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いつか滅ぼす身のために【小説】②

Ⅰ.声

 ―……アンタ…―

 ―なに?―

 ―よくそれで生きてられるわね―

 ―貶してんの?―

 それ以外、何があんのよ。と、ため息をついて紡利は独りごちた。ノロノロと動き回るたび、彩はどうにもむず痒くなる。

 紡利ほど、からかうのに適した相手はいない。
周りから見れば、きっと何もかも正反対に映る。愚鈍なくせに頭だけは良く回る紡利と、頭が軽くて口が達者な彩。

 ―とか言っちゃって。羨ましんでしょ―

 ―…は?―

 途端に紡利の目の色が変わる。怒髪天を衝く、なんて言葉を作った奴は、きっとこういう相手を直に見たんだろうな。

 ―自分よりのびのび生きてるアタシが、よ。ガチガチの自己堅牢を笠に着て貞淑ブってるイイコちゃん?―

 ―"笠に着る"は他人の権威を利用してる相手に対して使うのよ。ホントに馬鹿はいつまでも馬鹿ね。頭に来るだけ無駄だわ―

 ―ぅわぁぁぁー毒舌ゥゥ~!―

 ―お気の毒さま。アンタみたいな"狂い色"の毒には負けるわよ―

 一瞬、どこかが痙攣する。だけど、それを隠すのも一瞬。伊達に狂ってない。

 アタシは、狂ってない。

 ―あら。与えられるものによって自分を変える。そんなに難しいことじゃないはずだけど?まぁ、鈍間なだけしか能のないあんたには一生無理かァァァ―

 ―残念。アンタみたく、生きてるだけで浮気者だの縁起が悪いだのって後ろ指さされるくらいなら、のろまでいいわ。ホントに、よくそれで生きていけるもんだわ―

 そのまま紡利は、彩の反論を待たずにノロノロと何処かへ去っていく。一瞬、見えている世界が瞬いたように見えた。ゴロゴロとした振動が、彩の体を伝っていくのが分かる。

 ―………………―

 みんな、アタシを愛してくれる。
綺麗だとか可愛いだとか言ってくれる。画になるねと褒めてくれる。少し意地悪な時もあるけど、欲しいものをくれる。

 アタシは、狂ってない。
 アタシは、ただ愛されてるだけ。ただ愛されて

 そこで、声が途絶えた。
紫陽花は相変わらず、雨に打たれるたびに項垂れている。さっきまで花の上にいたカタツムリが、何処かへ行ってしまったせいだろう。

 【画になる】時にしか声が聞こえないと気づいたのは、やっぱりこんな雨の日だった。どこからとも無く声はするのに、どこを見渡しても誰もいない。
 当時は、とうとう霊感に目覚めてしまったかと、ずいぶん戦いたものだ。

 「…ふむ」

 環境によって花の色が変わる紫陽花の尊厳。
 それを見た人間が勝手に付けた花言葉。
 浮気者と謗(そし)られる紫陽花の痛み。

 もし。
 その耳に誰かの【声】が届いた時。あなたはどうするだろうか?

 --------キリトリ線--------

 『……』
 「…どう、ですか?」
 『うーん……』

 第一感触は、微妙、と言ったところか。
渾身のネタだと思ったんだけどなぁ……。

 「あはは…やっぱり、ダ」
 『いや、帯を誰に依頼しようかと思って』
 「………へ??」

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