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生成AI時代に読む「AIの遺電子」

この記事を書いているのは2023年の8月です。
昨年末のChatGPTから始まった生成AIブームの真っ盛り、アニメ化をきっかけに漫画の「AIの遺電子」を読みました。
これが想像以上に面白くて「無印(全8巻)」「RED QUEEN(全5巻)「Blue Age(6巻継続中)」と一気読みしました。
今回はその感想と考察です。
多少のネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。
とはいえ、本編の面白さは損なっていないと思うので、よろしければ以下の記事をご覧ください。



「AIの遺電子」の世界観

本格的なハードSFとヒューマンドラマ

とてもリアルに、そして豊かにAIが当たり前になった近未来を描いている作品です。アジモフやクラーク、ディックやギブスンといったゴリゴリハードSFを読んできたSFファンとしても読みごたえのある内容でした。しかも高度に倫理や哲学について考えさせられるテーマ設定も秀逸です。「ブラック・ジャックみたい」という評もありますが、それは初期の無印版で、Red Queenは長編大作でクラークの「幼年期の終わり」すら想起させるスケール感があります。現在も続いているBlueAgeは再び一話読み切りスタイルで主人公の青年時代を描いています。

超AI、ロボット、ヒューマノイド、インプラント

この漫画が最初に書かれた2016年当時は、「AIの進化をブレイクスルーするためには身体性の獲得が必要だ」、と言われていた時代だったかと思われます。AIの応答が思うように人間に近づかないで行き詰っていた頃で、人体同様の各種センサーと人同様の行動や生活から得られる各種フィードバックによりAIを学習させることで汎用化に至れるのではないか?とい仮説ですね。

もう少し簡単に言うと、真っ白なニューロ結合されたAI脳を人体に模したボディに入れて、子供を育てるように日々コミニュケーションをし、フィードバックを与えることで人間らしい応答能力を獲得できるのでは?という話です。実際、最近発売されたLOVOTなんかは人のリアクションを学習して個性を獲得していくみたいですよね。

そんな時代だったからか、「AIの遺伝子」ではAIを搭載したロボットが色々登場します。面白いのが単純にAIをヒト型ボディに搭載した「産業AI」と、超AI(これは自己改変能力を持ったAIで人類より知性が高いという設定です)がデザインしたAI脳をヒト型ボディに搭載した「ヒューマノイド」。
産業AIは昔からあるロボットのイメージで、どこまでリアルな外見と人間のような応答をしても機会として扱われます。
一方で「ヒューマノイド」は人間に限りなく近づけているため、能力にも制限が設けられ、寿命もあります。(あらかじめ超AIによってそのように設計されていて、人間もこれを解除することはできません)そのためなんと人権を与えられて普通に社会で生活しているのです。
なかなかよく練りこまれた設定ですよね。

そんな社会で人とヒューマノイドが様々な悩みにぶつかりながら相互に作用しながら生きている、そんな不思議な、でもけっこうあり得るかもね、という世界が描かれています。

2023年現在とのギャップ

思ったほどバイオは進まず

ところが2023年現在、思ったほどにバイオ医療はそこまでは進まなかったですね。これには技術的な問題もさることながら、倫理的な問題が大きく立ちはだかり、マウスや家畜以上のクローン技術が世界的に禁止された事が大きいと思います。補助デバイス的なものはいくつか障がい者医療の分野で出てきているようですが、人間ボディを丸ごと実験室で作るような行為は認められていません。

ChatGPTの登場

しかし人類の探求とは止まらないもので、単純にAIへのインプットを莫大に増やしてみたらまるで知性を持ったような回答を出せるAIが出来てしまった、というのがLLM(大規模言語モデル)の衝撃的な性能ですよね。いや、知性の獲得にヒト型ボディ要らんかったやん!?と。
でもこれは甚だしい誤解で、今の生成AIは「知性」と呼べるものではなく、単なる穴埋め問題を山ほど解かせたら人間っぽい回答を生成するようになった、という話であって、真に問いを理解して回答を出しているわけではありませんよね。

知性ってなんぞ?

