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Corrugated House Opening Talk Event



2023年9月7日、「コルゲートハウス」は一棟貸しの宿泊施設として正式オープンの日を迎えました。そのオープニングを記念するイベントとして、小川貴一郎氏によるアーティスト イン レジデンスが行われ、その期間中である9月9日,10日の2日間に渡り、コルゲート建築に縁のある専門家の方々を迎えたトークセッションが開催されました。

2日間の会の様子をFarm Houseから前編・後編に分けてレポート致します。


〈登壇者 〉
・9/9(土)
五十嵐太郎(建築史家・東北大学大学院教授)
光嶋祐介(建築家)
・9/10(日)
遠藤秀平(建築家・神戸大学名誉教授)
倉方俊輔 (建築史家 ・大阪公立大学教授)
 
〈アーティスト〉
小川貴一郎
2020年、暮らしを楽しむために渡仏フランスへ移住。以来人の鼓動”バイブス”と出会いながら風の時代を謳歌し各地域でアートイベントをゲリラ的に行っている。6歳の頃、ロンドンのパンクムーブメントに強烈な影響を受け、洋服に絵を描き始めたのが芸術との出会い。22年間建築の世界に従事し、2017年に芸術家として生きていく覚悟を決め独立。2018年イタリアの高級ブランド、FENDIより世界の5人のアーティストに選出され、マイアミで世界にたった一つのPEEKABOO BAGを発表したことが話題となる。

__小川さんはこの日の数日前からコルゲートハウスに宿泊しながら2階スペースに制作の場を設け、作品を制作しています。2階の床にはそれ自体が作品であるかのような養生シートを敷き、作業机が設置し、北側のハニカム構造の窓辺には自身の制作道具が掛けられいます。
 
土木用建材である「コルゲートパイプ」(鉄製波形鋼板)で組み立てられ、「ドラム缶ハウス」とも呼ばれる「コルゲートハウス」は1966年、豊橋市出身のエネルギープランナー、川合健二氏によって建てられ、自邸としてここで生活を営んでいました。独力で生き、世界を相手にエネルギーの合理性や自給的暮らしを実践していた川合氏の思想・生き方が建物には息付いています。

その空間で小川さんがこうして制作をしている景色は不思議なほどに違和感がなく、マッチしているようでした。
 
厳しい暑さがひと段落し、初秋の風が肌に心地よく感じられる午後、この日の登壇者である五十嵐さん、光嶋さん、お招きしたゲストの皆さんも到着し、コルゲートハウス運営 FOOD FPREST 代表、冨田が館内の案内を始めると参加者一同、尽きない興味とわくわくとした面持ちで見学をしました。
 
約1800坪の広い敷地に建つコルゲートハウスの周囲には自然豊かな「循環する森」が広がり、みかんやレモン、栗の木などの季節ごとに楽しめる果樹が多く植えられ、ビオトープや温室も設置されています。

コルゲートハウスに向かうアプローチに腰を下ろし、建物の外観を丁寧にスケッチされている光嶋さんの姿。「あいちトリエンナーレ2013」で芸術監督を務めた五十嵐さんはそのプログラムの中で主催した建築見学会のために訪れて以来とのことで、当時と現在の姿を重ね合わせ、感慨深い様子です。
 


トークセッションレポート

この日のトークセッションより語られた内容を一部抜粋してご紹介致します。

建築の力・継承される暮らしの哲学


___はじめに、本プロジェクトの総合プロデュースをおこなうADDReC株式会社 代表 福島大我より、今回の「コルゲートハウス」再生への経緯から。

サステナビリティーの実証実験場として

福島 : ひょんなご縁から始まった今回のプロジェクトでしたが、この建物のオーナーの娘さんであり、友人の冨田さんと、「ここに残されたコルゲートハウスをあらためてちゃんと元気にしよう」ということになり、冨田さんや関わる人達と一緒に取り組みをスタートさせたことがはじまりです。

それから約2年、地域の人への説明や現在の法律に沿ったものにすること、宿泊の場としての環境づくりなど、難しさは多々ありましたが、これから先に訪れる人や様々な方面に価値を生み出していける場所になることを願って作ってきました。

アーティスト イン レジデンス 小川貴一郎氏を迎えて

福島 : スタートにあたり、ここからあたらしい価値を生んでゆく「先導」を、と考えた時に、アーティスト イン レジデンスとしてこの空間を捉えながらあたらしいものを入れてくれる人を探す中で、これまで個人的にご縁のあった小川さんに建物への想いを汲み取っていただいた上での制作を、ということで依頼をさせていただきました。これは、コルゲートハウスにあたらしいものをインストールする、という意味でのアートでもあり、小川さんと空間エネルギーとの相互作用による作品創造です。


