エア柔術

1 つい先日、コロナワクチンの5回目の接種券が我が家にも届いた。私の場合、幸いにして運が良かったのか、今の所は新型コロナウィルスの陽性反応が出ていない。無料でワクチン接種が出来るのは今回が最後らしいので、柔術の稽古で否が応でも「3密」の環境に身を晒す以上、罹患した際の周囲への迷惑を考えて今回も接種の予約をしておいた。
 
 さて、新型コロナウィルスによる行動制限が解除されて、それなりの月日が流れ、コロナ禍の記憶も薄れ始めつつある昨今であるが、流行の第1波から第3波にかけての時期を振り返ってみると、国内外を問わず多くの道場が締められて、練習が出来ずにストレスを感じていた方も多かったのではないだろうか。
 そうした状況を受けて、「家でも出来るソロドリル」を紹介したYOUTUBE動画が多数UPされていたように記憶している。

 さて、行動制限が解除されて、道場に自由に通えるようになった今でも、それらの「ソロドリル」を続けている人がどれだけいるのだろう?「ソロドリル」を続けている人もいるだろうし、道場で対人練習が出来るようになったからともう止めてしまった人もいるかと思う。

 本稿では「ソロドリル」の意義及び有用性について、ジョン・ダナハーの「Solo BJJ Training Drills」を素材にして、少し述べてみたいと思う。

2 以前からジョン・ダナハーの「Solo BJJ Training Drills」という教則については何度か記事の中で紹介しているが、この教則はアメリカでコロナ・パンデミック(第1波)が起きた当時、BJJfanaticsから無料で配布されたモノである。そして、現在も無料で入手できるので、本稿を読んでジョン・ダナハーに興味を持った方は是非とも入手される事をお勧めする。


 「ソロドリル」に話を戻すと、行動制限がなされていた当時は家で「ソロドリル」を続けていたが、今それを止めてしまっている人は、道場での練習以外に家で「ソロドリル」を続ける事に意義ないし有用性を見出せなかったからではないかと思う。
 多くの道場で、練習開始前後に各種「ムービング」ないし「ウォームアップ」がなされているが、「家でも出来るソロドリル」として紹介されていた動画の多くが、それらを切り取っただけのモノであったため、道場でやるのと同じことを家でも繰り返すことに価値が見出せなかったとしても仕方がないと思う。
 「ドリル」というモノは、テクニックの打ち込みから始まって、小学校の「計算ドリル」や「漢字ドリル」に至るまで、同じ作業を反復継続する事が求められる点に特徴がある。
 したがって、スポーツや学業を問わずあらゆる「ドリル」について当てはまると私は思っているが、「ドリル」を続けようと思うならば、それを「何のために」やるのか?という「ドリル」の意義と、それを続けることで「どのような」成果が得られるのか?という「ドリル」の有用性について予め了解していなければ、どうしてもその単調作業に飽きてしまい、遠からず「ドリル」をやる気をなくしてしまうのは必然だろう。

3 「ソロドリル」をやる意義について、ダナハーが語る所を(私訳になるが)引用してみる

 「人生は複雑で、練習で怪我をしてしまった場合だけでなく仕事や家族の不幸等々様々な理由で道場に通えなくなる事があり、誰でもいつでも好きな時に道場でパートナーと練習出来るわけではない。けれども、人生のどの一日を取っても、それが柔術を上達させるのに役に立たないという事はない」
 「「ソロドリル」を行う必要性(=意義)は大きく分けて3つある。
 ひとつは、柔術で使用されるあらゆるテクニックに内在する動き(move)は、それに密接に関連したいくつかの特定の身体動作(movement)によって基礎付けられている。だから、ある身体動作(movement)がスムーズに出来るようになれば、それに関連したテクニックも自ずと上達する。
 次に、柔術は他のグラップリングスポーツと違って、グラウンドでの展開が少なくとも半分を占める。この柔術のスポーツとしての特殊性に対応して、他のグラップリングスポーツでは用いられることのない特別な身体動作(movement)を身に付けることが、柔術のレベルを上げるために必須の作業となる。
 最後に、ボクシングのトレーニングに「シャドーボクシング」があるように、柔術にも「シャドーグラップリング」が必要である。クラス前のウォームアップとは違って、常に相手を想定して、仮想敵に対しても通用するような身体動作(movement)を身に付けなくてはならない。」
 「柔術が上達するために最も重要な要素が、練習時間の量(と、その効率的な使い方、つまり、質)にある事は疑いがないが、それ以外にもうひとつmovementスキルの巧拙がある。そして、このmovementスキルは、道場で対人練習をしなくても、ソロドリルを通して自分独りで磨くことが出来る」 (「Solo BJJ Training Drills」 vol.1より)。

 ダナハーは「ソロドリル」の意義について以上のように述べた後で、「Bridging 」(要するに「ウパ(Umpa)」である)を始めとする各種のドリルの解説に入るのだが(それが本稿で述べた「ソロドリル」の有用性の話に当たる)、やはり上述したような「ソロドリル」の意義について、各人なりに理解納得しておくことが、単にこれを続けるだけでなく、その効果を増大させるうえでも必要だと私も感じている。 
 ダナハーは、自身の「Go Further Faster」シリーズ(「BJJの基礎」)の中でも、各種テクニックを説明するに先だって、まずはそれに関連する(その大半は「Solo BJJ Training Drills」で取り上げられている)「ソロドリル」について解説している。
 「ソロドリル」をやる事が、試合やスパーリングで勝つ事に直結するわけではないが、ダナハーの教える技術を理解する上で、この「Solo BJJ Training Drills」で取り上げられている各種movementを知っておくことは非常に有用だと思うし、BJJの基本として各種YOUTUBEで紹介されているテクニックを批判的に見る上でも(あるいは、自分のテクニックを見直す契機になるという意味でも)価値があると思うので、本稿ではこの「Solo BJJ Training Drills」について改めて紹介する事にした。
 後日この教則で取り上げられているmovementを題材に、柔術における基本テクニックについて再考する記事を書く予定である。

 

 

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