柔術を武術的に再生する-下からの十字締めを例に-

1 以前から何度か「柔術を武術的に再生する」という事を書いてきたが、「柔術を武術的に再生する」と言われても抽象的すぎて分かりにくいと思う。
 そこで、本稿では下からの十字締めを例に、「柔術を武術的に再生する」とは具体的にどういう事なのか?という話をしたい。

2 「柔術を武術的に再生する」ための方法として、型稽古を通して合理的な身体の使い方を探究する、という事がひとつ挙げられる(本稿では「セルフディフェンス」的な発想等のより抽象度の高い話は割愛する)。
 BJJにおける一般的な「十字締め」のやり方は次の動画のようなモノであろう。
 https://www.youtube.com/watch?v=CEPbcysk49Y
 白木先生の説明は大変分かりやすい。そして、このやり方を習得すれば勿論タップは取れる。したがって、白木先生のやり方が間違いだと言っている訳では勿論ない。そこは誤解のないようお願いしたい。
 その上で、B・ファリア(注1)が「十字締め」について語った言葉を引用する。
 「十字締めは、(アームバー等の)極め技と違って一瞬でタップは取れない。だから、相手がタップするまで締めを継続しなければならない。100%の力で絞められるのはせいぜい2秒か3秒だが、それではタップは取れないし、自分が疲れて相手に逃げる隙を与えてしまう。十字締めをする時は、正しい形にセットアップして10%の力でタップを取るまで30秒締め続けられるようにしよう」(注2)
 さて、10%の力でタップを取るためにより効果的な身体の使い方はないだろうか?

3 そのヒントになるのが次の動画である。
 https://www.youtube.com/watch?v=gzZXjliq13s
 「またヒクソンか?」と思われた方もおられるかもしれない。だが、騙されたと思ってこの動画の1:31の箇所を見て頂きたい。
 ここでヒクソンややっているのは、十字締めのソロドリルである。白木先生のやり方と一番違うのは、白木先生が両腕を下に引いているのに対して、ヒクソンは横に引いている。なぜヒクソンはそのような腕の使い方をしているのだろう?
 「十字締め」は、相手の頸動脈を両側から手で挟むようにして圧迫し、脳への血の流れを止めることによって相手を失神させる技である。
 その原理が分かれば、白木先生のやり方を素人が真似た場合、次のような問題点がある。
 両腕を下に引くと、高い確率で手首が相手の頸動脈から外れてしまう。強く引けば引くほど外れてしまうし、何より疲れてしまう。締めをするとよく「手がパンパンになる」という話を聞くが、それは100%でなくても、力ずくで両手を下に引くからそうなるのである。
 頸動脈を左右から圧迫する事が「十字締め」の最も大切なポイントだとすれば、両手を下に引くより、手首をカールさせて頸動脈に当てて、内側に絞る(→←)方が確実に相手の血の流れを止めることが出来る。ヒクソンが両腕を左右に引いているのはそのためであろうと推察される。
 実際、この左右に引くやり方で「十字締め」をすれば、締めに力はほとんど要らない。10%どころか5%でも十分である(あくまでも自分の体感で厳密な数値ではない)。
 そして、このヒクソンの「十字締め」を具体的にやって見せてくれているのがヘンリー・エイキンスの次の動画である。
 https://www.youtube.com/watch?v=uuyiUxsyywM
 ヘンリーも腕を下に引いていない。横に軽く絞るだけである(「絞る」という表現も適切ではないかもしれない、ただ、頸動脈と手首の隙間を埋めているだけである)。
 横に絞る「だけ」と書いたが、自分でやってみると「だけ」というほど簡単ではない。私も最初は白木先生の動画のように「両手を相手の襟に深く差し込んで」「手首を返し」「下に引く」というやり方をずっと打ち込みしてきた。そのやり方で私はタップを取った事がないので、「十字締め」は使えないと思いかけていたが、ヘンリーの締め方を見て、「おお!」と思って打ち込みを続けていたら、一月くらいで十字締めが簡単に掛かるようになった。
 ただし、最初からヘンリーの「十字締め」を見ていても「十字締め」を習得することは出来なかったと私は思う。
 やはり一般的な「十字締め」を繰り返し打ち込みし、「ああでもない。こうでもない。」と技の原理を模索し続けたからこそ、ヘンリーの締め方が合理的だという事が理解できたのだと確信している。

4 本稿では「下からの十字締め」を例に取ってみたが、大事なのはどんな技術であれ「型として」繰り返し反復して打ち込みすることである。その際重要なのは技の理合を自分なりに理解し探求しようという姿勢である。
  こうした事は「試合に勝つ」事には直結しないかもしれないが、「十字締め」を理解できれば、後ろからの「送り襟締め」や「片羽締め」(「ボウ&アロー」や「クロックチョーク」etc)も理解できる。「十字締め」を習得しようとあがいていたら、いつの間にか「締め」一般への理解が深まるというのであれば、型稽古(打ち込み)を自分なりに考えながら続ける事に意味はあると思う。
 こういう発想は、私が古流柔術で型稽古に親しんでいた経験の思わぬ副産物と言えるが、自分で技の理合を考えながら打ち込みを続けていれば、ふとしたきっかけで気付きが生じ、ブレイクスルーが起こる。「武術」の稽古はその繰り返しだと私は考えている。

注1)https://www.bjjheroes.com/bjj-fighters/bernardo-faria-facts-and-bio
注2)https://bjjfanatics.com/collections/instructional-videos/products/foundations-of-brazilian-jiu-jitsu-by-bernardo-fariaに収録されている「Cross choke」のチャプターでベルナルドが語っている言葉を意訳した。

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