、城の前にい
  る。両兵衛(左之助)は堂々と、城の門
  をくぐる。門番は二人いるが、両兵衛を
  見て、身分を確認しない。門番二人は、
  談笑している。
  門番二人は楽しそうに笑っている。

◯城の中・トイレ
島田「ふぅー」
  島田は慌てて、トイレに入る。
島田「はぁー。全く、本橋と勘解由は。な
 ぜわしがこんな目に遭わなければいけない
 のじゃ。」
  ガチャ。
  個室から、両兵衛が出てくる。
  島田は振り返る。
島田「き、きさまは、右之助。」
  島田は驚いた顔をする。両兵衛は、刀を
  抜く。
島田「貴様、どうして、うう。」
  島田は胸を押さえて、倒れ込む。
  両兵衛(左之助)は刀をしまう。

◯城の中・トイレ前の廊下
  両兵衛(左之助)がトイレから出てく
  る。続いて家臣たちがトイレの中に入っ
  ていく。
家臣「うぁあ!島田殿!」
  家臣が慌てて、島田を抱え込む。人が集
  まりだす。

他家臣「何があったんじゃ。」
  後ろで家臣が集まってくる中、両兵衛
  (左之助)は、その騒ぎに微動だにせず
  歩く。

◯城下前
  香代が両兵衛を待っている。
  門から、両兵衛が出てくる。

両兵衛「終わった」
  両兵衛は香代に一言いい、城を後にす
  る。城の映像が出る。

◯御霊神社
  二匹の稲荷が映る。一匹の稲荷の顔は潰
  れている。もう片方の稲荷は、潰れてい
  ない。

原稿

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