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ドラマみたいな終わり方

「アンタ今日誕生日だろ?帰りにケーキでも買ってくるわ」

なんてことのない平日の朝。
ただその日1つだけ特別だったのは、奥さんの誕生日だということ。

そして、夕方。
ケーキを買って帰ってくるはずの旦那は、霊安室で眠っていた。
心筋梗塞で急逝した彼は外傷もなく正に眠っているという比喩が正しい。
持病も無く程々に健康だった50代の生涯は、唐突にプツリと終わりを告げた。

これは今年の春先、僕の叔父が亡くなった実際の話。

鉄工所で働いていた叔父はその日の朝も普通に自家用車で出勤しいつも通り働いていた。
しかし昼休憩を過ぎても現場に戻ってこないので同僚が探しにきたところ、愛車のすぐ傍で倒れていた。
その時には既に心肺停止状態であり病院に運ばれ死亡が確認された。

奥さんも同僚もそして本人も、異変は誰も感じていなかった。
自分の両親が癌で死去した際
「早すぎるだろ」
とこぼしていた彼は、誰にも看取られることなく旅立った。

病院では奥さんに対して今後の説明や各書類への署名が矢継ぎ早にわめき立てられ、その度に彼女は
「また今日の日付を書くんですか?今日私の誕生日なんですよ」
とため息を吐いていた。
遺体の確認の時
「ねぇ、こんな所で何してんの?こんな誕生日プレゼントいらないんですけど」
と真顔で言うくらい実感のないまま、検死解剖やら葬儀やら遺体の安置にかかる費用やらを説明され死という事実だけが他人事みたいに積み重ねられていく。

良い所出の一人娘のお嬢様。
自他共に認める『何もできない』人。
叔父は彼女を一生守り全ての面倒をみる覚悟で嫁にもらった。
実際大学卒業後結婚してからほぼずっと専業主婦(なお家事はほとんどしない)であり、生活にまつわる手続きの全てを叔父が行っていた。
それは公共料金の支払いからビデオの録画に至るまで、本当に全て。
彼女は旦那とアニメやドラマを観たり植物の世話をしたり、どうぶつの森やドラクエビルダーズで家のデザインをする日々を送っていた。
子は持たずいわゆる友達夫婦のまま一緒に老いるはずだった。
50代後半にして、何も分からないお嬢様はたった1人社会に放り出された。

ドラマみたいな終わり方をした日常。
そしてフィクションみたいなステータスの一人暮らしが始まった。

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