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今のハードコア・テクノが存在しなかったら?

先日、FacebookにあるPCP / Planet Core Productionsのファンが集う公開グループに興味深い投稿があった。それは、1990年にドイツのPlanet Core Productions(以降PCP)が発表したハードコア・テクノの始まりとされるMescalinum United(Marc Acardipane)の「We Have Arrived」が存在しなかった場合、誰がハードコア・テクノ・サウンドを作っていたか、という投稿。それに対してハードコア・テクノのマニア達がそれぞれの意見を交換し、非常に興味深いディスカッションが行われていた。

インダストリアル・ミュージックのCoil「Sicktone(1985)」、アシッド・ハウスのHumanoid「Stakker Humanoid(1989)」、さらには1970年代のミュージックコンクレートまで遡り、Mescalinum United「We Have Arrived」が存在しない世界線を皆で想像し、誰がハードコア・テクノを誕生させていたのかを考察していた。

既に同じ議論は昔からされているようだが、Mescalinum United「We Have Arrived」がこの世に生まれなかったら本当にどうなっていたのだろうか。「We Have Arrived」の存在しない世界を考えれば考えるほど、この曲が与えた影響はあり得ないほどに大きく、軌跡の1曲であったのだと痛感する。

「We Have Arrived」については『ハードコア・テクノ・ガイドブック オールドスクール編』でMarc Acardipane本人に生まれた背景を語って貰っているので興味のある方は手に取って読んでいただきたいのだが、簡単に説明しよう。

「We Have Arrived」は『Reflections Of 2017』という12"レコードのA面に収録されており、1990年にPCPからホワイト盤がリリースされ、1991年に正規盤がリリースされている。楽曲自体は1989年に作られていたらしく、レコードがリリースされる前にライブで披露していたそうだ。

まず、「We Have Arrived」のなにが特別なのかというと、この曲以前にキックを過剰に歪ませたダンスミュージックはほとんど存在せず、歪んだキックをダンスミュージックとして成立させた点が挙げられる。『ハードコア・テクノ・ガイドブック オールドスクール編』でも語ってくれているが、この曲をライブのリハーサルで鳴らした際、Marc AcardipaneのところにPAがやってきて「スピーカーを壊すつもりか!」と注意されたそうだ。キックが歪んでいるのでMarc Acardipaneの機材が壊れていると思われたらい。この時代(1989~1990)、あそこまでハードなサウンドと歪んだキックは極端にいってしまえばダンスミュージックとして間違っている、または成立していない、という認識であったのかもしれないが、Marc Acardipaneは絶対的な自信のもとに「We Have Arrived」を12"レコードにして世界に発信した。その結果、「We Have Arrived」は急成長を遂げていたドイツのテクノ・シーンで大きな話題となり、徐々にこのハードなサウンドは受け入れられていった。そして、アメリカのIndustrial Strength Recordsからライセンス・リリースされドイツ/ヨーロッパからアメリカにも飛び火する。

「We Have Arrived」に衝撃を受けたテクノやハウスのプロデューサー達がその影響を自身のトラックに反映させていき、ハードコア・テクノが誕生。Aphex Twinは「We Have Arrived」を絶賛し、1992年にR&S Recordsから発表された『We Have Arrived (Remixes By Aphex Twin & The Mover)』に「We Have Arrived (Aphex Twin QQT Mix)」と「We Have Arrived (Aphex Twin TTQ Mix)」を提供。この二つのリミックスはAphex Twinの名盤アルバム『Classics』に収録されたことで広く浸透した。
90年代前半にAphex Twinが残しているハードコア・テクノには「We Have Arrived」の影響を色濃く感じさせるものがある。Aphex TwinはDJセットでいまだに「We Have Arrived」の原曲をプレイしていることから、Aphex Twinにとっても特別な曲であるのは間違いないと思う。

「We Have Arrived」はハードコア・テクノだけではなく、ガバの誕生にも関わっている。その証拠として、世界で最初のガバ・レーベルであるRotterdam Recordsが1992年に発表したレーベル第一弾作品のEuromasters『Amsterdam Waar Lech Dat Dan?』のタイトル曲で「We Have Arrived」がサンプリングされており、ガバという音楽の誕生のキッカケに「We have Arrived」があるのが解る。

1990年から1994年までにMarc Acardipaneは多数の別名義を使い、ハードコア・テクノを出発点としてドゥームコア、スピードコア、インダストリアル・ハードコア、アシッドコアの原型をPCPとそのサブレーベルから連発した。近年ではDJ Mad Dogが提唱するダウンテンポのコアパートにもMarc Acardipaneの存在が感じられる。

一人の人間が成し遂げられる以上の功績を持ち、音楽史においてMarc Acardipaneの重要度は最上級にあるといえる。彼がいなければ、今日のハードコア・テクノとそれに付随する全てのサブジャンルも存在していなかった可能性があるかもしれない。

もし、「We Have Arrived」が存在しなかった場合、個人的な視点から考えてみると1990年にThe KLFがThe Justified Ancients of Mu Mu名義でリリースした「It's Grim Up North (Original Club Mix)」は、最初期インダストリアル・テクノと称されているが、ハードコア・テクノにカテゴライズできる部分がある。PCPと同時期に活動を開始させていたアメリカのUnderground Resistanceも攻撃的で速度感のある曲をリリースしており、「Punisher(1991)」「Sonic Destroyer(1991)」はハードコア・テクノといえる。

RAVEがヨーロッパで爆発的に広がっていく過程において、ドラッグとの関係もありプレイされる音楽のBPMが上昇していくのは避けられなかった為、テクノも高速化していき、Marc Acardipaneがいなかったとしてもハードコア・テクノは生まれていたのかもしれない。ベルギーのニュービート~ベルジャン・ハードコア勢が生み出したかもしれないし、オランダのHithouse Records勢がガバより先に生み出したかもしれないし、インダストリアル・ミュージックから派生した動きの中で生まれていった可能性もある。

「We Have Arrived」が無くてもハードコア・テクノは誰かがいずれ生み出したかもしれないが、ハードコア・テクノが今のように多くのサブジャンルを持ち、世界規模での発展は無かったかもしれない。一つのスタイルと場所に留まることなく、挑戦をし続けたMarc Acardipaneが最初にハードコア・テクノを生み出したからこそ、現在の状況があると個人的には思う。












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