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泣きたくなるほどの楽園


たまには好きな本屋の話をさせて欲しい。

岐阜県恵那市に佇むあの古本屋が好きでたまらない。上京することを躊躇ったのはあの本屋に行けなくなることを想像したからだ。

自分の家から車を飛ばして40分。山を登って下って着く。

その年の岐阜は雪が降っては積もって、太陽の光で少し溶けたと思ったらまた降っていた。吐く息がタバコの煙なのか自分の息なのかわからないほどだった。寒明けを待つ間ずっと通っていた。そうやって過ごせなくなった今は心細いとは違った何かに苦しんでいる。

山を下り見えてくる赤い橋。エメラルドグリーンのダムのような恵那峡に毎度感動を覚える。山の麓に車を止め、やっと着いた〜とワクワクしながら急な坂を登り歩く。

各々が想像している古民家にピッタリ当てはまるような古本屋。広いお庭、無骨な玄関、柔らかい畳の部屋、ちょっと歩くと軋む床、疲れた体を眠らせる縁側。

冬の寒い日はストーブの熱で指先を温めて、夏の暑い日は風通しの良い縁側でラムネをかちこむ。

社会人一年目の私にとってそこは底のない楽園だった。隔離された空間で馬車馬のように働いている自分に意味を見出せなかった時、理不尽な社会に声を上げることも出来ずに喉の奥で鳴いていた時。この庭文庫に助けてもらった。


店主のももせさん。奥さんのみきさん。まあるい雰囲気とゆったりとした口調に自然と脈拍が等間隔に打たれる。

ある日、私は庭文庫に行くや否や、

疲れているんです。何か心を温める本が読みたいです。

今思えば面倒な客だなと感じてしまう、私のわがままを聞いてくれた。

そこで選んでくれた2冊の絵本。
勝手に小説か詩集を選んでくれると思っていた。そこに渡された絵本。

いるじゃん

くどうなおこと松本大洋の共作。親子共作だ。鋭さを少し含んだ絵に詩人のくどうなおこの文章にボロボロ泣いた。子どもも大人も孤独と向き合う瞬間がある、そんな時に支えてくれる絵本だ。"生"と向き合いたい時に読む、大人も楽しめる絵本。

あさになったのでまどをあけますよ

ちょっぴり歪な字に、鮮やかで綺麗な風景画。
あさになったのでまどをあけますよ。を区切りに1日の始まりを喜びと共に分かち合える。働くだけの日々、その隙間にある幸せを取りこぼさないように、小さくてもいいから喜びを表に出せるように。そんな本だと思っている。

ももせさんが選んでくれた2冊は、上京した今でも心の支えになっているんだ。


熱めのコーヒーを飲みながら、たまにタバコを吸って、お庭の椅子で選んだ本を読む。休みの日なんだから何も考えずにゆっくりしなよと言ってくれる庭文庫が大好きだ。


あの空間を思い出してしまうと、嗚咽混じりに泣きたくなるほど、私のとっては楽園だった。


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