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Shiro The Goodman『踊り狂って飯が腐るのだ』

今年1月に東京に帰省した際、前々から気になっていた武蔵小金井のRECOfanに行ってみた。武蔵小金井駅から徒歩で数分の所にあり、スペースは広く在庫数も多く、珍しいCDやDVDがあったので結構な量を買ってしまった。
店内を掘り進めていく中、自分が10代の時に大きな影響を受けたShiro The GoodmanのMix CD『踊り狂って飯が腐るのだ』を見つけた。このMix CDには色々な想いがあるので、2000年代の日本にオールジャンルのDJスタイルを根付かせた重要な人物の一人であるShiro氏の功績を『踊り狂って飯が腐るのだ』を通してアーカイブしておきたい。

Shiro The Goodman - 踊り狂って飯が腐るのだ(Dance Crazy, Till A Meal Gets Rotten)

Shiro The Goodman『踊り狂って飯が腐るのだ』はROMZから2003年7月にリリースされたShiro氏による唯一のMix CD。IDM~ダンスホール~ブレイクコア~ラガジャングル~ブロークンビーツ~ダブなど、様々な音楽が30曲以上収録されており、11トラックに分け降られている。

ダンスホール・レゲエが全体の柱にあり、2000年代前半のポスト・ラガムーブメント、ブレイクコア/ラガコア、ラガジャングルを象徴するアーティストやレーベルの音源が多く使われている。今作はターンテーブル上でのDJミックスというよりは、スタジオで編集されて作られたように聴こえる。BPMのずれもなく、スムーズに最初から最後まで繋げられているが、選曲とミックスのポイントからShiro氏の個性とスキルが反映されている。

Shiro氏のDJプレイは非常にグルーブを重要視していて、レコードとレコードが会話して繋がっていくような不思議なグルーブ感があった。故に、クラブという場所から離れた所でShiro氏の魅力をどうやって表すかが難解な点であったと思われるが、Mix CDというフォーマットを優先しつつも、Shiro氏が現場でやっていた/きたことを落とし込めている。

注目すべき点は幾つかがるが、ROMZファンとしてはROM=PARI(Joseph Nothing)とRobo*com(COM.A)の未発表曲が収録されているのが見逃せない。特に、Robo*comの「Monkey Fucktory」はDJ Scudを意識して製作したとCOM.A氏が話されていたが、今聴いても再現度が高くて驚く。COM.A氏はDJ/ruptureとのスプリット『No Heathen』でRobo*comに近い煙たいラガジャングルも残している。

Mix CDはElectric Music ComposerとOtto Von Schirachによる電子音の往復ビンタから始まり、ROMZの纏っていたIDM/エレクトロニカ最左翼感を体現している。
そこからGold Chains「Nada」の倍速仕様(45回転?)で一気に雰囲気と表情が変わり、The Bug Vs The Rootsmanによるハードコア・ダンスホールのヴァージョンからブレイクコアへと繋がれ、あっという間にShiro氏の狂乱のダンスホール・ヴァイブスに飲み込まれる。
正直、「Nada」に関してはこの回転速度が一番良いと思ってしまうのは、このMix CDを聴き込んだからだろうか?Shiro氏は回転数を変えてレコードをプレイすることはよくあり、いつも原曲より良く聴こえさせるようにしていた。回転数を変えた仕様でライセンスを取ってCDに収録するのは、何だかデタラメでShiro氏の人柄を思い起こさせる。

そして、もう一つ注目すべき部分が、Si Begg「Moveup」のアカペラとSweet Exorcist「Testone (Winston And Ross Mix)」のマッシュアップ。不気味な程にピッタリと二つの曲が合っており、両曲の背景を考えるとインダストリアル・ダンスホールとも呼べなくはない。このマッシュアップは、最初期テクノ・ダンスホールの一つと思われるCoilの「The Hills Are Alive」を連想させる。
Shiro氏の音楽的なビジョンの大半はダンスホールとレゲエで構成されているのではないかと思うが、インダストリアルも彼の音楽観に大きく含まれているはず。インダストリアルといっても音そのものだけに絞られており、退廃的な世界観や表面的なインダストリアル感というのを抜き取って、DJツールの一つのようにインダストリアルな音色を使われていた印象だ。

