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自分を満たす、ということ

ばっきばきやぞ


どうも、わたしです


ありがたいことに私には要所要所に浮き上がらせてくれる人がポッと出てきてくれる
その時のためだけの人も含めて

生きるのを諦めようとした時の救いの手

それは甘い言葉だったり辛辣な言葉だったり
ただ寄り添ってくれるだけだったり

いろんな形でまだ生きてないとって思わせてくれます

隙間なんていくらでもあるのに
察知してくれる人がいるのはありがたいことです


全部「自分らしさ」を教えてくれてるのに
落ちた時にはまるっとキレイに消え去ってる不思議


今回その人は「人を大切にするとは」を教えてくれました
まあちょっと斜め上の視点からですが笑


与えられることに執着せず
ひたすら、与える


どこかに置いてきたこの姿勢
ああ、私は貰うことばかりに執着していた
からっぽだったから
だから反対側の依存症を発症していた
……のかなあ(ちょっぴり疑問


ちょっと欲が出てしまったんでしょう
しょうがないよ人間だもの

女が陥りがちな(偏見認める)
「私なら救えるかもしれない」
が発動した時はもうそれは無償の愛ではない

「救える私」の見せびらかし
相手じゃない
本当は自分が救われたいのを人を使って、してる
それが報われなかった時。異様に落ち込む

そりゃそうよ
自分を助けられなかったから

「愛が憎しみに変わる」ってこんな流れなんじゃないかなーってふと思ったのです

それを「恋」と勘違いしやすい。とかね。


自分が満たされて余裕が生まれて
やっとちゃんと相手に向き合える
恋も、友情も、家族も


私はグレーが苦手だった
ゼロか100かすぐ決めたくて
でも余裕が生まれた今
やっとグレーの美しさがわかった気がします

どっちでもない曖昧さ
どちらでもいい心地良さ
それでもやっぱり全力民としては100が好きだけど笑
そこにきちんと誠実さや信頼感、安心感があれば
成り立つ気がします

なければただのクソ野郎です、んね。


必死になるのは自分の人生だけ
他人は変えられない
ならば自分がどう変われるか
その姿を見て変わる人もいるかもだし
そうじゃなければ卒業すればいいだけだし



心が軽くなった瞬間って気持ちいいですねえ