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中村憲剛の引退に、どう備えるべきか。川崎フロンターレが直面する問題。

<要約すると>
・37歳にして、ハイパフォーマンスを続ける中村憲剛。
・川崎のスカッドは昨季から今季にかけ、より論理性を重視した方向に向かっている。
・中村憲剛後の川崎に必要なものは、中村憲剛の「目」を体系化して継承すること。

筆者:せこ(@seko_gunners)
 2006年、高校球児時代にドイツワールドカップを見てサッカー観戦にハマる。大会後に見たアンリのプレーの影響で、アーセナルとプレミアリーグを追いかけるように。国内では川崎フロンターレ(2012~)のファンであり、シーズンチケットも保有。推しの両チームについてはnoteでレビュー更新中。「なんかいい感じ!」や「なんかうまくいかない。。」を言語化して理解につなげられるような分析屋さんになるのが目標。乃木坂46の推しメンは西野七瀬。
note: https://note.mu/seko_gunners

凄味を増すバンディエラ

 クラブ入団は2003年のこと。プロ生活15年目においての悲願達成である。2017年12月2日、中村憲剛は自身初のリーグタイトルを手中に収めた。クラブ生え抜きのバンディエラはタイトル獲得の瞬間、ピッチにしゃがみこみ喜びの涙を流した。等々力陸上競技場に駆け付けた川崎サポーターの誰もが見たかった光景だろう。
 悲願が現実になる前から「中村憲剛と初のリーグタイトルを!」と考えていたサポーターは実に多い。彼はすでに37歳。現役生活の終わりは確実に忍び寄っているからだ。
 もっとも当の本人はそんな心配はどこ吹く風というように、今季も開幕から順調に出場時間を積み重ねている。現役の同世代の選手と比較してもプレータイムは多い。この世代では遠藤保仁と並んで、ピッチの上で長い時間プレーすることで存在感を示している選手といっていい

 【2018年Jリーグにおける同世代選手とのプレータイム比較】(10/4現在)

 出場時間だけではない。37歳として迎えた今シーズンも中村はハイパフォーマンスを続けている。優勝した昨季と比べてもむしろ凄味を増しているといっても差し支えないだろう。
 今季の中村のリーグでのプレータイムは2,203分。全体のおよそ84%の試合時間をピッチの上で過ごしている。中村がピッチ上に不在の時間において川崎が挙げた得点はわずか2点。総得点44のうち、わずか4.5%である。

 彼なしで決めた2つのゴールは等々力でのC大阪戦の先制点と、ノエビアスタジアム神戸での試合の先制点だ。前者は中村が欠場したまま負けた試合であり、後者は追いつかれた後に中村が投入されてから、小林悠が決勝ゴールを決めた試合である。つまり、今季の川崎は未だにピッチに中村なしでは、勝ち点を持ち帰る決め手となったゴールを挙げていないことになる。
 このようにデータの面からみても、川崎において中村は依然高い貢献度を示していることが明らかだ。

守田英正の台頭から見えてくるもの

 しかし、いくらハイパフォーマンスを続けていようと引退の時は確実に迫っている。高い貢献度は裏を返せば、強い依存とも言えなくもないのだ。中村への依存度は弱まるどころか、むしろ強まっているというのが今季の川崎に対する私の見立てだ。
 ではいずれやってくる中村憲剛引退の時に向けて、川崎はどのように備えるべきか。ヒントは今季のピッチの上にあると私は考える。

