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『サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか』の著者が自身の理論を試すためサッカークラブの社長になっていたという話。

『サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか』を読まれた方に記事を見つけてもらおうという狙いでタイトルを考えたら、最近のアニメみたいになってしまいました笑。

この記事は、2014年に出版された『サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか』の著者、経済学者Chris Andersonの話です。また、この記事は想定読者を当書を読んだ方に絞ったものです。読んでいない方でも理解できるように書くつもりですが、少々わかりづらいかもしれません。ご容赦ください。

なお、私は当書に軽く目を通して大まかなあらすじは把握している程度です。というのも、この記事を書くに至ったという経緯が、”Expected Goals: The story of how data conquered football and changed the game forever”という本にAndersonの話が出てくるのですが、日本でも数年前にAndersonの本が話題になっており、記事にしたら面白そうなテーマだなと思ったというものであるためです。

やや昔の本に関する記事を書いても読まれないか?とも思ったのですが、2023年でも古典としてこの本を紹介されている方がいらっしゃったので書く価値がありそうだなと思い直しました。

Andersonの辿った道筋全体が面白いので全体を紹介したいのですが、引用元の本のネタバレに近くなってしまうのでこの記事は以下の2点にテーマを絞って書くことにしました。(当時を知らないのであまり知られていない話だろうという前提で書いています。もしご存じでしたらブラウザバックしてください。)

  1. Andersonが『サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか』を執筆するに至った背景

  2. 自身の理論を試すためサッカークラブの社長になっていた件

Andersonが『サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか』を執筆するに至った背景

『サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか』の原著の2013年に出版された『The Numbers Game: Why Everything You Know About Soccer Is Wrong』を発表した当時、Andersonは政治科学と行動科学が専門の経済学者で、コーネル大学の終身教授でした。

参照:https://www.sloansportsconference.com/people/chris-anderson

Andersonは30年近くサッカーから離れていましたが、『Moneyball』が彼をサッカーに夢中にしました。

Andersonは客観的なデータが示すサッカーの試合で起こりやすい試合のスコアなど、基本的なこともわからないことに気づき、そのような観点からサッカーに関するブログを書いていました。まさにサッカー好きの私たちがこうして細々とnoteやブログを書いているのと変わらなかったのかもしれません。そうしてインターネット上で同じような仲間を見つけて交流していました。↓Andersonのブログです。残念ながら、現在投稿はすべて削除されているようです。

その当時、サッカーのデータ分析の領域は、MIT Sloan Sports Analytics Conferenceという様々なスポーツのデータ分析に関する最先端の会議においてでも、参加者は、クラブでは発言権の弱いアナリストや、Andersonのようなオタクばかりで、その参加者同士のネットワークも確立されていない状況で、サッカーにおけるデータ分析の領域は全く確立されていませんでした。当時、野球では選手を走攻守全て含めて評価する指標であるWAR(Wins Above Replacement)が既に一般的になり、気軽に閲覧できる状態であり、サッカーでのデータ分析の領域は他のスポーツに大きく遅れをとっていました。

Andersonは会議の場で、Fulhamのアナリストと知り合いになり、Fulhamにデータ分析を用いたクラブのレポートを提供する機会を得ました。大きな期待を抱いて臨んだAndersonでしたが、Fulhamからは残念ながら、ポジティブな反応はもらえなせんでした。

「彼らは、それをどうしたらいいのか全く分からなかったんです。」とAndersonは言う。「面白いね。で、何が言いたいの?」という感じだ。その反応で、彼は3つ目のポイントに気づいた。業界に真っ当にやっいてることを受け止めてもらうには、自分がその業界人にならなければならないのだ。Motspur Parkにブリーフケースを持ってやって来て、「あなたたちのための製品を持ってきました。私には知識があるんです。」と言っても無理な話だった。特に、その段階では、彼は自分が何を売っているのかはっきりとわかっておらず、Fulhamも何を買いたいのかわかっていなかったのだ。サッカーのデータを理解するための手伝いができても、そのデータが何をするためのものなのか、Fulhamの人たちは知らなかったのです。」と彼は言う。

Rory Smith
 Expected Goals: The story of how data conquered football and changed the game forever

理学系の人間の自分からすると、当たり前のことであっても、別の領域の視点から証明することには十二分に価値を感じるのですが、、そういう話が通ずる相手ではありませんでした。

また、業界人の話にしか耳を傾けない空気は今でも残っているように思えます。日本でも、ここ数年でこのような傾向は弱くはなったものの、依然としてサッカーを語ることはプロにしか許されないという風潮はあるのではないでしょうか。いわば、選ばれた人だけが入れるサッカーの神聖な領域は依然としてあるように思えます。ましてや10年前のことです。言わずもがななんでしょう。

そして、Andersonは業界人として認めてもらうためにDavid Sallyと協力して本を書くことにしたのです。それが2013年に出版された原著の『The Numbers Game: Why Everything You Know About Soccer Is Wrong』です。

