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モダン・ハードコア・テクノ#2

前回に続いて、近年のモダン・ハードコア・テクノを取り巻く状況を個人的な視点から記録しておく。

モダン・ハードコア・テクノにはMarc Acardipaneと彼のレーベルPCP(とそのサブレーベル含め)が引き金の一つであったはずだ。前回触れたNina KravizやHelena HauffがAcardipane関連のレコードをプレイしなければ、モダン・ハードコア・テクノはもっと違った形となっていただろう。
だが、彼女達がAcardipane関連に注目する前から既にハードコア・テクノがリバイバルする予兆はあった。

ハードコア・テクノの死灰復燃まで
2010年代、インダストリアル・テクノはどんどんとハードになっていき、ハード・テクノ的な方向性になるものや、その名のルーツに立ち返る様なインダストリアルで実験的な方向性を追求するものなど、かなり刺激的な変化が起きていた。
インダストリアル・テクノ・シーンで人気のレーベルであるPerc TraxからシングルをリリースしていたTrussは2012年にMPIA3名義でオールドスクールなハードコア・テクノのフィーリングを持った『Your Orders』というシングルをR & S Recordsから発表。MPIA3はMescalinum United「We Have Arrived」やPilldriver「Pitch-Hiker」をDJミックスでプレイしており、『Your Orders』が確実にハードコア・テクノの影響下にあって生まれたのが解かる。
この頃(2012年)、R & S Recordsは実験的なグライムやダブステップにフォーカスしながらもLoneのシングルやアルバムで現代的なRaveミュージックも推しており、MPIA3は絶妙なタイミングでリリースされた。MPIA3がどれだけの影響力を持っているのかは明確に見いだせないが、このレコードがリリースされて以降、インダストリアル・テクノ周辺は更にハードになっていった。特に、Perc Traxはよりストレートにハードコア・テクノと密接に繋がって行く事になる。
MPIA3『Your Orders』の翌年、Boys Noizeは『Go Hard』というEPで90年代チックなRaveサウンドにハードコア・テクノの断片も交え、インダストリアル・テクノやロウハウス/テクノ、EBMにも接近。メインストリーム側ではMad DecentがThe PartysquadやYellow Clawと共にトラップとハードスタイル、エレクトロ・ハウスを混ぜ合わせていた。

Post Raveの誕生
2011年頃、イタリアのGabber Eleganzaはtumblerにてガバ/ハードコアをメインとしたRaveカルチャー全般のアーカイブを共有し、ガバのトラディショナルなファッションや独特なフライヤーデザインはファッション方面でも注目される。Gabber Eleganzaは筋金入りのオールドスクール愛好家達からも信頼される一方、トレンディーなファッション業界とも繋がり、日本のPOP EYEもGabber Eleganzaをピックアップした。
さらに、Gabber EleganzaのDJミックスはオールドスクールと現行のガバ/ハードコアに、エクスペリメンタルなテクノやベースミュージックを繋ぎあわせ、新しい音楽を探していた人やハードコア系以外のリスナーに普遍的なガバ/ハードコアの魅力を伝えた。もし、彼がオールドスクールなガバ/ハードコアだけをプレイしていたら、今程の広がりは起きていなかっただろう。Mumdanceのウエイトレス・グライムにインスパイアされたと思われる『Never Sleep #1』といった実験的な作品と並行して、ステージでダンサー達がハッケンするThe Hakke Show、そして今も自身のtumblerやInstagramを通じてトラディショナルなガバの魅力も上手くパッケージングして紹介し続けている。
Rinse FMで始まったGabber EleganzaのPart-Time Raverというプログラムでも、現行のガバ/ハードコアを積極的にプレイして次世代のアーティスト達をフックアップ。2017年にはCasual Gabberz Recordsもスタートし、Gabber EleganzaやNever Sleepを中心としてPost Raveというカテゴリーが誕生。Post Raveはジャンルではなく概念として驚異的なスピードで世界中に飛び火していった。
Gabber Eleganza達が中心となって作り上げたPost Raveの功績は現段階でも非常に大きいが、もう少し後になってからその重要性を我々は理解出来るのかもしれない。

歪みを増したハードコア・テクノ
インダストリアル・テクノから派生した過激なスタイルはアンダーグラウンドを中心に2010年代中頃から熱を帯びていき、South London Analogue Material、Industrial Techno United、BANK Records NYC、Scuderia、Green Fetish Records、R - Label Group、Havenといったレーベルからハードコア・テクノ~インダストリアル・テクノ~ノイズミュージックをボーダレスに行き来するレコードが続々と現れた。
パワーエレクトロニクス的な厚みのあるノイズと叫び声を用いたAnsomeのトラックは、インダストリアル・テクノというよりもインダストリアル・ハードコア寄りであったし、PanaceaのNew Framesはドイツの伝統的なリズミックノイズやインダストリアル・テクノを現代的に解釈し、テクノと結びつけた。Continuum Series 1991-1998という謎のレーベルはPost Rave的な視点も持ちながら、オールドスクールなハードコア・テクノやインダストリアル・テクノのバイブスや手法をブラッシュアップさせ、ホワイト・レーベルでのリリースなど、アンダーグラウンドに拘った活動で90年代のRaveシーンの雰囲気も現代に蘇らせた。Keepsakesと彼のレーベルHaven、リズミックノイズ系レーベルとして有名なHands Productions、さらにJK FleshとOrphxもこの流れに引き寄せられていき、ハードなインダストリアル・テクノの一部がモダン・ハードコア・テクノになったのだと思う。ハードコア・テクノのリバイバルにはインダストリアル・テクノが必要不可欠であったはずだ。