前途したマッシュアップから、Chevronの捻じ曲がったアシッド風味な「I Remember」を挟んでDoormouse、OVe-NaXx、Soundmurderer & SK-1とアグレッシブな曲が続きBPMも加速していくが、普段自分が聴いているようなブレイクコアやジャングルのDJミックスと違って謎の清潔感と纏まりがある。
Shiro氏のDJの特徴的な部分に、レコードの表情を変えさせるというのがあった。鬼シリアスなレコードも前後に繋ぐレコードやミックス(そして彼のヴァイブス)で、何処か茶目っ気があるように聴こえる時があった。それはある意味で、ブレイクコアやラガジャングルといったジャンルの良さを抑えているかもしれないが、Shiro氏がそれらハードなレコードを2003年当時の東京のフロアでプレイしても、お客さんを躍らせられていたのには、そういったタイプのレコードを綺麗に聴かせる術を身に付けられていたからだろう。それによって、そういったレコードの需要が東京でも上がっていったというのはあるはずだ。曲の表情を変えられるDJは本当に凄いなと思う。

後半からラストパートに掛けてはMachine Drum、Odd Nosdam、Wevie Stonderなどのコラージュ感のあるブロークンビーツからOnce11、Jan Delayの冷えたダビーな曲で〆られる。
これだけの曲を日本のインディペンデント・レーベルがライセンスを取ってしっかりと流通に載せて展開させたのは素晴らしい。ShitmatやDoormouseの曲が収録されたCDが大型ショップに並ぶ様は面白かった。

『踊り狂って飯が腐るのだ』は様々な面で重要度が高いMix CDだが、個人的には特典で付属されていたオマケのMix CDの方にめちゃくちゃ影響を受けた。特典の方はライセンスを取っていない曲だけで纏められたような構成であり、ターンテーブル上での一発取りだと思われる。
1曲目からレコードノイズがバチバチに入ったBeenie Manで幕を開け、そこからTribe Of Issachar、Knowledge & Wisdom、Ram Jam World、Rotator、The Bugとラガな曲が投下されていく。Shiro氏のDJスタイルを本質的に味わうにはMix CDと特典CDを合わせて聴く必要があるだろう。多分、この特典Mix CDの方がShiro氏の魅力をパッケージ出来ている。

『踊り狂って飯が腐るのだ』がリリースされた2003年とういと、ラガジャングルがリバイバルし、Soundmurderer & SK-1、General Malice、DJK、R.A.W.(B-Boy3000)、Chopstick Dubplateがニュースタイルなラガジャングルを開拓し、Planet-MuはRemarcとBizzy Bの再発を進め、Suburban Base RecordsやCongo Nattyも過去のクラシックを再発。Shiro氏はそれらのラガジャングルをセットに取り入れ、ジャングルが一切かからないイベントでも堂々とプレイしていた。当時はShiro氏のDJにイルリメがMCを乗せるセットも頻繁に行っており、多種多様なトラック/リディムでラップするイルリメの雄姿が忘れられない。

ラガジャングルのリバイバルの基盤となったのは、オルタナティブなダンスホールの増加が一役買っていたと思う。Mo'Waxはダンスホール・リディムを纏めたコンピレーション『Now Thing』をリリースし、Stereotyp、Part 2、New Fleshなどがダンスホールを巧みに取り込み、DJ Vadimも本格的にダンスホールに挑み始めていた頃。最終的な決め手となったのは、2003年にRephlexからリリースされたThe Bugのアルバム『Pressure』だろう。アンダーグラウンドでは、ラガなスタイルが人気を集め出し、メインストリームではBeyoncé「Baby Boy」がヒットしていた。

同時期、アメリカではDJ/ruptureがアカデミックな視点と手法でダンスホールをDJミックスという表現で再構築していた。日本からは自分の知る限りではShiro氏だけがDJ/ruptureと同じような方向性で独自の視点からダンスホールの再解釈を進め、それまでダンスホールに縁の無かった人々にもその魅力を解らせていた。ちなみに、DJ/ruptureはROMZから日本盤のアルバムをリリースし、彼のユニットNettleのリミックスをCOM.A & Shiro The Goodmanでも手掛けている。