ところがLLMが登場したことによって、「いや、でもマジで回答が人間っぽいじゃん?これ知性って言っても良いんじゃない?」という言説が出てきたわけです。
人間の知性とはインプットに対して一定のアルゴリズムで回答を生成する行為である、その際には情報を記号化してそれを再構築して言語や画像と言った記号を生成して他社に伝えているのである、と考えると、LLMがやってる処理ってまさにソレですよね?と。

さあこうなってくると「知性って何?」「理解しているって何?」という哲学的な命題が立ち上がってくるわけです。面白いですねえ。
ジャック・デリダとかが生きてたら今の生成AIを見てどう言うんでしょうねぇ。
「AIの遺電子」とは少し違う発展の仕方になってきましたが、でも「人間並みのAI」「人間と区別のつかないAI」という存在は、急に身近なテーマになってきたようです。

シンギュラリティーについて

レイ・カーツワイルが言った技術的特異点は2045年にやってくると予言されていましたが、2022年から始まった生成AIブームの中で人によっては「既にシンギュラリティは始まっている」と言う人も出てきました。日本人では落合陽一さんやホリエモンこと堀江貴文さんなんかはそういう派ですかね。
まあ何を持ってAIがヒトを越えたとするのかは諸説あると思いますが、ここでは汎用人工知能が生まれた時としておきましょう。そういう意味では、ChatGPTやStable Diffusionは特化型AIだからまだまだ汎用人工知能ではありません。汎用人工知能は言って見ればドラえもんレベルのAIです。まあ、会話だけなら既にドラえもんより賢い回答をしてくれてる気もしますが。
自然語を流暢にあやつるChatGPTを使っていると「コレほんとうにAIが回答してるの?」と思わされるし、チューリングテストはとっくにパスしてしまっていると思われます。画像系AIもそうですよね、アートの審査員が優勝に選んでしまったわけだから。もう人間には区別がつかないレベルまで今のAIは到達しているのは間違いありません。
OpenAIのサム・アルトマンさんも「汎用人工知能を最初につくる会社になる」と言っていたので、本気で数年以内にはシンギュラリティーが来ちゃうのかもしれませんね。

これからの数年で変わる社会に向けて

道具の発明は身体の拡張である、と誰かが言っていたと思いますが、この考え方は案外広く引用されているんじゃないでしょうか?
棒切れを拾って獲物を追いかけていた原始時代から、足の延長としての自動車、手の延長としてのハサミや包丁、脳の延長としての電卓やPCやインターネット。そして今さらにAIがヒトの知性や意識を拡張しているんだ、という解釈です。
そう考えると、今の生成AIブームも、初期の熱量が下がって落ち着いたところからが社会実装の段階なのかもしれません。ハサミで人を傷つける人もいるけど、トータルでは人類の役に立つから広く普及していますよね。
包丁は少し危険だから、一定のサイズ以上は持ちあるく時は許可が必要です、銃器は(日本では)基本的に禁止で、猟師さん達には特別な許可証を出して管理しています。
自動車も相変わらず毎年毎日交通事故で人が死んだり怪我したりしていますが、だからといってどの国も禁止にすることなくルールを定めて利用する方向です。

では、核分裂は?遺伝子組み換えは?
おっと、難しい領域に入ってきましたね。「ルールを定めて活用」とは言い切れない技術が出て来ました。「使わない」というルールも必要かもしれません。


では汎用人工知能は?特化型AIは?ヒトそっくりのヒューマノイドは?

国際ルールを定めて活用していけば良いでしょうか?

それとも根本的に禁止にすべきでしょうか?

1つの思考実験として、「AIの遺伝子」は大変参考になるテーマをいくつもいくつも提示してくれています。マンガであるということもあって、もちろん作者の素晴らしい表現力もあって、誰でも気軽に楽しく読めて、そのうえ最先端のテーマについて考えるヒントを提示してくれています。
ぜひぜひ一度手に取って読んでいただければ。

おまけ

主人公が裏の仕事を受ける際に使っている「モッガディート」という名前ですが、あれってティプトリーのSF小説「愛はさだめ、さだめは死」に出てくる宇宙生物ですよね!?
作者のコラムでは触れてませんでしたが、ウイキペディアにはそう載っていたので間違いないかな、と。
「モッガディート」悲しい定めの生き物なんですよねぇ。作者の山田さんは、主人公の須藤は、どういうつもりでこの名前を名乗っているのでしょう。自分は運命に翻弄される小さな生き物でしかない、そんなメッセージなのでしょうか?
これは勝手な考察として楽しんでおきます。

ちなみに「愛はさだめ、さだめは死」も超素敵なSF小説です。短編集なのでそんなにハードでは無いかと。おすすめです。
作者のティプトリーJrは謎の人物で、劇的な生涯を送ったんですよねぇ。いつかこれも記事にしたいなと思います。


今回のお話はここまでです。
最後まで読んでいただき有難うございました。
また気が向いたら立ち寄ってください。

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