SF映画のひとつのシーンのよう


___あいちトリエンナーレ2013の芸術監督を務めた五十嵐さんはその中のプログラムの関連でその年、ここに訪れています。当時を振り返りながらコルゲートハウスの過去と現在の印象をお話しいただきました。

五十嵐(敬称略): 10年前、川合健二さんの家は建築史の中でも元々良く知られていたものですが、実際に訪れてみると建てられてから半世紀を経た時間の重みに非常にインパクトを感じました。また、建物の前面にポルシェをはじめ、車が5,6台放置されていたんです。川合さんご本人は運転はしませんが、エンジンそのものにすごく関心があり、それらのエンジンのみを抜き取り、鉄の車体はそこに置かれていました。この風景にSF映画のワンシーンを見ているかのような凄まじい印象を受けました。

さらに、現在はリノベーションされて内部空間は広くなっていますが、当時は健二さんが集めた膨大な量の外国の科学雑誌が室内に積まれ、奥様の花子さんが埋もれるようにそこに暮らしている、そんな様子でした。1996年に健二さんが亡くなられた後も、それらの本を処分せずに全部取っておかれてそのまま暮らしているのはある種、未来的な光景だとも思うのですが、老齢の女性が大量の洋書に埋もれながらそこで生活する、その「立ち振る舞い」がすごく衝撃的でした。
 
その時点で、この器自体に色々な物事を許容できる可能性がありましたが、今回あらためてこうして訪れてみると、生活用品や本もある程度整理されて少なくなり、「空間がこんなに広かったのだ!」と驚いています。
 

ルネサンス - マニエリスム - バロック


___五十嵐さんはこれまで、この川合健二邸コルゲートハウスの他に、石山修武氏の処女作となった「幻庵」、そして明日10日に本トークイベントに登壇予定の遠藤秀平氏の自邸と、3つのコルゲートハウスに訪れていらっしゃいます。川合健二氏から出発する3つのコルゲートハウスの系譜について、専門である西洋建築史の視点からお話しいただきました。

五十嵐 :
この3つは同じコルゲートハウスなのですが、それぞれバリエーションが大分違っていて、川合さんと石山さんはコルゲートの形はがっちり閉じたもので、ある種シェルター的なところがあります。それに対して遠藤さんのものは、開いていて中と外が介入し合い、巻き込むような形です。
 
比較すると、西洋建築史に「ルネッサンス- マニエリスム- バロック」という展開があるのですが、ちょうどそれにきれいにあてはまる、と3つを見たときに思いました。

つまり、ルネッサンスの川合健二さんというのはその時代の特徴である求心性のある形で、新しいことを革新的にやっていました。バロック建築になると、それが中と外が空間的に巻き込むような形になるのですが、遠藤秀平さんのものは同じコルゲートですが中と外が相互介入しする形になっています。

ちょうど間のマニエリスムというのが、ルネッサンスをベースにしつつも技巧的なディテールが多く入ってきます。石山さんの幻庵は実際にやや技巧的・装飾的な細部があり、それがむしろとても魅力的でもあります。

使われ方もだいぶ違っていて、川合健二さんのコルゲートは住宅として50年間住み倒して生活感が溢れる感じなのに対し、幻案は週末に趣味の空間として使われているので、とてもきれいなのです。

この3つは少しずつ時代が変わる中に存在し、「ルネッサンス - マニエリズム – バロック」の様式の中のサイクルにあてはまると思いました。


生きるとは、そして「住まう」とは何なのか


___
早稲田大学の石山修武研究室で修行を積み、自身にとって石山さんは建築家へ入り口であり背中であり、石山さんから全てを学んだという光嶋さん。川合健二氏はその石山さんの師であるという繋がりから、今回ここに訪れた感想をお聞きしました。

光嶋(敬称略): 今、師の師の家にいるということにすごく感動しています。やはり似ているんです。石山さんの自邸「世田谷村」を見てきた私がここで感じるある種の既視感を思うと、家の細部の作り方が似ていて、
先生の原風景がここにあったんだなぁ、と感慨深く思います。

このコルゲートハウスに今感じるのは、「生きるとは何なのか?そして住まうとは何なのか?」そこへの問いとメッセージが強く残されているということです。大量の私物が取り出され、骨格と構造、空間があり、「今なお残るものがある」ということ、そこからこうして継承されていくということが素晴らしいと感じます。

フランク・ロイド・ライト邸がそうであるように、普通は展示物となって触っちゃいけないし、そこに宿泊なんてまず出来ません。ミースの自邸「ファンズワース邸」やヴェンチューリの「母の家」に泊まれるなんてありえないので、それがこうして宿泊できるというのは素晴らしいことです。

