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本『空白を満たしなさい(上巻・下巻)』(平野啓一郎さん著)

『マチネの終わりに』を読んで以来、深みと雰囲気のある作風に惹かれ、好きな作家さんのひとりとなった平野啓一郎さん。今日はちょっと前にドラマ化もされていたという、本『空白を満たしなさい(上巻・下巻)』を読みました。(2015年11月・講談社出版)

亡くなったはずの人々が生き返り、“復生者”となって現実世界に帰ってくるー。もう二度と会えないと思っていた人に再び会えたなら、こんな嬉しいことはないはずーと思いきや、各々様々な事情や思いがあるようで…。

主人公の土屋徹生も“復生者”のひとり。徹生は働き盛りの30代サラリーマン。仕事で身に覚えのない汚名を着せられるというつらい時期もありながら、何とか懸命に乗り越え、異動した別の部署でヒット商品を生み出すほど活躍していました。さらに、妻と1歳の息子という大切な家族とマイホームを築き、順風満帆な人生を送っていたーはずでした。ところが、生き返った徹生に突きつけられたのは、“3年前に自殺した”という現実ー。徹生は「そんなはずはない、きっと誰かに殺されたのだ」と自分を殺した犯人探しを始めます。

犯人が誰かというのも、この小説の醍醐味なのですが、一番心に残ったのが“分人”という概念。自分の中には、日々関わっている人々一人ひとりとの間に、それぞれ違った自分=“分人”が存在いるーとこの小説で語られます。確かに家族、友人、恋人、仕事仲間(さらにその各人)といる時の私は、それぞれの人ごとに表出してくる言動が違うように感じます。“分人”は関わる人々一人ひとりとの間に育ち、その人との間に関係性や絆、記憶を形作ってくれるのだと感じました。

ある日突然会えなくなる絶望。分人の存在が生きる希望にー。

私もこの小説とはちょっと違うけれど、ある日突然会えなくなってしまった人がいます。何の前触れもなく、本当に唐突にー。今日からもう会えないと知った時の絶望感。この世が足元から崩れ去り、生きるための光や意味を見失ったように感じました。きっと徹生がいなくなった時、家族や知人たちはこのような絶望感を覚え苦しんだのではないかー。しかも自殺してしまったとしたなら余計に、「私にも何かできることがあったのではないか」と悔やんだのではーと感じました。

半年以上経った今でも、私はふとした拍子にその人のことを思い出し、二度と会えないという現実と向き合うのがつらい時があります。それもその人との間に、私の中で“分人”が育っていたからなのでしょう。長い年月の中で、もしかするとその“分人”は影を潜め、忘れられ、すっかり消え去ったように見える時もあるかもしれません。けれど今後も決してなくなることはない、私の中で生き続けるのだと、この小説を通じて思いました。

平野啓一郎さんの『ある男』も、今度映画化されると聞きました。まだ読んだことがないので、気になっています。それでは素敵な読書タイムを☆

*講談社BOOK倶楽部/文庫本
 (Amazon 各748円)

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