当時のことを私は知らないのですが、ブログの書評やTwitterを読むと、日本でも、多くの洞察に満ちたこの本は話題になっていたことが窺えます。

しかし、ブログや書評を読む限り、誰もこの本の出版にこのような背景があったということは知らなかったのではないでしょうか。こういう裏話はいつも面白いものですね。

自身の理論を試すためサッカークラブの社長になっていた件

『The Numbers Game: Why Everything You Know About Soccer Is Wrong』は確かに話題になりました。しかしプロのサッカー界に与えた反響・影響はAndersonが想像していたよりも小さかったものでした。

こういうアイディアは結局、実際にクラブを率いて結果を残さなければ認められないものなのかもしれません。考えてみると、こういうアイディアは実際に実行して、革命を起こして初めて価値が認められる傾向にあるように思えます。あのSteve Jobsが作ったiPadでさえも、発表時は多くの人がPCとスマホの中間に位置するような中途半端な物の価値に疑問を感じました。そして、実物を生活の中で使ってみて、初めて価値が皆に認められたのです。それと同じような理屈なんでしょう(もっといい例えがありそうですが笑)。

Andersonは、自分の考えや理論、方法はうまくいくはずだ、うまくいくだろうという学問的な確信を、実際に試してみたいという強い衝動に駆られるようになり、『The Numbers Game: Why Everything You Know About Soccer Is Wrong』を携えて分析のアイデアをクラブに売り込みましたが、首を縦に振ってくれるクラブはありませんでした。

個人的には学問的な確信を、実際に試してみたいという欲求には非常に共感する部分があります。それだけ、自分の理論に自信があり、価値を信じていたんだと思います。

そのような営業の果てに、Andersonはついに大学を休職して自分でクラブを運営しよう、いや、そうするしか手段はないということ悟り、決断をしたのです。

詳細な経緯は省きますが、Andersonは最終的にイングランド3部League OneのCoventry Cityの社長としてチャレンジする機会を得ます。Andersonが就任したのは2015/2016シーズンの11月のことでした。

当時のCoventryのスカッドには33歳のJoe Coleと18歳のJames Madisonがいるまさに新旧揃ったチームで、10月の頭から11月の末まで11試合無敗と前半戦は絶好調でした。

Wikipediaより

ただ、結局のところ、Andersonにはデータ分析のアプローチを試すことはできず、人材採用の予算的余裕もなく、2, 3人パートタイムでデータ分析を行うスタッフを雇える程度でした。ほとんどデータ分析主導のアプローチを取れなかったわけで、この記事のタイトルは少し嘘が入ってますね笑

Coventryの小さなデータチームはシーズンの折り返し時に、xGを用いたチームのレポートを作成しました。残念ながらそのレポートが示していたものはチームにとって明るいものではありませんでした。

Andersonはシーズンの折り返しのタイミングで、これまでの成果を整理するために、チームのパフォーマンスについての詳細なレポートを作成していた。(略)
わかったことは、Coventryの順位は、これまでのパフォーマンスを正確に表しているわけではないということだ。その結果、昇格を争うことになるかもしれないが、チャンスの量・相手に許しているチャンスの質などは、実際はもっとテーブルの下に位置するチームのそれであることを示唆していた。

Rory Smith 
Expected Goals: The story of how data conquered football and changed the game forever

AndersonはCoventryのチームの一員として、そのレポートをどう扱うべきか以下のように考えました。

(略)監督の仕事は、皆を元気づけ、エネルギーを維持し、熱狂させることだ」とAndersonは言う。彼の報告書、つまり、彼のデータという冷徹で反論の余地のない証拠は、それをはるかに困難なものにするだろう。感情的で野心や絶望に満ちたスポーツは、芸術と似ていることを認識することは、科学を否定することを意味するのではありません。「あの喜びを終わらせたくない、パレードを台無しにするような人間になりたくない」と彼は言う。

Rory Smith
 Expected Goals: The story of how data conquered football and changed the game forever

Andersonはサッカーをデータとして抽出し、数字として理解できるという信念を携えてCoventryを訪れました。この経験が、Andersonに、その信念に疑問を抱かせることはなかったのではないかと思います。ただ、サッカーの本質は別のところにあるということだったんでしょう。

このAndersonの経験から得られる教訓はサッカーに限ったものではないでしょう。データをいかに分析するのかは核心ではなく、いかに伝えるかが重要であり、うまく相手に伝えられなければ何もなし得ないのです。データであろうとなんだろうと、他者に伝える時、接点となる部分は人です。

この後チームがどうなったかは、上に貼った対戦表を見れば明らかでしょうし、語りません。Andersonは就任から1年後の2016年の9月に社長を辞任しました。


まとめ

いかがだったでしょうか?『サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか』を読んだ方にはきっと2つのテーマともに楽しんでいただけたのではないかと思います。

Andersonはいまでも「その分析、卵が先か鶏が先か考えてみてみ?」と、いかにも大学教授らしい鋭いツッコミを入れています。

サッカーには、一度でも熱中した人はサッカーと縁を切ることを許さない不思議な魅力・引力がありますね。


参考文献
①Rory Smith, Expected Goals: The story of how data conquered football and changed the game forever


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