もうひとつ、「ドラム缶の家が持つ強度」というのは50年経った今こそ忘れちゃいけない、と強く思います。
このことを川合さんは50年前から気付いていたんです。そして我々がまだ居る資本主義の中で、「こういう生き方もある!」と示すことができる強さがあるのは本当に稀有なことです。その価値をちゃんと言語化して伝えていくという取り組みでもあり、とても素敵なことだと感じています。
 

「生きる力」の継承


光嶋: この家の凄さは「継承していく」ということ。継承していくのは川合健二さんというネームバリューよりも、その「考え」であり自給自足を目指し、場所に根付いた「思想」そのものです。“生きる力”、その価値は本物であり続けるのだと強く思います。


母胎 ―そこから何かを生み出す建築


___
この期間中にアートティスト イン レジデンスをするアーティストで、現在フランス在住の小川さんは絵画制作を本格的にする前の22年間、建築の仕事に従事し、約200軒の住宅を手がけていたと聞き、この場のゲスト達も驚いています。数日間コルゲートハウスに宿泊しながら作品を制作する中で感じていることをお話しいただきました。
 
小川(敬称略) : ここにいることはお母さんの胎内にいるような感覚です。昨日、一昨日と雨が降っていました。そうすると、ごぉーーー!っという音が響いて、まるで楽器のようなのです。波の中でいつ自分が押し流されるのか分からなくなる程の、そういう空間の中に自分がポツンと居る。そういうことって普段、普通に暮らしていたら感じられない感覚です。

不便さの中から生まれる創造性


小川  : 私の兵庫県のアトリエは築110年の古民家でボロボロだったのですが、そこを自分達でリノベーションしていくうちに“幸せセンサー”がどんどん発達していくんです。お湯が出るようになっただけで涙が出そうになるくらいに嬉しかったです。さらに、引っ越した先のフランスはもっと不便です。
 
人間って、ボタンひとつで何でも自動で快適にしてくれるような便利さを知ると、次の不便さを探そうとしてしまったり、不平不満を持ったりしてしまいます。兵庫のアトリエも、フランスのアトリエもすごく不便なのですが、それが心地良いんです。不便だからこそ、自分で何とかしなくちゃいけないし、その行為自体を
暮らしを楽しむこととして能動的にならないと生きていけない。そういう環境にいると「あぁ、自分は毎日生きているなぁ。」とすごく有り難く思えます。

ぜひ皆さんも機会があったらぜひ泊まっていただきたいのですが、この場所は朝起きた時に一瞬「ここはどこだ?」って、ちょっと不思議な感覚になるのです。制作中も、いつもと違う自分のセンサーがどんどん刺激されているかのようです。創作って、綺麗なアトリエでおこなうよりもこういうところで何とか工夫してやる方が全然違う作品が生まれると感じます。ここでしか出来ない作品、それを生み出すエネルギーがあります。

PUNK!の共有


小川 : 川合健二さんはパンクというか、思考や物事を破壊しながら構築していくようなところがあると感じるですが、私もどちらかというとそういう考えが好きなので、ここに来れて良かったですし、こういう感覚に出会えたことで生きていることが嬉しくなります。

2階の北側の窓を背にして作品を創っている自分を、窓の外からもう1人の自分が見ているような…そんな想像をしました。何でも揃っている便利な家に住んでいると、そういうことって感じられないように思います。


福島 :
アーティストに創作している時の時間が楽しい、という時間の価値が提供できたら、と考えていたので、今のようなお話を聞くことが出来てとても嬉しいです。川合健二さんも、こういう人達に使ってもらうことは嫌じゃないんじゃないかと勝手に想像します。

最後に、このプロジェクト名は「コルゲートハウス」なのですが、名前を付けるにあたっての理念ということを考えることは大変だったのではないかと思うのですが、なぜ「コルゲートハウス」を選んだのでしょうか?冨田さん、いかがでしょうか?

冨田 : この地方には、川合健二さんのコルゲートハウスに影響を受けて、もういくつかのそれぞれの個性を持ったコルゲートハウスが存在しています。オリジナルであるこの建物は「川合健二邸」として地元では根付いているようなところもありますが、今後、さらに海外も視野に入れたその先へ届けようとすると、プリミティブな要素の「コルゲート」に戻した方が伝わっていくのではないか、と考えました。
 
福島:
スタートしたばかりのプロジェクト「コルゲートハウス」がこれからどのように動き、そこから先の未来をどのように描いていくのか、協力してくださる方々と一緒に創っていけたら嬉しいです。どうぞ今後もよろしくお願い致します。


___皆さんの熱気と外から聞こえる鈴虫の声がコルゲートハウスの空間と響き合い、心地よい時間となりました。レポートは後編に続きます。


制作/FOOD FOREST

https://corrugatedhouse.com/




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