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つらい思いをしているあなたへ

何日か考えた。
冷たいかもしれないけれど。
返事を書く。私信だ。

わかるよ、なんて言葉をかけたくはない。
自分なら、そんな言葉はかけてほしくない。
状況が違うのだから。分かり合えるわけがない。
吐き出していいよ。マシュマロなんかでよければいくらでも聞く。笑ったりしない。
「たかが推しのイベントごときで」とか言うやつがいたら、メリケンサックがわりにごつい指輪をつけて、ぶん殴っていいよ。
その「たかが」のひとつが、私たちを生かすも殺すもするんだ。私たちの心をどんどん削ってゆくんだ。

私に今できるのは聞くことだけ。私は、今のこの状況を解決できる術をもっていないから。
私は辛うじて都内に在住しているし、医療や介護などの従事者ではない。だから好き勝手できるのか、というと、それはそれでやはり後ろめたさもある。
だからといって、申し訳ないけれど、遠慮して推しのイベントに参加しない、ということはできない。私の心までもが折れてしまうから。あなたの叫びを聞くこともできなくなってしまう。

担降りとはどういうことなんだろう。無理やり嫌いになるの?好きという理由だけで推しだと思ってはいけないの?自分の好きを否定してしまうの?
そこに未来はまるでないの?

話は変わるけど、私は両親の離婚を当人からではなく、親族から聞いた。母とはずっと一緒に暮らしているのに、だ。決定的な事実を私は聞いていない。母は「籍は抜いた」とだけ。経緯も何も聞いていない。まぁ、察しはついている家族関係ではあったけれど。
それ以来両親にはなんの感情も湧かなくなった。母が死ぬまでは面倒を見よう、という覚悟くらいしかない。結婚も、元々願望もなかったけれど、さらにどうでもよくなった。
事実を知るまで、私は本当に僅かだけど、未来を信じていた。それが一瞬にして消え去った。
父に連絡して、経緯をきちんと聞こうと思ったけれど、結局こちらが連絡しても返事はこないまま。逃げたのか、死んだのか(たぶん生きてるけど)すらもわからない。
家族という未来はなくなったよ。

あなたの好きな人は生きてるよ。生きて、あなたに会う日のために、仕事を続けているよ。それだけで未来はあるよ。
俳優なんて明日のない仕事かもしれないのに。
あなたが会いに行くその日まで、あなたの好きな人は生きて待っていてくれるよ。様々な形で応援していれば。
見に行く人達が羨ましい、妬ましい、自然な感情だよ。私にもあった。あなたが選んだ道と変わってあげることができなくてごめんね。

でも、あなたの道を決めるのはあなたにしかできない。
仕事のせいで推しに会えないのなら仕事を辞める!といっても私は笑わない。それが自分の心を守るための手段なのだから。
私は自分の時間が欲しかったから、夢を諦めて、好きでもない仕事に就いた。欲を優先した女だ。自分がいちばんかわいいのだ。誰かのためになんて生きられない。
あなたが今なぜこの仕事をしているのか、自分が自分でいるための手段はこれしかないのか、考えてみてほしい。
あなたはどこかで自分の仕事に誇りを持っているのでは?それって素晴らしいことだよ。

本当ならあなたは今すぐ、Twitterのアプリをアンインストールするべき。
アカウントを消さなくてもいいから、そっと閉じて。楽しく推しを見に行く人たちの感想なんて見たくないものをわざわざ見ないで。そして、少し自分が強くなったな、と思ったら、またインストールすればいい。

そんな簡単なことじゃないと言うのなら

もう、信じて耐えて。

これはあなたが決める選択で、私が決めることはできない。
頑張らなくてもいい。我慢もしなくていい。
でも少しでも今の状況に誇りをもっているのなら、未来を信じて耐えて欲しい。

いつかその日が訪れるまで。

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