Head Fuck Recordsや Motormouth Recordzなどのインダストリアル・ハードコア・レーベルから作品をリリースしていた[KRTM]は、2010年代中頃からテンポを落としたテクノ的なスタイルに変化していき、インダストリアル・ハードコアの要素もあるダンサブルでストレンジなレコードでテクノ・シーンでも支持される。[KRTM]はAnsomeやDJ Speedsick、Ontalのようにパワーエレクトロニスやインダストリアル・ノイズをテクノと中和させた歪みのあるトラックをクリエイトしているが、UKのノーフューチャー周辺や前頭のR & S Recordsも含む初期ベルギー・テクノからの影響を感じさせるフリーキーさと、インダストリアル・ハードコアの無骨で攻撃的な部分の濃い所をそのままテクノのフォーマットに持ってきている事が、ハードコア・シーンでもテクノ・シーンでも支持されたのだと思う。
ハードコア・テクノやノイズの要素が強くても、ノーフューチャー勢やベルギーテクノ/Raveの血筋がある為、どんなに過剰でストレンジでも最終的にダンスミュージックとしてまとめられているのだろう。これは[KRTM]とレーベルを運営しているTrippedにもまったく同じことが言える。彼等二人はインダストリアル・ハードコアとインダストリアル・テクノ・シーンを繋ぎ、ハードコア・テクノそのものをアップデートさせた重要人物だ。


また、AnDとしてメインストリームのテクノ・シーンにも参入したAndrew BowenはSlave To Society名義でノイズミュージックとハードコア・テクノ、ブレイクコアを重工にミックスした芸術的な歪みのある作品を発表し、近年最も注目すべき存在である。元々、AnDでもハードコア・テクノ的な作品を制作していたが、Slave To SocietyではPraxisやDrop Bass Networkなどの実験的なハードコア・テクノやアシッドコアに通じる作風を展開。リズミックノイズやブレイクコアの攻撃性を巧みにコントロールしており、AnDとして得たテクノのグルーブにそれらを落とし込み、ハードコア・テクノやブレイクコアの濃い部分はそのままに、過剰であるが人々を踊らす事の出来るトラックを生み出し続けている。Slave To SocietyはE-Saggilaと同じく、ノイズミュージックとハードコア・テクノを繋ぐアーティストとして双方のリスナーから支持を集めるだろう。ブレイクコア・ファンはなおさらチェックすべきだ。

モダン・ハードコア・テクノの動向を追うには↑でピックアップしたアーティストの音源やDJミックス、レーベルのカタログ以外にもHÖR BERLIN、Boiler RoomのHARD DANCEのポッドキャストをチェックするのがいいだろう。ドイツは相変わらず、テクノのしっかりとした下地のあるユニークな作品を作っており、フランスやイギリスも面白いものが多いが、個人的にはアメリカのハードコア・シーンにとても魅了されている。注目すべき新世代アーティストやDJは幾つかいるが、その中でも圧死するような重さと吹き飛ぶようなパワーとブルータリティを誇るハードコア・バンドJesus PiecesのドラマーであるLu2kは、オルタナティブなハードコア・テクノの可能性を体現している。Lu2kのDJミックスを聴けばわかるが、Gabber Eleganza以降のPost Rave感ともいえるスタイルがあり、Kilbourneとの共作でもその方向性を映し出していた。
Lu2kだけではなく、ハードコア・テクノやガバを純粋に好んでプレイするDJはどんどん増えている。ハードコア・テクノ/ガバだけに囚われず、ジャングルやヒップホップ、エクスペリメンタルなど、自身が良いと思えたものは積極的にプレイし、ジャンルというカテゴライズは以前よりもその意味が変わってきている。ジャンルに翻弄されてきた身としては寂しい部分もあり、羨ましさからくる嫉妬心も正直あるが、それでも今のこの状況が一番音楽を楽しめると思うし、良い音楽を紹介してくれるアーティストやDJは以前よりも多いのかもしれない。


ハードコア・テクノは今後どうなるのか?歴史を振り返ると90年代初頭はハードコア・テクノが量産されまくり、Richie HawtinやJoey Beltram、Mijk Van Dijkといったアーティストもハードコア・トラックを制作し、Jeff MillsもCal Coxもハードコア・テクノをプレイしていた。その後どうなったかは知っての通りだろう。一度上がったテンポとハードになったサウンドは緩やかになっていく事が大半だ。アンビエントやトランスといったジャンルが90年代は新しいもので、そちらに流れたアーティストとレーベルも多かったのもある。
だが、前回も触れたが、ハードコア・テクノは現代では定着しつつある。その背景には、ハードコア・テクノのトラックはクラブのフロアに居る人々を即時に盛り上げられるという作用的な部分が重要視されているのと、それまでハードコア・テクノを知らなかった人々にとっては目新しさから、他のジャンルのDJやリスナーに注目されているのかもしれない。昨今、Raveミュージックとカルチャーに多くの人々が引き寄せられているが、ハードコア・テクノ(特にガバ)のサウンドとカルチャーはメディアからもリスナーからも、まだ若干ギャグ的に見られる様にも感じる。もちろん、それはこの数十年変わっていないし、僕の間違った捉え方もあるかもしれない。
非常に悪い言い方をすれば、メディアやDJ達に使い捨てにされるジャンルや文化はあったし、これからもあるだろう。しかし、ハードコア・テクノに関しては、本気で愛してサポートする人々の数はその倍になってきていると感じる。まったく想像もしていなかった世界が我々を待っているかもしれない。そして、その一部になれるチャンスは常に近くにある。

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