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分類学は温故知新?

生物には名前がついています。生物学的には学名と言うラテン語の名前がつけられているのですが、日本に馴染みのある生物には和名と言う日本語の名前がつけられています。和名がつけられている生物はごく一部で、当然和名のついている寄生虫はほとんどいません。しかし、マダイには和名のつけられた寄生虫が複数います。それだけマダイとその寄生虫は、注目されていたということでしょうか?

マダイソウチツムシの染色標本です。後端(写真下)にあるクリップのような器官で宿主のえらに張り付きます。

マダイに寄生している生物で和名がついているものとして、一番有名なのはタイノエ(表紙の写真)ではないでしょうか?等脚類とよばれるダンゴムシやグソクムシの仲間で、マダイの口の中に寄生しています。また、消化器官にはクビナガコウトウチュウという寄生虫がいます。これは、鉤頭虫という種類の動物です。名前の通り頭部にかえしのついた鉤があり、これを宿主の腸壁などに刺すことで寄生しています。かえしがついていることからはがれにくいのですが、これが刺さっていると考えると痛々しいです。

マダイに寄生している寄生虫で、和名がついているものの、あまり有名ではないのが単生類です。単生類は、外部寄生虫で魚類の体表やエラに寄生しています。体表に寄生する単生類は体表の粘液などを食べ、エラに寄生しているものは血を吸います。そのため、養殖場などの大量の個体を飼育する場所では、大量発生して貧血症などの魚病の原因になることがあります
マダイにはマダイソウチツムシという単生類が寄生していることがあり、魚病の原因としても報告されています。少しややこしい名前ですが、学名をもとに考えれば和名の由来がわかります。ソウチツムシの学名は、“Bivagina tai”といい、Biはラテン語で2、vaginaは雌性の膣、taiは日本語の鯛を意味しています。
ソウチツムシは小さく(大きくても2mmくらい?)、半透明であるため、マダイを調理していても見つけることはまずないと思います。一方、マダイヤツデムシとよばれる単生類は大変大きいことから、Twitterでも目撃情報があります。ただ、そもそも単生類のことを知っている人が少ないので、かなり生き物好きのアカウントになりますが。

和名:マダイヤツデムシ
学名:Choricotyle elongata
分類:扁形動物門単生綱ツカミムシ目ヤツデムシ科
生息:後述します

マダイヤツデムシ(Choricotyle elongata)は、1894年に発見されてから、マダイやチダイの口の中に寄生している報告がたびたびあります。しかも、このマダイヤツデムシは、マダイに寄生していた甲殻類に付着していたようです。言ってみれば、寄生虫に寄生する寄生虫です。このマダイヤツデムシが付着している甲殻類は、CymothoaまたはMeinertiaに属する甲殻類であるとされてきました。しかし、マダイヤツデムシを発見した研究者(五島凊太郎と山口左仲博士)は、甲殻類の専門家ではありませんでした。そのため、近年の研究でこれらの甲殻類が、CymothoaまたはMeinertiaではないという研究報告がなされており、マダイヤツデムシが発見されて120年以上も、マダイヤツデムシが一体どんな甲殻類に寄生していたのかわかっていませんでした。そのような中、2018年に長澤和也、新田理人博士らがこの課題について報告したのが”Ceratothoa verrucosa (Isopoda: Cymothoidae) attached by Choricotyle elongata (Platyhelminthes: Monogenea) in the mouth cavity of red seabream Pagrus major(邦題:マダイの口腔内でタイノエにマダイヤツデムシが付着したことの報告) ”です。

マダイヤツデムシの染色標本です。私は実物をみたことはなかったと思っていたのですが、先日標本箱を整理していたら発見しました。

分類学において、「この生物はxxxと言われているけど、何か違うな?」という疑問が生じた場合、博物館に行きます。博物館には、論文を作成したときに使用した生物の標本を証拠として収蔵してもらいます。私も標本を目黒寄生虫館に収蔵しましたが、収蔵するのは研究対象の寄生虫だけであり、宿主の魚の標本は収めていません。同様に、五島凊太郎と山口左仲博士らもマダイヤツデムシが付着していた甲殻類はどの博物館にも収蔵されていませんでした。そこで、長澤、新田両氏は、愛媛県今治市の漁港でマダイを購入し、マダイヤツデムシが付着している甲殻類の正体を改めて確かめました。そもそも、甲殻類とマダイヤツデムシが確実にセットで寄生しているのは限らないのですが、無事セットで寄生しているマダイを手に入れられたようです。

詳細は割愛しますが、この愛媛産マダイに寄生していた単生類が間違いなくマダイヤツデムシであること、そして甲殻類がタイノエ(Ceratothoa verrucosa)であることを明らかにしました。しかし、タイノエは過去に報告のあったCymothoaに属する甲殻類ではありません。Meinertiaは、近年タイノエと同じグループの生物であるとされていますが、日本には生息していません。しかし、マダイやキダイの口に寄生している甲殻類という点から、マダイヤツデムシが付着していた甲殻類はタイノエではないかと結論づけられています

分類学の研究にはこのように過去の研究を遡って、歴史の謎を解き明かすような研究もあります。新たな発見というよりは、過去の確認のような研究ですが、昔の生物のことを知っておくことは大切です。現在問題になっている地球温暖化などの気候の変動によって、生物の生息域や発生時期などが変化しています。しかし、昔どこにどのような生物がいたのか?現在もそこに同じ生物がいるのかがわかっていないと、気候の変動の生物への影響は分かりません。

【参考文献】

Nagasawa, K., & Nitta, M. (2018). Ceratothoa verrucosa (Isopoda: Cymothoidae) attached by Choricotyle elongata (Platyhelminthes: Monogenea) in the mouth cavity of red seabream Pagrus major. Crustacean Research, 47, 5-8.


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