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【フォレスト出版チャンネル#191】出版の裏側|印象に残っている本づくりエピソード

このnoteは2021年8月6日配信のVoicyの音源「フォレスト出版チャンネル|知恵の木を植えるラジオ」の内容をもとに作成したものです。

20年以上やっていると、選べない!?

渡部:フォレスト出版チャンネルのパーソナリティーの渡部洋平です。8月6日、夏休みでしょうか。そろそろお盆がやってきますが、今日は編集者のお二人に来ていただいて、お話を進めていきたいと思います。それでは、森上さん、寺崎さん、よろしくお願いします。

森上・寺崎:よろしくお願いします。

渡部:今日のテーマなんですけれども、「印象に残っている本づくりエピソード」ということで、お二人にお話をしていただくんですけれども、そもそもこのテーマを決めるにあたり、僕は編集者独特だなと感じるところがあったんですけれども。

森上:なんですか(笑)?

渡部:はい(笑)。印象に残っている著者で最初、話そうとしていたじゃないですか?

森上:(笑)。

渡部:でも、やっぱり編集者の方はたくさんの著者の方とお付き合いがあるんで、この方が一番ってやっぱり決めづらいですよね?

森上:本当にそうなんですよ。全員が一番ですから。

渡部:そうですよね。もう会う人、会う人に、「これが今までで一番いい本でした」みたいなことを言って、お仕事されていますもんね? お二人とも。

寺崎:まあ、まあ(笑)。まあ、どうでしょう。全部が、皆さんが、もうNo.1と言うか。

渡部:そうですよね。何股かけてお仕事をされているのか。「君が一番かわいいよ」って言って、お仕事されているみたいな感じですね。

森上:(笑)。なんかその言い方……。ザワザワするけど……。でも、本当にそうですよ、そのときは。

渡部:1冊入魂。

森上:1冊入魂。そうだよね?

寺崎:そうです、そうです。うん。

渡部:ということで、そんな話はさておき、「印象に残っている本づくり」ということで、お二人に語っていただきたいと思います。

森上:はい。もういっぱいあるんですけれど、寺崎さんも僕も、もう20年以上だもんね?

寺崎:そうですね。かかわった著者は何人くらいなのかな? 数えたことはないですけどね。

森上:そうですよね。1回数えてみてもいいかもしれない。最近、寺崎さんが印象に残っている方が1人。逆に僕が聞きたいなっていう感じなんですけど。

渡部:それ、いいですね。聞きたいことを聞くんだったら、差し障りがないんじゃないんですか?

森上:(笑)。

寺崎:なるほどね(笑)。

愛されてきたロングセラーをリメイクする重み

森上:聞きたいんですよ。谷川俊太郎さんと、最近、寺崎さん……。

寺崎:もう、それは印象に残っていると言うよりも、本当に直近の話なんで、あれなんですけど……。『呼吸の本』っていうのがあって、これがサンガさんっていう出版社で出ていた本なんですよ。で、これ詩人の谷川俊太郎さんと、呼吸の専門家の加藤俊朗さんという方の共著の本なんですけど。この本が元々結構好きで、僕は現代史が好きだったんで、谷川さんの大ファンだったんですよ。詩人で食ってるって、すごくないですか?

森上:いや、ほんとだよね。

寺崎:他にいないですよ。詩人で食ってるって。

森上:ほんとだよね。

寺崎:で、その『呼吸の本』っていうのが、谷川さんが、呼吸の先生の加藤俊朗さんに質問をして、それに加藤さんが答えるっていうスタイルの本なんですけれど、そのサンガさんが倒産されちゃったんですよ。

森上:いつ頃でしたっけ?

寺崎:いつだっけ? 今年(2021年)に入ってですよね。それで、倒産のニュースを知った日に、「あれ?『呼吸の本』ってどうなるんだろう?」って思って、ライターのHさんという方がいるんですけど、いつもお仕事をさせてもらっているんですけど、彼女が、そういえば加藤さんの本をつくっていたなって思い出したんですよ。

森上:はいはい。

寺崎:それが、倒産のニュースを知った翌日で、ちょうど思い出したのが、社内の企画会議の日だったんですよ。「そうだ!」と思って、休憩時間にHさんに電話したんですよ。「加藤さんと今、どんな感じですか?」って。そしたら、「年賀状は毎年やりとりしているんだけど、しばらく連絡とってないですよー」みたいな話で、「すぐ電話してみますねー」って言って、そしたら加藤先生が、サンガが倒産したことを知らなかったらしくて。

森上:まあ、翌日だしね。

寺崎:そしたら、「よくわからない話だから、新橋の事務所にとりあえず来なさい」って言われて、翌日にライターのHさんと馳せ参じるわけです。

森上:はいはい。そこには谷川さんはいないんだよね?

