【アニメ】作画について「好きな子がめがねを忘れた」の雰囲気が1番重要だということ
先日「好きな子がめがねを忘れた」の最終回を迎えた。
メガネを毎回忘れるちょいアホな三重さんと思春期真っ只中の小村くんのラブコメ。
原作ちょびっと読んで、「あぁ、アニメ化されるんだ」と思っていたくらい。
学生特有の掛け合いと尊さ、恋の欲深さと嫉妬も含まれた普通な作品となっていた。
今回は本作の内容に関してではなく、作画について色々言いたいことがあるので語っていく。
これから先は、あくまでも私自身の意見として読んで欲しい。
観た人ならわかる通り、凄い作画力が沢山注ぎ込まれていた。神作画というやつ。
物凄く美しくて、キャラクターと景色を写すカメラワークがヌルヌルしていたような感覚。
でも残念ながら見たい作画では無かった。
原作漫画のイラストを見てみる限り、ほんわかした緩い日常のような感じが表現されているが、いざアニメになると美化されすぎていたのだ。
3Dと2Dを上手く組み合わせたつもりだろうが......。
「めちゃくちゃ凄いでしょ?」感があってそこが非常に残念。
作品にあった作風、雰囲気が1番作品として完成度が高いため、本作のような事例は今後起こさなければいいなと思うばかり。
綺麗であればいい訳じゃない、神作画であればいい訳じゃない。
それが原作漫画のアニメ化で重要なこと。
だからといって下手な作画でもダメ。
作画崩壊すると観る人がどんどん違和感に気付きスタッフの雑な性格が分かってしまう。
本作のような場合であれば「日常系アニメの淡くて緩い」感じが合っているのではないだろうか?絶対とは言いきれないけどそこだろうな。
そこからどう描くはアイデア次第。
あと生徒が歩いている廊下のカットが毎話使い回されていて雑味を感じた。
気付いていないが恐らく同じように違うカットが使い回されてる感はあった。
美化された作画なのに対し使い回されるカット、これは本当にこれでいいのだろうか?
私は全然良いと思わない。
制作会社は「GoHands」
同じ時期に同じ制作会社の「デキる猫は今日も憂鬱」も放送された。
本作の場合ではあれば、漫画の方はほんわかな日常系な作画で出来ているが、アニメは3DCGフル活用の情景描写とカメラワーク、2D作画が同じく見れた。
最初は確かに慣れなくて過剰にリアルすぎてキモかったが、その作画を利用して現代の日本の都市描写と仕事風景、主人公と猫の、家での生活描写が対比がされていたので慣れてきた。
簡単に言うと、アニメ演出がある実写ドラマの様な感じがあって見やすくなっていった。
まぁ2話でリタイアしたが。
結論、原作をリスペクトしてください。
もう一度仰りますが、物語や雰囲気にあった作風をお願い致します。
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