DJ/ruptureとShiro氏はプレイする曲もかなり似ていて、ダンスホールからジャングル、ブレイクコアに流れるセットも同じであった。違う部分としては、Shiro氏は一晩/一セットにおける全体の構成力がとても優れており、言い方は悪いが、ブレイクコアやラガジャングルなどのダーティーでハードなレコードをキャッチーに聴こえるように騙す、錯覚させるのが天才的に上手かった。
今では当たり前となったオールジャンルのDJスタイルであるが、レコードボックスとUSB以前の時代、日本においてはShiro氏の提示したBPMに縛られず、かつスムーズにミックスをするというスタイルに影響を受けた人は一定数いるのではないだろうか。

自分は2002年頃からダンスホールの7インチを買い集め、CRYSTAL MOVEMENTとSPICY CHOCOLATEのプレイを体験し、池袋BEDや渋谷VUENOSでシステムの洗礼を受けていた。特にCRYSTAL MOVEMENTはミックステープ/CDを買ってレギュラーパーティーにも遊びに行く程にファンであった。当時17歳。母親が買ってきてくれた服を上下に纏い、リュックサックを背負って早めの時間からずっとダンスホール/レゲエを聴いていた自分は相当に違和感を与えていたと思うが、CRYSTAL MOVEMENTの皆さんは本当に優しくしてくれた。そんなこともあり、ダンスホールには特別な想いがあったりする。

ダンスホールの現場はメタルやパンクのライブと同じく、フィジカルで面白かったがジャングルやブレイクコア、ハードコアが好きだった自分には少しだけ何かが物足りなかった。そんな時に出会ったのがShiro氏のDJであり、それはもうトラウマレベルで影響を受けた。

ラガジャングルのリバイバルが進む中、最高のタイミングでROMZはサイケアウツGのアルバム『Vikalpa (分別)』をリリースし、更に多くの人にジャングルと広範囲におけるブレイクビーツとベースの魅力を伝えた。続けてリリースされたコンピレーション『Summer Tracks』ではOlive Oil、Repeater、Kaadaといったアーティストを紹介し、Shiro氏のDJでは相変わらず様々な音楽文化が混ぜこぜになったカルチャークラッシュを日本中のクラブで巻き起こしていた。

2004年になるとダンスホールはもっと多くの層に行き渡り、実験的な曲も生まれ、現代のレフトフィールドなダンスホールに通じるものが出てくる。
DMX Krewはダンスホールに特化した7インチを製作し、Diploは『Diplo Rhythm』を発表。South Rakkas Crew、Modeselektor、Soom T、M.I.A.の名前を見かけるようになる。Beenie Man「DUDE」がヒットし、ヒップホップとダンスホールのコラボレーション企画も目立つ。Dabryeはデトロイト・テクノの音色とダブの質感をヒップホップとミックスし、ダンスホールの味付けが微量に活かされたビートを展開し、後に広がるダンスホールの液状化、もしくはRas Gのようなカオティックなビート・スタイルの登場を予見していた。
こういったダンスホールの流れを無意識に取り込んでいたのもShiro氏であった。

ROMZとShiro氏にはブレイクコアのイメージが纏わりついていたが、本人達はそれらのイメージに乗る訳でもなく、離れるでもなく、上手く付き合っていた。
自分を筆頭としたブレイクコア・ファンからはブレイクコアの展開を求められただろうが、彼等はのらりとかわしていた。当時自分としては彼等の活動方向に正直歯がゆさがあったが、ブレイクコアという表現だけに収まるようなアーティスト達ではなかったし、今になって思えば正しい活動の方向であったのだと思う。一つのジャンルに縛られることなく、Shiro氏は東京の音楽シーンに大きな影響を与え、今に続く道のりを作り上げた。

日本におけるオールジャンルのDJスタイルの源流の一つとして、『踊り狂って飯が腐るのだ』は再評価されるべき一枚である。






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