寺崎:いないです。で、「サンガさんが倒産したので、この『呼吸の本』をこのまま埋もれさせるわけにはいかない」と。「ぜひ、うちで再販させてほしい」と、直談判したんですよ。そしたら、加藤先生が、「うーん。まあ、いいんだけど、谷川さんに聞いてみて、谷川さんがOKだったらいいよ」と言うんですよ。

森上:なるほど。

寺崎:で、これまた幸いなことにそのライターのHさんが谷川俊太郎さんの秘書のKさんという方と面識があったんですよ。で、Kさんにさっそく連絡しました。そしたら、「加藤さんがOKならいいです」というご返事でした。

森上:なるほど。お互いいいよと(笑)。

寺崎:そうなんですよ。それで、うちから出させていただけることになったんですよ。

森上:へぇー。谷川さんは今、おいくつでいらっしゃる?

寺崎:今年90です。

森上:そうですよねー。我々の現代詩と言えば、もう谷川さん。絶対誰もが触れている谷川さん作品がありますもんね。

寺崎:そうなんですよね。

渡部:すみません! 全然存じ上げてないのですが、僕も触れているんでしょうか?

森上:触れてますよ(笑)。

寺崎:渡部さん、谷川俊太郎って知らない?

渡部:知らなかったんですよ。僕、この企画が来たときに、鳥越俊太郎と間違えていたんですよ。

森上:(笑)。

寺崎:ほんと!? 一番有名なのは、鉄腕アトムの歌詞。

森上:そうだね。

寺崎:空を超えて~♪ってやつ。

渡部:あっ! そうなんですか!

寺崎:あれを書いたのが、谷川俊太郎さんです。

渡部:なるほど。もしかしたらリスナーの方も知らない方もいたかもしれないので、聞いてみてよかったです。これで全員わかりました。

森上:たぶん、小学校の教科書に谷川さんの詩は出てると思うよ。

渡部:名前を知らずとも、確実に作品に触れてきたみたいな。レジェンドですね、それは。

森上:本当に超レジェンドです(笑)。

寺崎:で、その後、特別対談を収録することになって、新版として元々が11年前の本なので、対談を追加しようとのことで、谷川俊太郎さんの杉並のご自宅で、加藤俊朗先生と対談することになったんですけど、そのときにちょうどうちの娘が小学校1年生なんですけど、「いちねんせい」って言う谷川さんの絵本があるんですよ。それを持って行って、サインしてもらいました。

森上:いやー、もう役得ですね。

寺崎:で、お二人は「この本はいい内容なので、このままにしたい」ということで、今回はデザインだけを変えて。ただ新版として出すには新しいコンテンツが必要なので、先ほどの特別対談というのを入れて。これはもうスペシャルな機会なので、「これはカメラを入れていいですか?」ってお願いしたんですよ。最初はちょっと「いやー」とか言って、「大袈裟にされてもねー」って感じだったんだけど、「ぜひお願いします」と言って、収録が許されて、何らかの形で皆さんにお見せできるかなと思います。

森上:すばらしい! その新刊はいつ出るんですか?

寺崎:今月の新刊としてですね。

森上:8月?

寺崎:8月の新刊として、『新版 呼吸の本』というタイトルで、出ます。アマゾンの発売が8月21日です。

森上:いやー、すごくいいつくりですよね。カバーのデザインも、元本をちゃんとリスペクトしたかたちで、つくられていますね。

寺崎:ありがとうございます。そこがちょっと重荷で、元の本がロングセラーとして愛されてきたので、これを超えるか、なるべく平行と言うか(笑)。元本よりもよくないと思われるのが一番やばいので、それはすごく重責でしたね。

森上:そうですよね。リメイクには、その重責があるんですよね。

寺崎:そういう意味ではデザイナーさんも今回は苦心されていましたね。

あの写真家の目線とこだわり

森上:そういうリメイクで言うと、僕は今の会社に入る1つ前の会社で、三五館というところにいたんですけど、写真家で作家の藤原新也さんの本をリバイバルと言うか、21世紀エディションというかたちでつくらせていただいたことがあって。藤原新也さんってご存じの方も多いと思うんですけど、代表作で言うと『東京漂流』とか、『メメント・モリ』とか、写真の世界でも、ノンフィクションの世界でも、ある意味もう大御所の方で、僕自身が学生時代からめちゃくちゃ藤原さんのファンだったんですよ。
 で、前に僕がいた三五館という出版社のボスが、『メメント・モリ』っていう1983年に情報センター出版局から出た写文集なんですけど、その担当編集でもあるんですよ。

寺崎:お! 「死を想え」でしょ?

