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あったはずの空間

そこにあったはずのものがなくなるという感覚は何故こうもわたしを不安な気持ちにさせるのだろうか。不思議な世界へ連れ込むと表現しても良いかもしれない。彼の家はそこにあったはずである。しかしそこに残されたのは真っ直ぐに張られた一本のロープと、三方を家々に囲まれた空き地だけであった。彼の両親は高齢のため老人ホームに移り住むと風の噂で聞いていた。家主がいなくなるのだから無くしてしまおうという考えは、彼の親ら

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ミギオレとサザンカさん

[ミギオレ]

その男の鼻は右に少し折れていた。それ故にその男はミギオレと呼ばれていた。少なくてもわたしの店に集う若者は皆、彼のことをそう呼んだ。
わたしの店は県立大学の近くにあり昭和の初期から創業を続ける喫茶店で、授業を終えた学生が待ち合わせ場所に使うことが多かった。
ミギオレもそこの大学の学生で、ひょろりと背が高く目鼻立ちのくっきりとした優男であった。明るい性格で友達も多いようであり、時折ガー

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美しい欠落

車道に横たわったわたしの足元に落ちていたわたしの左手はとても弱々しく人差し指を痙攣させていて、美しさに目を細めた。感じたことのないほどに早く脈打つわたしの心臓の動きを感じながら、いつも左手の中指につけていた燕の形をした指輪が引っかかったその左手はわたしの身体にまだ存在しているかのように少し赤らんでいて、コンクリートに流れた血液を逃さないように握ろうとしていた。
目を覚ましたベッドの温もりは静かな病

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四角い部屋と罪

四角い箱のような部屋に裸のわたしとむき出しの電球だけがあった。ひとつとして扉や窓のないまっさらなコンクリートの灰色が広がる四畳半ほどの部屋だ。冷たいコンクリートの床に横たわるわたしは下着すら身につけてはいなかったが、なぜかちっとも気恥ずかしさは感じずにぼんやりと天井にぶら下がった同じように恥ずかしがることなく静かにぶら下がっている剥き出しの電球を眺めていた。目が覚めてからどのくらい時間が経ったのか

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