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早稲田大学を卒業します。大学の振り返りとファーストキャリアなどごちゃ混ぜエントリ。

早稲田大学文化構想学部を卒業しました。
意外にも感情は「無」なんですよね。ちなみに単位取得数は124/124です。GPAはまあお察し。卒論は僕の人生を二転三転させた新しいライフスタイル「アドレスホッピング」に関して記しました。ガバガバロジックのところも多々あり、評価はB笑。ゼミの後輩たちに反面教師として名を残しました。

要領の良い福太郎少年はいかに早稲田にきたのか

やりたいことがなかったから、選択肢を広げるために早稲田に来ました。
慶應は元々できるエリートなシティボーイズという偏見(ゴメンナサイ)があったため、受験もしてません。

高校生の僕は将来のビジョンがちっともありませんでした。
幸いにも大学には進んでいる親と、大学進学がメインストリームな環境にいたので、自然とその選択をすることでモラトリアムを得ることに。
国際教養学部を志望していて、練習で受けた文化構想と教育学部英文学科に合格。受かっただけすごい、万歳。
さてどうしよう。僕の家系は教師が多い。父方の祖父母は教師。僕の両親も教師。弟も教員志望。このレールに乗る感に違和感を抱き、なんもわからぬ文化構想学部に飛び込みました。

ちなみにサムネイルはまだ受かってすらいなかった2015年の夏にOCで来た時に撮った写真。僕の学校からは毎年1〜3人ぐらい早慶に受かる程度だったので当然チャレンジングな領域。
部活も同期がバタバタと止める中、ちゃんと最後の三年の6月までやりきってたな。

あの頃の福太郎少年、既に写真の構図がエモい。
お前クソほどサボりまくるけどまぐれで学校でやったことある文章出て文構受かってるから!とタイムマシンですっ飛んで行き声をかけてやりたい笑
いや、そうすると舐めプ癖のある僕は慢心して落ちるだろうな。


順風満帆だった福太郎少年の大学生活
悪く言えばパンピーだった

どうも、一般大学生です。お世話になった予備校でのバイトを頑張り、ハンドボールサークルで代表もしました。二年生の時はバイトのいくつかある部門のリーダーをしたり、英語学習も頑張りました。TOEICも900点まで伸ばした。まぁ授業はGPA2.0前後を彷徨くクソ大学生でした。

三年次はオーストラリアに3週間語学留学をしに行ったし、謎に世界遺産検定も友達とノリでとった。2級止まりだけど。

ここまで見たらリア充な部類に入るのかな。もちろん楽しかったけど、いわゆるノーマル大学生だよね。自分も普通にそれなりの会社に入るのだろうと思っていたし、それでよしとする自分がいた。

マインド面19才の時の人生のターニングポイント-『嫌われる勇気との出会い』-

けど大学二年生の時に悟りを得るような出来事があった。
何気なく入った蔦屋書店。電車でよく見る青いアイツ。
果てこれは運命か偶然か、僕の人生へのスタンスを180度変えることとなる本に出会います。

『嫌われる勇気』アドラー心理学の本で、全ての人間関係が悩みを引き起こすのであり、承認欲求のために生きるなと警鐘を鳴らす、SNS時代の名著です。僕は人間関係に悩んでいたわけではないけど、その本に大きく揺り動かされました。

ふっと急に自分の存在意義だとか、世の中の意味とかを考えてしまう瞬間、ありましたよね。いや、絶対中学生ぐらいの時とかみんなあったよね。なかったとは言わせんぞ。けど今夜のご飯と宿題と部活とが目の前にあるので、そんなことは一瞬で頭から消え去ります。
14才の時に厨二病だった僕は、その問いにがんがらめにされました。1週間ぐらい悶々とした挙句、出した結論は超絶ダークな物に。
「俺はいつか死ぬし、人類もいつか滅びるから、今やってる発展だとか学習だとかな〜〜〜〜〜〜んも意味ねえんだな。」
といった有様。無気力になり、何も人間関係の悩みがなかった学校にも行くのを止め、家で友達から借りたドラクエず〜っとやってました。あとはスマブラ。少し強いスマブラの基礎はこの時に作られた笑
けど夜になれば、また悶々と考える。「うっわ〜俺鳩に生まれたかった。人間の持つ理性ゆえにこんな変なこと考えるんじゃん。本能のままに生きる鳩って羨ましいし、人間に生まれた俺憎い」なんてことさえ考える有様。

まあ部活の友達の助けもあり3ヶ月ほどで社会復帰したのですが、心の奥底にある淀みのようにあり続けてました。嫌われる勇気の本が、自分のその時の状況をニヒリズムの観点から的確に表していました。その上で世の中の空虚性を逆手に取り、自分で意味を作り出して生きていけるという生き方もあることをシリ、その瞬間からは自分が人生イージーハッピーモードで生きる方向に変わりました。