森上:そう! 「メメント・モリ」とは、ラテン語で言うと「死を想え」っていう意味なんですけど、藤原さんがインドとか、アジアを中心とした、そこで放浪して撮った写真があり、その写真を使って、コピーを入れていくっていう。写真に文字を載せちゃうんだけどね。そういった名著があるんですよ。

寺崎:20万部くらい突破していますよね?

森上:そうそう! これは1983年に出た本で、それを僕が藤原さんのファンだっていうのを前のボスも知っていて。それで、忘れもしないんだよね。2006年の年末だったと思うんだよな。行きつけの四ツ谷にある「カスタニヤ」(現在は閉店)というバーがあるのね。そこで、「森上君、藤原さんの『メメント・モリ』の改訂版をやるぞ」ってボスに言われて。そのとき結構飲んでいたんだけど、うれしすぎて酔いが一気に醒めたの(笑)。

寺崎:(笑)。

森上:「マジですか!?」っていう話で、「担当やるか?」って。僕が藤原さんのファンだっていうことを知っていたから言ってくれて、まわってきたんですよね。この『メメント・モリ』っていう本は、ご存じの方はご存じだと思うんですけど、有名な写真の1つに、人間の死体が写ってて、そこに犬が2匹いて、カラスとかもいたりするんだけど、それ(死体)をついばんでいる写真があるんですよ。

寺崎:(『メメント・モリ』の写真は)全部インドだよね。

森上:インドだけじゃないんだけどね、実は。

寺崎:そうなんだ。

森上:今、言っている写真はインドなんだけどね。で、その写真に入れた藤原さんのコピーがまたすごくって。「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」っていうコピーが入っていて、これが1983年に初版が情報センター出版局から出たときにめちゃくちゃインパクトがあって。その写真とコピーを知っている方も多いと思うんですけど。僕もそれを中学生時代に読んで、衝撃を受けて、もう大好きな本の1つなんですよね。
その「21世紀エディションをやるぞ」ということで、2008年に出たんですけど、これがまたリバイバルならではで。メンバーが僕と藤原さんでしょ、初版の編集担当者のボスでしょ、で、デザイナーさんが初版本を担当した坪内祝義(つぼうち・ときよし)さんという大御所のデザイナー。その3人の中に、1人だけ30代前半の若造の俺みたいな。

寺崎:なるほど。それ、重責だね。

森上:やばいよー。責任重大だよ。本当にそのときは緊張したのをめちゃくちゃ覚えていて、やっぱり前の版は、前の版の出版社、情報センター出版局にあるから、全部写真をスキャンしなきゃいけないわけよ。

寺崎:はい、はい、はい。

森上:で、全部35mmのポジがあるわけ。藤原さんの写真の原版が。それをピンセットで取って、「マウント」という、写真を入れるケースみたいのがあるのね。で、1枚1枚入れていくわけなんだけど、ピンセットでやるんだけど、ポジだから指紋をつけちゃいけないから。もう手が震えちゃってさ(笑)。恥ずかしいことに。それこそ、今言っていた「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」の原版の写真を目の前にして、ピンセットでつかんだ、その手が震えちゃって……(苦笑)。

寺崎:それはそうだよね。デジタルの時代じゃないからね。

森上:そうなんですよ。そのポジがすべてじゃないですか? もう変に扱えないし、なくすなんてあり得ないし、汚したなんていうのも絶対あり得ないわけで。それだけでもうド緊張! まあ、藤原さんたちは笑ってたけどね(笑)。

寺崎:(笑)。

森上:俺のド緊張ぶりに笑ってたんだけど。そこで、寺崎さんに谷川さんがどうだったか聞きたいんだけど、僕は一流の人に共通することが1つあるなと思っていて。そのときの藤原さんもそうなんですけど、若い人の意見とか見解に、対等な目線で耳を傾けるという姿勢ってない?

寺崎:ありますね! それはすごくあるね!

森上:ありますよね? 僕なんて、単なる若造なわけですよ、そのメンバーからしたら。当初の大御所スタッフが3人集まっている中で。でも、それについて僕に意見を聞くわけですよ。実際、改訂版って言っても初版とは違う、22点も写真を差し替えて、コピーも差し替えているんですけど、それについて、僕の意見もちゃんと対等な目線で聞くんだよね。

寺崎:わかる、それ。

森上:わかります? そのあたりは一流の方ほど、そんな感じで共通点っていうのは感じますよね。

寺崎:今回、僕も迷いがあったりとかして、お二人からいろいろとこうしたらいい、ああしたらいいというのはあるんだけど、お二人が最後に言うのは「決めるのはあなただからね」って言うんだよね。「決めるのは担当編集者の寺崎さんだよ」って。

