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自分で考えて行動しよう?

私たちは自分の意思で行動していますか?時折、感情に任せた行動をとってしまうことがあっても、自我があり知能の高いヒトはちゃんと自分のことは自分でコントロールしているはずです。もしも、体の中にいる何者かが私たちを操っていることがあるとしたら、自分の存在がゆらいでしまうわけですからとても怖いですよね
そんな自分の中に潜む恐怖を題材にした「パラサイト・イブ」は、私が寄生虫に興味を持ち始めた頃に小説が発表され、映画化し、ゲームにもなりました。あらすじは、「優秀な生化学者であった永島は、最愛の妻・聖美の事故死という現実を受け入れられず、生前にドナー登録をしていた聖美の肝臓から手に入れた肝細胞に「Eve1」と名付け、ラボにこもりきりになり、人が変わったかのようにEve1を培養し始める。Eve1は驚くべき早さで増殖し、ついには自力で培養槽を抜けだし、増殖の増進剤を手に入れようとする。そしてその瞬間に偶然居合わせた永島の教え子の朝倉佐知子の体を乗っ取ってしまう。朝倉に乗り移ったEve1は、学会の講演にてミトコンドリアの人間界への進出を宣言し、会場を焼き払い大学へ逃亡する(ウィキペディア)。」となっています。

著者の瀬名秀明氏が薬学部の博士課程の学生の時に書いたためか、舞台も架空の大学の薬学部になっています。私は、中高生の時は薬学部といえば薬剤師養成学部と思っていたため、薬学部でも生物の研究ができるのだと知ったのが第一印象でした。そのため、小説の最初の感想は怖いというよりは、その時ちょうど学校の生物の授業で習った内容がたくさん出てきていたので、科学番組をみているような感覚で楽しんでいました。しかし、映画の方は主演女優の葉月里緒菜をみせるための映画になっていて、がっかりして帰った覚えがあります。せっかく映像化するのだったら、小説ではえがけなかった恐怖を表現して欲しかったのですが。
とはいっても、科学的な根拠をもとに書かれた小説であるため、設定などがとてもよくできています。ただ、やはりしっかり科学しているためか私の母は「よくわからん」といって途中で読むのをやめていました。理由を聞いてみたら、ミトコンドリアのことがよくわからなかったらしく、本文中の説明も教科書を読んでいるみたいで嫌になったようです。物語的にも惹かれるものがなかったらしく、“誰もが分かる映像化”をするのが難しい作品だったのかもしれません。ただ、ホラーによるある“内なる恐怖”に科学的根拠を加えたのは画期的だと思います

科学的な設定がしっかりとなされている作品ですが、「ミトコンドリアが知能を持っていてヒトを操るとか面白いけど、ありえないよね。」と思っていました。しかし、大学で寄生虫のことを研究するようになり、寄生虫が宿主の行動をコントロールする宿主操作という現象があることを知りました。
例えば、ハリガネムシはカマキリやコウロギの体内で成長して成虫になると池や川に移動するのですが、この時に宿主の行動を操って、通常であれば近づきもしない池や川に飛び込ませます。鳥の腸管に寄生するロイコクロディウムはモノアラガイ(カタツムリのように陸生の巻貝)の触角に寄生し、触角の模様を著しく変化させることで、モノアラガイが鳥に食べられやすくなるようにしています。しかも、本来であれば葉の裏側に隠れているのですが、ロイコクロディウムに寄生されたモノアラガイは鳥に食べられやすいように、葉の表に移動するようになります。
さすがに脳が発達したヒトを操作する寄生虫はいないのですが、宿主であるヒトに影響を与えているかもしれないと言われているトキソプラズマという寄生虫がいます。本来は、ネコの寄生虫ですが、卵が糞と共に排出され、それを摂取したネズミは嗅覚をコントロールしてネコに近づくようになります。このトキソプラズマに寄生された人は性格が変化し、リスクの許容度が高くなり失敗を恐れなくなるという研究があります。

体の構造が単純な昆虫やカタツムリであれば、寄生虫が宿主の行動をコントロールすることは容易いですが、ヒトくらい複雑になると不可能です。そもそも、楽器の演奏やスポーツの基本動作などを反復練習しなければ、自分でも自分の体を思うように動かせないのがヒトです。何か別の生物に操られることはまず無理なことですが、私たちは体に多くの細菌を住まわせています。生活習慣が悪くなって、これらの細菌の機嫌を損ねてしまうと体の調子を崩してしまします。例えば、皮膚のpHや雑菌の処理をするアクネ菌はニキビの原因にもなり、腸内細菌は腸内環境の維持によって体全体の調子を整えているという話があります。細菌の機嫌をとるために、食べたいものを我慢したり、やりたいことを後回しにして睡眠に充てたりしています。最近の私たちは、体の内なるものに“操られている”というよりは“振り回されている”ような気がします。


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