「幸福論」を読んで

 これは評というものでもない、感想です。それほど深く理解できたわけではない、だろうと思う。しかし、なにか書かねばならぬとも思った。ご本人たちが読まれて見当外れだと考えたら、適宜受け流してください。また、わたしの個人的な感覚に照らした感想が多めです。というと言い訳がましいかもしれないが、私にはこういった但し書きなしに淡泊に評を書くということがまだできないので。

 作品は、本編6頁からなる作品で、前半を楽園、後半を地獄として編まれており、構成は、短編(斎藤君)-短編(夜月雨)-短歌連作(斎)/短編(夜)-短編(斎)-短歌連作(夜)。


 まず、短歌の者として、もっとも受け取りやすかったのは、斎藤君さんの【ポップコーン日和】であると正直に言いたい。細かく取り上げていくと息切れしてしまうのでよすが、はっきりとしたモチーフに対して、よく吟味された語句で編まれた連作で、さすがと感じた。生き残ったものとして「生」を確かにとらえている。

 私個人の話だが、当時は実はひとり海外におり、ネットの断片的な情報しか入らない状況にいた。そのため、おそらく一般的な日本人(あるいは特に東日本にいた日本人)がとらえられたであろう生に対する生々しい感触を体験しなかった、と思っている。さらに言えば今年の1月もまた日本におらず、1995年にはまだ幼かった。それは、ただのめぐりあわせで、いい悪いという話ではないのだけれど、自分の中でなにがしかの後ろめたさとしては確かにある。この連作を読んでなにか分かったということは恐れ多くてできないけれども。読めてよかったと思えた、と言っておこう。心の一部に淡々と空白を飼うという感覚の一端を、私は受け取ったと思う。


 次に短編の部分だが、これはどう捉えていいか、むつかしい。斎藤君さん【パラダイスモンキー】は、この破滅寸前の世界を楽園としてとらえているのか。語り手である訳知り顔の"中卒"が、しょうもない"院卒"をあしらっていると思いきや、結局世界の理を知っていたのは院卒であったという、自虐のようにも読めるが。すでに手の中にある楽園にひとは気がつけないということだろうか。つかみきれなかった。【ならない】の方も、描かれていることの手触りはよくわかるのだけれども、これがここにくる理由が分からなかった(力不足でごめんなさい、他の方の評・感想を知りたい)。

 夜月雨さんの【楽園追放】と【地獄事変】は、テーマとしては飲みこみやすかったように思う。死という終わりがあることにより強調される生(楽園)と、終わりがない、無であるということの地獄の対比と読んだ。ただ、こう言葉でまとめてしまうと、比較的普遍的と言うか、少なくとも私自身にとってはかなり自明である。私にとって、特に無であることの地獄を体現しているものは、生きていることそのものであって、あまりに身近すぎる。したがって、なぜこのテーマを(特にその美しさをややグロテスクに誇張するかたちで)作品としたのかをしばし考えざるをえなかった。

 作者のとらえ方と自分のとらえ方の違いを見つけるために、作品全体をなんどか繰り返して読んで、ふと、意味を持つのは「美しさ」それ自体なのかもしれない、と思った。私は、無に打ちひしがれて、それがただ終わるという約束だけに縋って生きている部分がある(というとちょっと極端だけど)。そこに美しさの尺度はない。ないというとか、意味がないと考えていて意識的に持ち込まないようにしてきた(もったいないね)。一方で、この作品の中では死を持つことのできる生こそに価値を見出している、ような(ような?)。ふたつの考え方は、うらおもての関係だけれども、軸足の置き方が違う。

 【Shangri-la】は特に、構成も言葉選びもとても美しく、ただかなり過激で個人的にはこれ単体としては初見では受け入れがたかった。けれども、作品全体としてなんどか読み返すうちに、こういうとらえ方に当てられるのも悪くはないかもしれないと思わなくもない、程度までは近づくことができたようにも思う(あいまい…。でもだって怖いもんな)。そして、そう整理していく中で、これを作品という形にできる作者の精神の強靭さを思った。生の美しさと虚無とはつねに揺蕩っていて、誰でもその片方だけを選んでは生きられない。そういう不安定の上で、ひとつの作品の中に、これだけの生の美しさを凝縮させることのできる力、覚悟のようなものに敬服する。一種の愛だと思う。


 うーん、まとまりがないが…。そんなことを思った。最後におふたりの関係について。これもわたしには細かいことはわからないのだけれども、表裏の関係とは言えども、やっぱり【ポップコーン日和】を抱えている人と、【Shangri-la】を持ってくる人が共存できるというのは、とんでもない信頼関係だなと、月並みながら思いました。

 以上になります。あまり変なことになってなければいいけど。またしばらく手元において読んでみます。このエネルギーをありがとうございました。単純に読んでいて楽しかったし、色々と考えるきっかけにもなりました。お二人の今後に幸あれ!
 



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