何でそんなに楽しそうに生きてるのとよく聞かれるけど、そこが根底にあると思います。

ここにむかーし描いたので、コロちゃんでおこもりして暇でしかたなかったら読んでみてください。


行動面のターニングポイント。Third Door的な転機~アドレスホッピング~

バイトも予備校でいわゆる労働力の切り売りではない形で頑張った。サークルも代表をやってた。英語も強い。早稲田大学。世間一般から見たら強い大学生だっただろう。けど、自分自身何か空っぽな感じだった。自分が何者でもない感覚。
人間変わりたければ住む場所、付き合う人、時間配分を変えろ。そんな言葉ありますよね、全部変わったのがアドレスホッピングと言う定住しないライフスタイルでした。
毎日が意思決定と選択の連続。常識とは、18際までに身に付けた偏見のコレクションなんて言葉の通り、全ての常識は消えました。福太郎の奇妙な冒険第一部完、第二部開始と言うレベルでした。

世界中の旅人やら、同じようにアドレスホッピングをしていた人々との絡みは、世界を広げてくれました。
社会への視座も少広く、上がりました。
結構たくさん行ったなあと我ながら思う。ここのインスタに昔止まったホステルとかの投稿が結構あるので1mmgぐらい興味持ってくれたら覗いてみてください。

そんなフラフラした福太郎少年が大学自体で学んだ事

正解は教室にはないこと。これは、頭の中だけで終始するんじゃなく、足を動かし、手を動かして実践知にする事が大事。文化人類学的アプローチ方法(文化を通じて、我々人間とは何者かに迫る学問)が大きくベースを作ってくれました。4年間が終わってやっとの気づき。Facebookにてこんな風呂敷も広げました。

いくつになっても純粋に知的好奇心を追い求め、あくまで実社会に還元するコミュニティを作ろうと思いました。

大学以外から、何を学んだか

メタ認知力と構造化力。
ニュートンがりんごの落下から万有引力を結び付けて導き出したように、ある具体事象の本質を見抜き、別の概念と結びつけること。頭の良さってそういうところから来るよねってお話。

すまん、文章体力がバテてきて雑になっている。これだからnoteは苦手なんだよなぁ。

福太郎少年の奇妙な冒険第3部。大企業とかベンチャーとか言う次元の話じゃない、ファーストキャリア。 福島県南相馬で、街を作ります。

卒業後は、若者が地方の経営者の右腕を経験するプロジェクト"Venture for Japan"にて、事業作りと経営を働きながらOJTで身に着けるプロジェクトに参画します。


それのもと、2016年に原発の避難区域から解除された、福島県南相馬市を事業作りにての株式会社小高ワーカーズベースにて、コミュニティマネジャー職を務めます。

なぜ、その道を選んだのか。

・大企業だとかベンチャーだとかの二元論に縛られたくなかった。
いわゆる「普通」(もちろん普通でいられることも凄いのだが)のキャリア選択をしたら、2~4年で辞める未来がなんとなくみえ、想像力の頂点が人間の限界とも言われる中で、逆に「見える」ことの恐怖を感じた。では、起業か?いや、自分にはその時その「目」を備えていなかった。

・アドレスホッピングを通じ、地方を知り、東京への拘りを捨てられた。
東京は住むために働く場所でも働くために住む場所でもない、ただの「機能」として使えばいいと結論が出た。東京は心も、物理的にも、ビジネスチャンスも余白がない。人の心ももう可処分時間も過処分精神も苛烈な奪い合い。物理的にはほとんど全てが人工物で覆われ、何か手を加える余地がない。落書きでもしようもんなら総理大臣すら出動して消す始末。
もはや今の東京に「課題」なんてなく、不満レベルでしかないのではないか、共個人的には思ってる。

逆に、今の日本の地方はひよっ子でも何か手をあげれば始められる環境。ちゃんとプレイヤーの頭数に入れられる。僕の同世代で何かをしている人たちばかり。もちろん経済の周り方の違いも心得ていることが前提。東京や仙台などの都市では、スピードの維持のためにゴリゴリ資本主義、価値経済で物事を回す。対して「集合体」よりも「コミュニティ」で回る地域は、信用経済で回っている。ただ最近は東京も多様なローカルの集合体と言われるぐらいで、小規模なコミュニティ内を信用経済で回し合うトレンドが来ている。
この違いを肌で感じつつ、自分も何かを仕掛けるプレイヤーであろうと思った。

・街のフェーズが、そして会社も唯一無二。とても面白そうだと思った
福島県南相馬市の小高と言うところで、地域の課題があればビジネスチャンスと捉え、事業を通じて解決する株式会社小高ワーカーズベース。
そして街は今、2016年に原発の避難指示解除から始まり、プレイヤーたちがじわじわと増え始めてる。地域おこし協力隊も、普通の職員ではなく三年後に自走できる=起業する前提のNext Commons Labと言う形のもと、人が集まっています。こう言う環境で自分を磨き、たくさんフルスイングできるのはいい経験になるだろうなと思った。

第2部、完。第3部、始動。関わってくれた皆さん、大変お世話になりました。これからも応援よろしくお願いします。

本当にバイト先、サークル、アドレスホッパーな人たち、インターン先、旅なかで出会った人々、彼女、僕らは縁により繋がったと思います。
出会いに感謝。ありがとうございます。謝謝。ほんまにオブリガード。
様々なものは刻々と変化します。僕や世界、人との関係性も一瞬たりとも同じではないです。一瞬等点が連続して線になり、時間の概念が生まれているゆえです。その一瞬を、今を、楽しんでいきましょう。

ではではまたどこかで。



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