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メニエール病(実体験)

私がメニエール病と診断されたのは、かれこれ15年ほど前。メニエール上級者ಠ‿ಠ

「メニエール病」というのは原因不明の病気で、治らないと言われている。

メニエール病という診断名は医者によって定義が違うらしく、メニエール病と診断された人達から聞くと皆違う。

私を診てくれた先生によれば
「難聴と目眩が1回で終われば突発性難聴。その症状を繰り返すとメニエール病」
だということでした。

1回目の回転性の目眩は、朝起きてすぐ。
上の娘が小学1年生の離任式。
まだ1歳の下の娘を抱っこして、学校の準備をしようと立ち上がった時。

フラッとする軽い目眩ではなく立ち上がれない目眩。

軽度知的障害があり、それとは関係なく超ワガママで面倒くさがりな娘が離任式に行く準備を父親(元▪夫)にさせた。

目眩がして歩けないからと言うと
「俺知らないよ。自分でなんとかして」と言われ、仕事に行った。

実家の母に電話をすると
「今行くから。救急車呼びなさい」と、車で30分ほどの所から来て下の娘をみてもらい、救急車で近くの脳外科へ。

その時には検査もせず、椅子に座ったまま目眩止めを点滴され「目眩治まったら帰っていいから」と医者からサラッと言われた。

娘達のことは誰にも任せられないから、とにかく帰らなきゃとフラつきながらも徒歩で帰宅。

そのすぐ3日後、4軒隣で放火事件があって一睡も出来なかった。
小学校は春休みで、要らないものを捨てながら「ホットケーキ焼こうか♪」と言いながら立ち上がろうとした時に、急にパーン!と右耳が塞がれたように何も聞こえなくなった。

それと同時にグルグル目眩が来た。

「パパの会社に電話して」と上の娘にセリフを伝えて言わせた。
私が言っても「大袈裟だ」と言われると思ったから。

子供達をみてもらわなきゃならないから帰ってきてもらわねばならない。
幸い、社長が「家族を大切にしなさい」という人で「早く帰れ!」と言ってくれたようで直ぐに帰ってきた。

子供二人も乗せて車で先日の脳外科に。

その時にはもうグルグルで目が開けられなかったので上の娘が「ママ!死んじゃうの?」と看護師さんに聞いていた(笑)

CTを撮って、採血をしたのは覚えている。私は血管がわかりにくいといつも言われていて、その時も採血10回失敗されたので「早くして~」と思っていた(^^)

広い個室にそのまま入院することになり、院長先生が診察に来た。
「耳聞こえる?」と聞かれた時には聞こえていたので「聞こえます」と答えた。

「いつから?」と聞かれたので「この前ここに来たんだけど、点滴してすぐ帰された」と言ったら「なに?!その時の担当医誰だった?」と聞かれたので答えたら「アイツか、、、」って。笑笑

「脳に異常はないから、耳だと思います。○○耳鼻科に紹介状書くから行ってください。目眩がおさまるまでこのまま入院して」と言われて4日間入院した。

退院後直ぐに紹介してもらった耳鼻科へ。
とても丁寧に診察してくれて優しい先生なのでいつも混み混み。

「ステロイド出しますけど、これで劇的に治る場合があるけど長期は使えない薬です。」と、水薬とめまい止め(もう名前忘れた)を出されたのでずっと真面目に飲んでいた。

ストレスから来るものだと言われていたけど
ストレスなんて皆あるでしょ?と思っていたし、当たり前の生活をずっとしてきたからストレスを取り除くとなったら生活を全てやめるしかないということになる。

それは出来ないので、とりあえず布団に早く入ることだけはするようにした。

それから半年後にはまたグルグルが来た。

通院日に薬をもらって、水薬を飲んだ直後に回り始めた。ちょっと様子を見たけどどんどん酷くなるので、近所に住む義母から車で送ってもらい耳鼻科に駆け込んだ。

閉院間際でほかの患者さんも数人いたけど、直ぐに中のベットに寝かせてくれて看護師さんが手を貸してくれた。

苦しくて過呼吸になってチアノーゼが出ていたらしい。先生が看護師さんに話すのが聞こえた。

そんな私の手を握ってくれた先生。
「大丈夫。ゆっくり息を吐いて。いっぱい吐いて。大丈夫だから」と言ってくれた。
目眩止めの点滴を腕に刺したけど、全然落ちていかず手が痛くなるだけ。すぐ外した。

「救急車呼ぶからこのまま入院して。入院して治るものじゃないけど、家に帰ったらゆっくりできないでしょ。たまにはゆっくりして」と言われたので、苦しさよりも先生の温かさで涙が出た。

ご主人に電話して。入院に必要なもの持ってきてもらって、救急車の後ろに着いてきてもらわなきゃだから。と言われたけど「来ないって言うと思いますよ」と返したら「そんなわけないでしょ」と。普通はそう思う。

予想通り、会社に電話すると「俺、今仕事だから行かないよ」と言うので「先生、行かないって言ってます」と言うと呆気にとられた顔をして「電話貸して!」と直接説明して叱っていた(笑)

そして入院。

入院した病院は父が亡くなった病院だったのでなんだか不思議な縁だなぁなんて懐かしい感じを覚えた。

受付、看護師、先生、薬剤師、さらに患者さんまで皆みんな善き方々ばかりで入院生活は心が洗われた。

その中でも薬剤師さんが各病室に回ってきて一人一人の話を聞いてくれる素晴らしい人。

「薬剤師の私が言ったら怒られちゃいますけど、薬で治る病気はないんです。病気を恐れず、やりたいことをどんどんやってください。病は気から。とにかく笑うこと。腹の底から大笑いしていたら病気は逃げていきますよ⸜(*´꒳​`*)⸝‍」と!

この薬剤師さんとは1回きりでしたが、一生残る大切な出会いでした。

長くなったのでまずはこの辺で。

そもそもいつから症状があったのか、その後どうやって治して言ったのか、

次回から書いていこうと思います。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

同じ苦しさを抱えた方々に治って欲しいので次回からも是非お読みください( 𓏸˙ ᴗ˙𓏸)


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