 今季の川崎を語る上で、欠かせない出来事の1つは守田英正の台頭である。昨季の初優勝に大いなる貢献をしたエドゥアルド・ネット(現名古屋)を押しのけて、シーズン中盤からはレギュラーポジションを確保した。9月には追加招集とはいえ、初の日本代表にも選出。コスタリカ戦では代表初キャップを飾るなどまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで駆け上がっている選手といえる。
 ネットの持ち味は速く・長く・正確なロングパスだ。敵の守備の綻びを見つけると、一発でチャンスになるボールを供給することができる選手である。意外性があふれるパスの配球も魅力の一つだ。いわば川崎において攻撃のリズムを変える飛び道具としての武器を持っている選手であった。一方で、明らかにプレーに集中できずミスを連発してしまったり、守備を怠る試合もしばしば。試合ごとのパフォーマンスにムラがある面も否定できない。鬼木監督が思わず前半で代えてしまった試合もあるほどだ。

 それに対して守田はとても献身的な働き者である。守備も怠らず、運動量もとても豊富だ。サイドバックにも対応可能なマルチ性も魅力の1つだろう。足元がうまい選手がそろっている川崎においては、特段守田は技術が高いわけではない。しかし、それでも試合を追うごとに存在感を高めており、飛び道具であるネットとは違う形で川崎に順応したといえる。

 守田が今季試合を重ねる中で最も成長したと感じる部分は、相手の嫌がるところに正しいタイミングでパスを出せるようになった点だ。この部分が川崎で最も優れているのが、ほかでもない中村憲剛だろう。彼の隣で試合を重ねていくことで、彼が見えているものを徐々につかんでいったことが守田の成長の助けになっているのは疑う余地もない。

 しかし、今季の川崎の新戦力でレギュラーをつかみ取ったのは守田1人。他の新加入選手はプレータイムが伸びず、川崎のスタイルに適応しているとは言い難い。今や主力としてチームに不可欠な存在となっている家長でさえ、1年目の昨季は順応するのに半年がかかった。川崎のサッカーに開幕から比較的すんなり入っていった守田はとてもレアなケースであるといっていいだろう。

進むべき論理的な未来にむけて必要なもの

 戸田和幸さんは今季の川崎の中盤について「ネットに代わって守田が入り、より論理的になった。」と評している。ネットや森本貴幸(現福岡)といった飛び道具と別れを告げた今季。川崎はより「論理的な」方向にスカッドを整備している。川崎のエースである小林悠はどんな形からでもゴールを決められる万能ストライカーだが、爆発的なスピードも強靭なフィジカルも彼にはない。川崎は彼をはじめとする前線の選手に対して、いい形でボールを供給することで多くの得点を挙げてきた。相手の守備の嫌がるところに後ろから一つ一つパスを入れていくことによって、チャンスを作り続けてきた。それにフィットした守田がレギュラーをつかんだことが、さらにそのスタイルを確固たるものにしている印象だ。

 論理的であることはいいことばかりではない。過密日程でコンディションが悪かったり、雨が降ってボールが転がらないなど、常に万全の状況でサッカーができるとは限らない。そうしたときに、規格外の何かがなければ対戦相手は対応しやすい。今の川崎はロジックに沿わないチャンスは生まれにくい設計になっているのだ。新加入選手の多くが苦戦しているように、入団した選手が速やかに順応しやすいスタイルでもない。

 それでも、川崎はこの道を進み続けるはずだ。そのために大事なことは、チームで一番論理的に相手の弱点を突くことができる中村の視野を体系化して後進に伝えることだ。中村の観察眼の鋭さ、視野の広さは先天的なものかもしれないが、守田のようにその部分は後天的にも向上は可能だ。中村の頭の中で描かれている設計図を言語化し、だれもが同じ設計図を共有できるようにすることこそ、中村憲剛後の川崎に求めるべき部分ではないだろうか。
 大島僚太のような設計図を描ける選手が素晴らしいのは言うまでもない。彼がこのまま川崎で成長を続ける選択をするならば「第二の中村憲剛」になる可能性もあるだろう。しかし、川崎フロンターレの未来を輝かしいものにするために必要なのは「第二の中村憲剛」ではなく「第二の守田英正」を産み出す土壌ではないだろうか。ひょっとするとそれを可能にするのは、いずれ指導者となる中村憲剛自身なのかもしれない。

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