森上:なるほど。そこはやっぱり本づくりの専門家として、1人の人間として、対等に扱っているっていうことだよね。

寺崎:そうですよね。僕もそういうふうに感じて、すごくうれしかったっていうのはありますね。

森上:そうですよね。僕もそれをすごく感じたんですよ。
結局、本づくりに対するこだわりも、藤原さんはアーティストなので、かなりすごくって、エピソードとして、ピンセットで震えちゃったっていうのと、あともう1つあったの。これ、もう時効だと思うので話しちゃっていいと思うんですけど、実は(『メメント・モリ 21世紀エディション』の)見本ができたときの帯は緑色だったんですよ。今、世の中に出ているものは黒の帯なんですよ。銀色のカバーに黒の帯で「21世紀エディション」っていうことで出ているんだけど。
見本ができた当日に僕が藤原さんのところにお持ちして、そのときは緑の予定だったの。エメラルドグリーンみたいな。で、それを見た藤原さんが、「いや、これ、緑じゃないほうがいいな」って言いだして、「えー!」って言う話じゃないですか。

寺崎:めっちゃ、大変(笑)。

森上:ちょっと待ってくれと(笑)。緑の帯でいきましょうって話で、決まってましたよねって(笑)。でも、やっぱり藤原さんなんだよね。「やっぱりこれは黒でいくべきだな」って言われちゃって。これがまた大変だったんですよ。もう見本日が決まってるでしょ。実は印刷会社が京都だったんですよ。で、これもたまたまなんですけど、帯だけが東京の印刷所だったの。

寺崎:そういうこともあるんだ。

森上:そう。写真の本とかの色の出とかが、めちゃくちゃすごいサンエムカラーさんっていう有名な印刷会社さんがあるんですけど、ヨシダナギさんの本も印刷が確かサンエムカラーさんなんですけど。いわゆる写真集とか京都の美術品の本とかあるじゃないですか。美術印刷の第一人者というか、もう色のトップの印刷会社で、『メメント・モリ 21世紀エディション』も印刷は京都だったわけ。

寺崎:なるほど。

森上:でも、帯はたまたま東京のほうで刷っていたので、製本所もめちゃくちゃ頑張ってくれて、なんとか搬入日には黒の帯で間に合わせた。

寺崎:なるほど。いやー、神の采配だね。

森上:神の采配(笑)。いやー、本当にこれはビビりましたよ。見本日ですよ。ほとんど刷ってあるんだもん。

寺崎:それはきついね。正直、きつい。

森上:きつかった。現場はきつかったなーっていうのが記憶に残ってる。だから、緑の帯の本が50冊くらいしかないのよ。

寺崎:レア版だ。

森上:超レア版。関係者しか持ってない。なんていうエピソードがありますね。

寺崎:なるほどー。それ、メルカリで売ったほうがいいね。

森上:絶対それはしない(笑)。まあ、今、その『メメント・モリ』自体は朝日新聞出版さんの初版バージョンのリバイバル版が買えるのかな。アマゾンさんで売られているのは朝日新聞出版さんのやつかもしれないですけど。だから、21世紀エディションはもう手に入らないと思います。僕が担当させてもらった本ね。藤原さんのインパクトのあるエピソードは、そんな感じです。

渡部:お二人の印象に残っている本づくりのエピソードを聞かせていただきましたが、2つ、僕の感想があるんですけど、意外にこの人のファンみたいなところからお仕事につなげているというところが、お二人とも共通だったなっていうところですね。

森上:僕はたまたまっていうところがあったけどね。

寺崎:なかなかないですけどね。

渡部:だからこそお二人の印象に残っているんだと思うんですけど、憧れの人と言うか、そういうプロフェッショナルな人と仕事がしたいみたいな熱意から、実現したんだろうなっていうのはすごく感じました。
あともう1つは、森上さんが酔っ払っていたのに、仕事の話を聞いたら酔いが醒めたって言っていたんですけど、そういうことも本当にあるんだなって……。

森上:そう(笑)。何回もないですね。そのときくらいですかね。本当にマジで酔いが醒めましたよ。

渡部:あるんですね、そういうことが実際に。

森上:そうですね。

渡部:ということでした。ありがとうございました。今日は編集歴が長いお二人、もうベテランになるんですかね。20年くらいやられているんですよね?

森上:そうですね。20年以上。

渡部:その中から、印象に残っているエピソードを語っていただきました。出版業界や本が好きな方にはおもしろいエピソードだったんじゃないかなと思います。では、よろしいですか。今日はこのくらいで。

森上:はい。

渡部:では、森上さん、寺崎さん、本日はありがとうございました。

森上・寺崎:ありがとうございました。

(書き起こし:フォレスト出版本部・冨田弘子)


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