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会いたいと思うひとにできる限り会いに行った、手術前夜。

生きづらい激動の人生をおくってきた、わたしです。もちろん「激動」にしてきたのは、わたし自身なのだと思います。すべてのことに、意味があった、と思いたい。ある意味プラス思考であるとは思いますが、裏を返せば、意味のないことはしてはいけない、とじぶんに課したルールが厳しすぎたのかもしれません。

無意識的にも社会人としての無理が出てきて、イギリスに逃げようと思った。でもそれにすら言い訳を考えた。「世界スタンダードの芸術家になるために」、と。こうやって振り返るだけでも、喉の奥が詰まったように苦しくなりますよね。逃げたってよかったんだ。認めたってよかったんだ。自由でゆったりしていて、穏やかでのびやかな、あのイギリスに帰りたかったんだ、って。

人生で楽しいことは、なかったのか?

今まで、人生で楽しんだことはなかったのか?
じぶんの人生を振りかえるポイントポイントで、じぶん自身にずっとそう問いかけていたような気がします。小学校4年生くらいまでは“子どもらしく”よく遊びよく学んでいたと思うけれど、それ以降は、ハメも外さずその世代をその世代らしくめいっぱい楽しんだという思いがありませんでした。

あの子どものように泣き喚いた夜(参照:治療のステップに上るまでの、障害。)、図らずも父親からおなじことを問われました。家族でのイギリス時代はたしかに刺激的で楽しかった。それ以降は、ただただ真面目に取り組んできただけ。様々な助言を真摯に受けとめて、制作にさえも“あそび”がなかった。振り返れば、無理やり手帳におおきく「㊡」と書き休めた日が月2日あればよい方で。興味のある展示や作家さんのトークイベントなど、じぶんの制作の勉強にプラスになるようにと予定を入れては、身体がついていかず行けないのを繰り返す日々でした。活動量を減らして!と、月1のカウンセリングで臨床心理士の先生に言われていたのにです!

ほんとうにその展示に行きたかったのか? その場へ顔を出すことで営業活動になるからとか、勉強のためだからとか、じぶんの純粋な気もちを無視してはいなかったか? ええ、わたしはじぶんの感情の声なんて、いつからかしっかり聞けていなかったのです。

会いたくない人には、会わない。

観たいな、とおもう展示はいつもたくさんありました。でも、その場所へ行くと話をしなければいけない人がいる。場所も少し離れている。気もちに少し苦いもの・重いものが混じるのなら、行くのをやめることにしました。ここで気づいたのは、その目的地で誰に会う可能性があるのか?ということが、わたしにとって重要だったということ。そこで会う人とどんな会話をしなければならないのか、ということがストレスだったということ。ですから、翻って、たとえ制作や人生に特別な付加価値が発生しなくとも、ストレスを感じずに会いたいと思えるなら会いに行こう、純粋に観たいと思えるのなら観に行こう、と決めたのです。
念のため付け加えておきますが、目的地で会うひとが嫌いだとかそういう意味ではありませんよ、笑

「死」を意識した手術までの期間

そのように決めることができたのは、実は、すこし「死」を意識していたからかもしれません。今こんなふうに言うととても滑稽に聞こえますが、入院や手術、ましてや「がん」などというものにはじめて接するわたしには、この病気と手術はそれくらい重大な事件でした。入院までの残り数か月がじぶんの人生だとしたら、少しでも嫌だなと感じることをどうしてやらねばならないのでしょう? もし人生が終わるのなら、心穏やかに会いたいと思うひとにだけ会いたい。

そのなかには、わたしの遺すことになる制作物を託したいと話したひともいました。病気のことは話さず、ただ、ワインを楽しく飲んだひともいました。これからも一緒にアートの界隈で活動できたらいいなと思うひともいました。ただただ、お肉を食べに付き合ってもらったひともいました。まだ手術のことを話していないひともいました。

それだけのことですが、ああなんて楽しいんだろう幸せなんだろうって“感じた”んですよね。じぶんの行動すべてに理由がなくてもいい。じぶん自身をがんじがらめにしてきたのは他ならぬわたしなのですが、こうして、またもやこの病気のおかげでじぶん自身を自由にしてやれたという気がするのです。

いままで必死に両手で握りしめていたもの。つかみ取らねばと思ってきたもの。それらを手放した瞬間だったと思う。手のうちからは消えてなくなったものが多いはずなのに、こころのなかは満たされはじめている。強固に巻きついた鎖が解けて身体が軽くなって、重みとしては減ったはずなのに、わたしにはたくさんあるんだと気づきはじめている。わたしを自由にしてやれたことで、わたしはゆたかな人生のつぎのフェーズへ進むことができたかもしれません。





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