「夢を見るな 現実を見ろ(その2)-先生はYOUTUBE?-」

1 きちんとしたカリキュラムに基づいて生徒を指導している大手の道場ならいざ知らず、BJJに取り組む若者の多くがYOUTUBEの動画を見てテクニックを覚えようとしている。
 こうした状況をある柔術家の先生は、「日本の柔術村はテクニック病に罹っている」と嘆いておられた。
 YOUTUBEで海外の最先端のテクニックを見ることが出来るようになった今日の状況は、紙媒体やビデオテープでしか情報が手に入らなかった時代と比べると、テクニックに関する情報の量やタイムラグという点から見れば雲泥の差である。
 しかし、そこに何か落とし穴はないだろうか?

2 YOUTUBEの収益構造から来る問題点

 YOUTUBEで収入を得るためには、一定の閲覧数もしくはチャンネル登録者数が必要である。そこで、YOUTUBEにテクニック動画を上げている人々は、閲覧者を増やすために動画を頻繁に更新し、他との差別化を図るためにも目新しい内容を紹介する必要に迫られる。
 確かに、YOUTUBEに動画をUPするレベルの人はそれなりの試合実績を有している選手・指導者である事が多いが、動画を更新し続けていれば、彼が自身の練習を通して身に付けたテクニックだけではいつかは動画のネタが切れてしまう。
 日本のBJJ関連のYOUTUBEを見ると、当人が試合で使ったこともないと思われるような(主に)アメリカの動画・教則から取って来たテクニックをあたかも自分のテクニックであるかのように披露しているようなサイトが少なからず存在している。
 日本語のYOUTUBEサイトを見てテクニックを学ぶという事は、借り物の技術をさらに猿真似しているだけである。果たしてそれで本物の技術が身に付くのだろうか?

3 動画は先生足り得るか?

 仮に、日本のYOUTUBEではなく、本場の(英語もしくはポルトガル語)YOUTUBEないし教則を見れば本物の技術が身に付くのだろうか?
 私はそれも懐疑的である。
 まず、一流選手の技術はその選手個人のフィジカルスペックの高さや個性に依存していることが非常に多い。そのような技術を普通の人が真似をしようと思っても怪我をするだけである。
 その代表例が「ラバーガード」になるが、普通の人があの技術を使いこなそうとすればほぼ確実に膝を壊してしまうだろう。
 https://www.youtube.com/watch?v=ht6VYMYXHsI
 次に、(英語やポルトガル語を理解できるという意味で)言葉の壁をクリアできる人であっても、視覚や聴覚による技術の伝承には限界がある。つまり、教則を見て、聞いただけではどうしても技術を完全に理解することは不可能だと言う事である。
 武術においては、皮膚感覚が重要であると言われるが、技術の「中身」は見ただけ、聞いただけではその全てを理解する事は出来ない。やはり最後は自分の身体で感じて、皮膚感覚を通して理解しなければ本当に技術が「分かった」と言えるまでにはならないのである。
 ヒクソン・グレイシーが自身の柔術を見ただけ、聞いただけでは分からない事から「インビジブル柔術」と称しているが、むしろ技術の習得に皮膚感覚が重要である事を示す呼称としては(ヒクソンの数少ない黒帯である)ヘンリー・エイキンスの「HIDDEN(隠された)柔術」という方が正確かもしれない(注1)。
 そうした本物の技術に自分の身体を通して触れてみるという工程を省いてYOUTUBEのテクニック動画を形だけ真似したところで中身まで真似る事は出来ないだろう。

4 打ち込みの重要性

 YOUTUBEの動画を見てテクニックを覚えようとする若者の多くは、そのテクニックをスパーリングの中で覚えようとする傾向が強いように思う。
 型武道では、「型稽古」と言って決められた型を繰り返し稽古することで、その型に秘められた理合や身体の使い方を探究する作業が非常に重要になる。
 テクニックを習得する過程も「型稽古」と共通する側面があって、繰り返し打ち込みをして、スパーリングや試合の中で考えなくても自然と身体が反応するレベルまで持っていかなければ、結局はそのテクニックを本当の意味で自分のモノにしたと言う事は出来ないだろう。
 勿論、技術には基本となるモノと応用となるモノがあって、その全ての打ち込みをする必要はないと思う(時間的にも不可能だろう)。
 だが、柔術で基本となる技術について打ち込みを繰り返して、頭でなく身体で分かるレベルにまで持って行かなければ、どれだけYOUTUBEを見て技術を知っていようと、彼の技術は寄せ集めの張りぼてに過ぎないのではないだろうか?

5 ヘンリー・エイキンスの言葉

 YOUTUBEにUPされているテクニックは確かにお洒落で見栄えのするモノが多い。そうしたテクニックに若者が魅せられるのは分からなくもない。
 だが、自分が「やりたい事」と「できる事」は別物である。もし、どんな技術を習得すべきか迷っている人がいるならば、ヘンリー・エイキンスの次の言葉を参考にしたらいいだろう。
 「あなたの技術はマットの外に出ても使えますか?」
注1)https://jiujitsutimes.com/off-mat-bjj-black-belt-henry-akins/

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